Le Perchoir (ル・ペルシュ)日和【4】
第四話
小山内さんの背中を優しくさすりながら、悠里は次の言葉を待つ。昨晩珍しく外食をして、朝帰りだったらしい早智の目撃情報を。あの真面目で堅実な早智が、まさか…男と…。
「見かけたんですよ、うちの近くのスーパー銭湯に入っていくの。しかも、なかなかのイケメンと一緒に!」
「スーパー銭湯ってあの最近できた『月見湯』?」
「そうですそうです!あれ彼氏さん…ですかね?」
「え!?彼氏!?うーん…あの子のそういう話はあまり聞いたことないんですけどね…。」
「っていうか、あの銭湯、岩盤浴とかたくさんあって、結構安いみたいなんですよ─アプリ登録すると──アウフグースとかあって──。」
と、小山内さんは『月見湯』の最新情報もいろいろ話してくれていたのだけれど、悠里の頭の中では、早智がなかなかのイケメンと一緒にいた!?外泊…!?とぐるぐる回ってしまって、全く話が入ってきていないようだった。
「──でも、いいですね。」
「ん?はい?ごめんなさい。なんでした?」
「いや、いいなぁと思って。彼氏とかだったら。」
「まぁ…そうですね。どんな感じの人でした?」
「んー、ちょっとワイルドな感じっていうか。私もあんまりじろじろ見ちゃいけないかと思ってコソッと見たんですけど。でも意外としっかり見ちゃったんですけど。色黒で、髪がちょっと長めで、背も高くてシュッとした感じでしたよ?」
「へぇ…、色黒…シュッとした感じ…。」
「なんか意外〜、と思っちゃいましたけど。平野さん、真面目そうだし。」
小山内さんの頭部までの施術を終え、肩や首を回してもらうと、首の可動域も広がり、動きもスムーズそうで、
「わぁ〜、楽になりました。頭もなんか軽〜い!ありがとうございました、先生。」
と小山内さんはまた2週間後に予約をとって、やわらかに笑って帰っていかれた。
一旦白衣を脱いで、タンクトップとリネンのパンツに着替え、ノースリーブの夏色ワンピース姿の陶子さんと、日傘をさして近くのスーパーへ買い物へでかける。公園の脇を通ると、耳が割れんばかりの蝉が夏フェス並の大合唱していた。かなり激しめのロックだ。
「ミーンミーンじゃなくて、もうワーンワーンって聴こえるね。」
「もう警報の域だな。」
警報…。悠里は、ワイルドな男の隣で歩く早智を想像してしまい、目の前でパトランプがチカチカするみたいに悶々と抱えきれなくなって、さっき小山内さんから聞いたそのままを陶子さんに打ち明けた。
「色黒…ワイルド…さっちゃんってそういうタイプが好きだったのね。」
「いや、まだ彼氏と決まったわけじゃ…。」
「そうねぇ。でも一緒に銭湯って、なかなかの仲じゃなきゃ行かないでしょう?」
「まぁ、そうだよねぇ。え、早智が!?」
「さっちゃんだって、いいお年頃なんだから。」
「そう…だけど…。ワイルドイケメンって…。」
「悠ちゃん、人の好みにとやかく言わないの。」
「うん…。」
それでも浮かない顔をする悠里に、陶子さんは、
「ねぇ、それより。行きたいな、銭湯。その『月見湯』っていうところっ。」
そう言ってさりげなく悠里の腕をとる。腕を組むというよりは、腕ごと抱く感じで、カップ付きノースリーブ越しの胸に腕が挟まって、一瞬で悠里はそこに全意識を奪われた。
「そうだね。いいねぇ。行こうか。お風呂っ。」
同性カップルのいいところは、堂々と一緒にお風呂に入れるところだ。ふんわりした見た目に似合わず、陶子さんは相当なサウナ好きで、「ととのいの儀」をいつも3クールはする、いわゆるガチ勢だ。火照って上気した陶子さんが、デッキチェアで外気浴をしている無防備な姿を眺める悠里の視線に情熱が灯るのを悟られないように、細心の注意は払いつつ、大きなお風呂でのんびりぼーっとする時間は、二人とも大好きで、近々行こうねと約束をした。
スーパーで買った冷凍ものが、瞬時に溶けてしまいそうな真夏日のなか、帰りはさっさと足早に。
買ってきた冷やし中華で手早く昼食をとり、午後イチのお客さま、沙織さんをお迎えする。白衣に着替えた悠里が鏡の前で姿勢をただし、汗の匂いは大丈夫かとクンクンしていると、それを見ていた陶子さんが一言、
「沙織さん、色っぽいもんね〜。」
と意味ありげな視線を放つ。
「いや。お客さまには平等ですよ、私は。」
「平等、ねぇ。」
「ナァーー。」
陶子さんに抱っこされた月島さんまで、何か言いたげに見てきて、なぜか2対1のような気分になっていると、タイミングよく玄関の呼び鈴が鳴った。
「こんにちは、悠里先生。」
「こんにちは、沙織さん。」
白のパンツに涼しげなマリンカラーのサマーニット、品の良いショートヘアから色白の綺麗な首筋があらわで、長い手足がスラリとして、モデルさんのようだ。
奥へ通すと、すかさず陶子さんがカランカランとグラスのアイスコーヒーを持ってやってくる。
「こんにちは、沙織さん。」
「こんにちは、陶子さん。」
そのやりとりに、若干の緊張感を感じとったのは、気のせいだろうか。
いつもなら、お飲み物をお出ししたらすぐに部屋へ行ってしまう陶子さんだけれど、なぜかそのまま悠里のすぐ隣で、微笑みながら立っていて、どうやら珍しくカウンセリングまで立ち会う気のようだった。
「どうです?前回は初めての施術でしたけれど、その後、腰の具合はいかがですか?」
「えぇ、とても楽になってきて。でもやっぱり、冷房とかのせいもあるんでしょうけれど、なんとなくまた重くなってきてしまって。ほら、私、夏でも手がいつもすごーく冷たいんです…。」
と、沙織さんはベージュのネイルが綺麗にほどこされた指先で、悠里の手に触れる。
「本当、冷たいですね。体質的に冷えやすいんですね。」
陶子さんの鋭い視線を感じながら、悠里はやんわりとカルテに物を書くつもりで手を離す。
「先生の手、あったかいですものね。前回、私、とても…気持ち良くなっちゃって…。忘れられなくて。私…先生の…太客になっちゃおうかしら。」
沙織さんが俯きながら上目遣いでそう言うと、なにか深い意味を含んでいそうで、一瞬クラッとしながら、慌てて悠里が説明をする。
「施術しているうちに、手に氣がたまることがあるんです。昔から『手当て』という言葉どおり、人の手には、人を癒す力が元々あるんですよね。コホン。えっと、さて、検査からしましょうか。奥へ、どうぞ。」
まるで言い訳しているみたいな言い方に、なんともバツが悪い気がしながら、パーテーションの奥へと移動する。チラッと陶子さんの方を見ると、悠里にだけわかるように一瞬だけ鼻に皺を寄せて「イーッ」の顔をみせた。
なんとなく今夜は、自分の部屋ではなく、週末ではないけれど陶子さんの部屋で寝たほうが良さそうだな…と思いながら、悠里はパーテーションの奥で、沙織さんの前屈や腕の上がり具合を検査する。リビングでは溶けたアイスコーヒーの氷が、カランと音をたて、汗をかいたグラスの滴がツーっとゆっくりとしたたりおちた。
つづく。
第五話
