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Le Perchoir (ル・ペルシュ)日和【1】

あらすじ
※Le Perchoir (ル・ペルシュ)、フランス語で「とまり木」の意。
山ノ内陶子やまのうちとうこ37歳 が営む女性専用 古民家シェアハウス『Le Perchoir 』。
そこで暮らす平野早智ひらのさち   信用金庫勤務 25歳、内藤未来ないとうみく        フリーター兼ウェブイラストレーター 21歳、楯悠里たてゆうり   整体師で陶子のパートナー 35歳、そして黒猫・月島つきしまさん ?歳
誰かの帰りを待ち、誰かの疲れを癒しながら、
この「とまり木」のような家には、今日も日常という名の物語が育っていく──。


第一話 

この古民家シェアハウス『Le Perchoir ル ペルシュ』の12畳のリビングの一画に、施術用の折りたたみマットが敷かれ、木製のアジアンテイストなパーテーションで仕切られる日は、整体師楯悠里たてゆうりのお客さまがやってくる日だ。
悠里は上下白衣に着替え、予約時間よりも少し遅れて駆けつけたお客さまをいつも通りの笑顔でお迎えした。

「ごめんなさい、先生。途中で忘れものしちゃったのに気がついて、慌てて戻って…やだわ、本当に。」
と、ハンカチでおでこを抑えながら、お客さまの横山さんはいそいそと靴を脱ぐ。
「いえいえ。そんなに慌てなくて大丈夫ですよ。外は暑かったでしょう?どうぞどうぞ。」
と、スリッパを出し、奥へとご案内する。

本日のお客さま、元看護師の横山さんは、長い間、立ち仕事や夜勤で身体を酷使していたらしく、お仕事を引退された今も、腰には「なんとなく辛い」というような慢性的な症状を抱えていて、定期的に和らげにいらっしゃる。悠里の施術というのは、根本的な治療ではなく、適宜メンテナンスを入れながら自身の身体と付き合っていくというスタイルで、2週間に一度や、月に一度のペースで通われるお客さまを何人か抱えている。
ありがたいことに皆さん「そろそろ悠里ちゃんのとこ行かないと」と、美容室やホワイトニングへ行くような感覚で訪れてくださっているのだ。

リビングのソファーに腰をおろし、世間話をしながら、施術カルテと現在の症状を確認していると、カランカランとグラスと氷の音とともに、陶子とうこさんがお茶を持ってきてくれた。

「どうぞ。ルイボスティーです。」
「あらあら、ありがとう。陶子ちゃん。」
「こんにちは、横山さん。暑かったでしょう?ごゆっくりなさってくださいね。」

陶子さんこと山ノ内陶子やまのうちとうこは、このシェアハウスの家事のほとんどをこなしてくれている栄養士の資格を持つ管理人さんだ。そして、悠里の同性の恋人パートナーでもある。ゆえに、悠里のこの仕事にも、
「せっかく資格があるのなら、ここを使えばいいじゃない。完全予約制なら、私もお手伝いできることあると思うし。」
と協力的で、お客さまのご予約が入ればリビングを仕事部屋として開けてくれ、こうしてお茶出しをしたりお見送りをしたりと何かと手伝ってくれている。

ただ、恋人という立場上、悠里がお客さまとの距離が近くなるのを、
「それに悠ちゃんが他で、誰かの身体に密着しながら施術をしてるかと思うと、やっぱり私はいい気はしないもの。」
と、若干の圧をかけるのも忘れてはいない。
まぁ、それもまた「陶子のかわいいところ」とニヤついている悠里なのだから、二人の仲は順調なようなのだけれど。

アジアンテイストのパーテーションで目隠し程度に仕切られ、完全な密室にはせず風通しのよい空間にしていることも、陶子さんに妙な誤解をうまないための配慮だったりもする。決して悠里の動向が疑わしいわけでは、ない。今のところ。

横山さんの汗がひき、落ち着くのがわかると、
「では、検査からしましょうか。」
と、パーテーションの奥へと移動する。
腰の可動域、骨盤の高さ、違和感、脊椎の並び、肩や首の可動域…。真っ直ぐに立ってもらったり、そのまま前屈をしてもらったり、腕を真っ直ぐ上げてもらったり、基本的な動作から、身体の歪みを探っていく。姿勢というのは、その人の生活にかなり密接に関わっていて、何度も施術をしてるうち、いつも似たようなところに歪みが出て、そこからお客さまの身体の使い方の癖や、生活習慣が見えてくる。

「横山さん、ここ、左、やっぱり辛そうですね。」
「そうなのよ〜、いつもここなのよね〜。」
「こちらにどうぞ、うつ伏せでお願いします。」
「はーい。お願いしまーす。」

施術時間は約60分。身体に触れながら、筋肉の張りや、骨格のズレ、リンパの詰まりを感じ、ほぐし、整え、流していく。内臓の疲れや、睡眠障害、精神的な落ち込みなども、何度も触れているとなんとなくわかるようになる。身体というのは本当に正直で、症状と世間話から伺える情報とで、その辻褄は合っていく。

「横山さん、眠れてます?」
「それがね、先生!今、私、ドラマにハマっちゃってて。知ってる?あれ、『海より青く空より広く』。ムムくん!もぅっ、かっこいいのよ〜。あれで東大出身エリートとか、知性がダダ漏れなの。エロいわ。」
うつ伏せのまま、顔だけこちらを向いて、横山さんがうっとり嬉しそうに話す。

「あ〜、『うみそら』ってやつですね?同居人の子が言ってましたよ、ムムくん。」
右の脊柱起立筋が張るのを小さく円を描くように宥めるように擦りながら答えると、
「そーよー、かっこいいのよー。昨日なんてね、気がついたら夜中の3時!さっすがにダメね。寝不足、寝不足。」
「そうですねぇ。背中の筋肉が緊張してますから、疲れはとれてなさそうですよ。」
ゆっくり手のひらでそっと広背筋を撫でていく。

「そうよね、ちゃんと寝なくちゃね。」
「ムムくんも、きゅんきゅんも大事ですけど、睡眠も大事ですからね?」
「はぁーい。ほどほどでちゃんと寝ます。」
「はい、お願いします。」

こうして手を当ててお話していると、たいていのお客さまは素直にきいてくれる。それとともに、筋肉の緊張もほぐれていくのがわかる。
やはり、身体というのは正直なのだ。

横山さんは、また三週間後に予約をとり、姿勢よく笑顔で帰っていかれた。今日の仕事はこれで終わりで、パーテーションやマットを片付けていると、チリリンと鈴の音とともに、黒猫の月島さんが足元へ擦り寄ってきた。

「にゃに?月島さん、どこにいたの?」
「ナァ。」
「私のお膝にいたのよね、月島さん。悠ちゃん、今日はもう終わったの?」
奥の部屋(陶子さんの寝室になっている)から陶子さんも出てきた。ウトウトしていたのか、とろんとした目をしている。
「終わりましたよ。今日は横山さんだけだから。」
「お疲れさま。」

とろんとしたまま、陶子さんは近づいて、白衣のままの悠里の腰に手を回す。ふわっと陶子さんの甘い匂いがする。寄り添う身体がやわらかい。

「寝てた?」
「ちょっとだけ。」
そのまま陶子さんは悠里の肩に顎をのせて、目を閉じてしまう。
「片付けるから、座ってて。」
「んん。」
足元で、月島さんもスリスリしている。すると、ガラガラガラっと玄関の引き戸が勢いよく開いて、

「たっだいまぁーっ。あっちー。え。」

と、バタバタと入ってきた汗だくの未来みくが出くわしたのは、ちょうどの、そんな場面だった。

つづく。


第二話


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