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相談援助のディスクール


1.挫折の読書遍歴

 若いころから何となくジャック・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan、1901年- 1981年)の理論に関心を持っていました。無意識が言語のように構造化されており、言語を通じて主体が形成されるとか、鏡像段階の理論とか・・・あまりよく分からないけど魅力的です。
 きっかけは浅田彰さんの「構造と力 記号論をこえて」(1983年勁草書房)だったと思います。「第三章 ラカン 構造主義のリミットとしての」タイトルだけでもカッコいいですね。
 ラカンも私もカトリックの家で生まれ育っています。ラカンの用いる言葉、概念にはカトリックのミサで用いる言葉に似た響きがあるのも私がラカンに惹かれる要因かもしれません。
 今でも本棚にはラカン関係の本が5,6冊ありますが、これは、ラカン理解の挫折の歴史を物語っています。読んでもあまりよく分からないのです。
 それでも、勘違いも多々あるかもしれませんが、参考になるかなと思う魅力的な概念や考え方がたくさんあるのです。

 誤解に誤解を重ねた理解かもしれませんが、少しでもラカンの概念を用いて考えてみたいと思います。

2.ディスクールの構造

 福祉・介護の世界の相談援助というものをラカンのディスクール(discours)という概念・理論装置を用いて考えてみたいと思います。
 ディスクールとは「書かれたこと」や「言われたこと」といった意味です。つまり、言葉で表現された内容の総体を意味する概念で、一般的には「言説」と訳されていいます。
 ラカンは、人間が言葉(象徴界)を通じて他者と関わる際、その関係性は4つの定型的なパターンに分類できると考えそれを「4つのディスクール」と名付けました。

 松本卓也(精神医学者)さんは、このラカンのディスクール理論を紹介していますが、私は相談援助をこのディスクール理論の中の「大学のディスクール」「分析家のディスクール」として理解できるのではないかと思っているのです。 
 ラカンのディスクール理論は、言語による人間関係や社会構造のあり方を分析する理論です。
 松本卓也さんの『人はみな妄想する』(青土社2015年)を基にディスクール理論について整理してみたいと思います。

 まず、ディスクールの基本構造ですが、以下のように表されています。

ディスクールの構造

 松本卓也さんは、このディスクールの構造を次のように説明しています。

 ディスクールの図式は、左側下段に「真理vèritè」、左側上段に「動因agent」、右側上段に「他者autre」、右側下段に「生産物production」と名づけられた四つの位置を持っている。この四つの位置のそれぞれの関係は、真理→動因→他者→生産物という方向に進む矢印に示されている。すなわち、これらの位置は、真理によって支えられた動因他者に命令し、その結果として生産物ができると言う関係にある。そして、真理生産物のあいだは遮断されており、両者を一致させることは構造的に不可能である。

松本卓也2015「人はみな妄想する」青土社 p315

 このディスクールの構造の各項目に次の四項がどう配置されるかによって、ディスクールの四つの類型が決まるとのことです。

  • 主人のシニフィアン: 権威、命令、始まりの言葉 =(S₁)

  • 知(意味されるもの):体系化された知識、背景 =(S₂)

  • 斜線を引かれた主体: 分裂した主体、欠如を抱えた主体、言葉によって疎外され、葛藤する人間 =($) 

  • 対象a: 失われた満足、剰余快楽、欲望の対象 =(a) 

 松本卓也さんは、これらの四項の配置によってディスクールが定まると次のように説明しています。

 これらの四つの位置に、主人のシニフィアン(S₁)、知(S₂)、斜線を引かれた主体($)、対象a(a)の四項がどのように配置されるかによって、主人のディスクール、大学のディスクール、ヒステリー者のディスクール、分析家のディスクールという四つのディスクールが得られる。

松本卓也2015「人はみな妄想する」青土社 p316

3.大学のディスクールと相談援助

 ラカンは、主人のディスクール、大学のディスクール、ヒステリー者のディスクール、分析家のディスクールという四つのディスクールの類型を提示しているのですが、私が興味を惹かれるのは、大学のディスクールです。
 この大学のディスクールはその名の通り、大学と学生の関係を示しています。

大学のディスクール

 大学のディスクールとなっていますが、これを、教師をケアマネージャーまたは相談援助者とし、生徒を相談者とすれば、ケアマネジメントや相談援助にも当てはまるのではないでしょうか。つまり、大学のディスクールは相談援助のディスクールとして読替えることは可能だと思うのです。

 「教師=ケアマネ」は普遍的な知(S₂)、つまり、相談者にとって有益な知を相談者に提供しますが、その知(S₂)はなんらかの権威としての真理(S₁)、例えば、バイスティック(Felix P.Biestek 米国の社会福祉学者)がこう言っているとか、介護保険制度はこうなっているとか等々・・・によって支えられています。ようするに有名で権威ある学者だとか、政府とかがケアマネの知の根拠、支えとなっているのです。 

 ケアマネは、この知(S₂)を伝えたいと思う他者=相談者(a)に提供(援助)し、その結果、相談者(a)は、斜線を引かれた主体($)、つまり、介護保険サービス利用者(欠如を抱えた、つまり、介護サービスの利用者)となることができるのです。
 しかし、相談者(a)はケアマネのアドバイス(知の根拠となっている権威としての真理(S₁)を知ることも問い直すこともできないのです。下段の「S₁ // $」の(//)という記号はこの問い直しの不可能性を表しています。

 ですから、大学のディスクールであるケアマネジメント・相談援助においては、サービス利用者($)はケアマネの知(S₂)を無批判に受け入れるしかないのです。

 相談援助における人間関係の構造を大学のディスクールとして捉えるならば、相談援助とは、専門家として真理(種々の援助方法論や福祉・介護の知識)を基に相談者にアドバイスを提供し、相談者が各種サービスを利用できるようにすることですが、当事者はケアマネ(援助者)の基盤の真理(相談援助の論理や介護保険制度)を知ることも制度批判の可能性もなく、政治的現実=真理から疎外されているのです。
 換言すれば、相談者は制度設計や理論構築への関与は許されず、単なる社会保障サービスを単に享受する者でしかないと言うことです。 

 この大学のディスクールが示す相談援助の構造は、知識を背景にケアマネが権威を持って援助活動を行うものの相談者が疎外されてしまい、援助現場の言葉で言えば主体的な意志決定(注)ができなくなってしまいがちです。
 さらに、相談者(お年寄りや障がい者やその家族たち)は福祉制度・介護保険制度へのラディカルな批判ができなくなっているのです。

 いずれにしても、大学のディスクールは、権威主義的、垂直的な構造・関係性が基本となっていると言えるでしょう。そして、私は福祉・介護の相談援助の多くが、大学のディスクールとなっているのではなかと危惧しています。


 (注)私は、福祉、介護の世界でよく使われる「意志決定」「意思決定」について違和感を持っていますが、そのことについては、以下のnoteをご参照ください。

4.分析家のディスクール

 相談援助を「分析家のディスクール」として捉えたらどうなるでしょうか。この分析家のディスクールは精神分析における分析者とクライエント(分析主体)の関係が念頭におかれています。

分析家のディスクール

 このディスクールで(a)は相談者の欲望(課題・ニーズ)、($)は相談者=分析主体、(S₂)はノウハウや知識、(S₁)は真の主人・新たな社会関係を示しています。

  • 相談者の欲望(援助者)= (a) ⇒ 援助者は何らかの答えを持っていると相談者に思われている。

  • 相談者・分析主体 = ($) ⇒ 欠如を抱えた相談者(ラカン派の精神分析では相談者を分析主体と言います)

  • ノウハウや知識 = (S₂)

  • 真の主人・新たな社会関係 = (S₁)

 援助者・ケアマネは自分の持っているノウハウ・知(S₂)に支えられ、援助者の欲望(a)を理解している者として、相談者=分析主体($)に援助を行います。
 その結果、相談者=分析主体($)は援助者の知(S₂)そのものとは異なる(//)、新たな真理、新たな主体としての当事者(主人:S₁)を析出し、主体的に生きて行くことができるようになるのです。 

 この分析家のディスクールでは、ケアマネは福祉介護の知識や援助技術等のノウハウを持っていて相談者の困りごとに応えられる者として相談者に相対します。つまり、ケアマネ・援助者は、相談者の欲望・ニーズを理解している者として相談者から期待(欲望)されているのです。
 そして、相談援助の結果、相談者(分析主体)が新たな可能性、新たな生き方、新たな社会関係を結び直すことが可能となることを示しています。 

 私は、分析家のディスクールは、相談援助が相談者を新たな社会関係における主人公(S₁)とする仕組み・構造を表していると思います。 

 分析家のディスクールが大学のディスクールと異なるのは、諸々の学説とか〇〇理論とかに支えられた知やノウハウではなく、相談者の課題・ニーズ、欲望が基本となっていることだと思います。

 福祉・介護の相談援助、ケアマネジメントにおいて、相談援助の結果、相談者は主人公(S₁)となるのですが、この主人公(S₁)とは「当事者」だと思います。相談援助というプロセスをとおして相談者が当事者として立ち現れるのです。

・・・「当事者」とは、最初から存在している(「当事者である」)ではなく、当事者へと生成すべき者(「当事者になる」)であるのだ。

松本卓也 2025『斜(なな)め論』筑摩書房p130

 「人は最初から当事者であるわけではなく、ニーズを抱えたときに当事者になる」

松本卓也 2025『斜(なな)め論』筑摩書房p136

 相談者が・・・自分の特異で個別的な困りごと、ニーズを自ら引き受け、個別的な解を求め、社会的関係を再構成していく・・・当事者となる相談援助の構造が分析家のディスクールではないかと思います。

 分析家のディスクールとしての相談援助では大学のディスクールとは異なり、もはや、普遍的で権威ある学説や社会制度を押付けることはできません。それらを一端、度外視して、特異的個別的なニーズへの対応が最重要課題となるのです。
 ということは、相談援助は個々のニーズに社会制度上保障されたサービスを単にあてがうことではありません。松本卓也さんは以下のように指摘しています。

 革命という普遍が実現された暁にはすべての個別的な問題がうまくいくようになるだろう、と考えるのではなく、それぞれの当事者が抱える個別的な困りごとに対して個別的に対応していくこと。それは、マイノリティがマジョリティに包摂されることによって解放されることではなく、マイノリティのまま解放されることを目指すことでもある。

松本卓也 2025『斜(なな)め論』筑摩書房p137,138

 この文章の冒頭の「革命という普遍」を「介護保険制度という普遍」に読替えてみるとよく理解できると思います。そして、「マイノリティがマジョリティに包摂される」ということは、「要介護老人を自立老人にする」と読替えるとよいと思います。

 パラフレイズすると「福祉制度・介護保険制度に寄りかかるのではなく、要介護高齢者を自立老人にするのではなく、それぞれの当事者が抱える個別的な困りごとに対して個別的に対応していくことを通じて要介護者のまま社会を再構成し解放される」と言うことだと思います。

 私は、相談援助のあり方は、大学のディスクールよりも分析家のディスクールの方が相応しいのではないかと思っています。
 権威ある理論・学説や福祉介護の諸制度の知より相談者の課題・ニーズ、つまり欲望(a)を何よりも大切な事、原点として援助活動を行い、相談者の新たな生き方、新たな社会関係を相談者が自ら選び取れるようにすることが大切なのだと思います。

5.ディスクールと管理手法

 大学のディスクールにからられている相談援助は、権威ある理論や国の制度である社会保障制度の知に基づいているわけです。
 この大学のディスクールと親和性が高いのがPDCA(Plan:計画-Do:実行-Check:評価-Action:改善)だと思います。
 権威ある理論や公的制度を基に計画を策定し実行し、評価し、改善すると言うサイクルを回して品質管理をすると言う思想です。まずは計画ありき、そしてその計画は権威ある理論、または政府のモデルが基礎にあるのです。まさしく、それは大学のディスクールの(S₁)なのです。

 私は介護サービスにはPDCAよりもOODA(ウーダ:Observe、Orient、Decide、Act))ループの方が望ましいのではないかと思っています。 OODAは刻一刻変化する生身の人間を相手にするのに相応しい手法です。

  • Observe( 観 察 ): 相談者の状況をよく観察する

  • Orient( 状 況 判 断 ) : 相談者のデータから相談者の状況や欲望・ニーズがどうなっているかを判断する

  • Decide(意思決定) : 観察した結果から状況やニーズがどうなっているかを判断し取るべき行動を方向づける。

  • Act( 行 動 ) : 状況判断に基づき、やることや計画を決める: やると決めたことを計画に沿って行う

 PDCAサイクルがPlan(計画)からスタートする一連の意志決定・行動ステップであるのに対し、OODAはObserve(観察)から始まります。何を観察するかと言えば相談者の欲望・ニーズです。
 これは、分析家のディスクールが相談者の欲望(課題・ニーズ)(a)を基点としていることと同じだと思うのです。
 OODAは移ろい易い相談者の欲望・ニーズへの志向が強く、PDCAはお仕着せの政府見解や権威ある学者先生の理論が基礎になっているような気がしています。

  •  大学のディスクール ⇒ PDCA

  •  分析家のディスクール ⇒ OODA

 PDCAとOODAについては以下のnoteを参照願います。 

 意思決定支援については以下のマガジンをご参照ください。

 




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