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Le Perchoir (ル・ペルシュ)日和【2】

                                                     

第二話

内藤未来みくが、ラーメン屋『イケ麺番長』のバイトを終え、夕方とはいえまだまだ暑さが残る中、汗だくでせっせと自転車をこいでシェアハウス『Le Perchoir 』へ帰ってきてから、リビングで見たのは白衣を着た悠里と、その肩に身を預けて寄り添う管理人の陶子さんの姿だった。

「たっだいまぁーっ。あっちー。え。」

二人は同時に振り返って、
「おかえり、未来。」
「おかえりなさい、未来ちゃん。」
と声まで揃って言った。そして、何気にそっと離れようとしたのを、未来が慌てて制する。

「あ、待って待って、そのままそのまま。」
とすかさずポケットからスマートフォンを取り出して、カメラを向ける。カシャ、カシャ。
「悠里ちゃん、もうちょい背中に手、回してください。そうそう、いい!そのまま。」
カシャ、カシャ。
「ん?未来ちゃん?何?」
悠里と陶子さんは、言われるままに抱きあったまま、未来に何枚か写真を撮られる。

「ごっつぁんです!いい感じ、いい感じ!
いやぁ、イラストのね、要望があったんですよ、百合っぽいやつの。参考にっ。よしっと。ふー、あっち〜。汗ヤバー。陶子さん、ちょっとシャワー浴びますね。」
と満足そうにスマホの画面をながめながら、二階にある未来の部屋へと階段をタンタンとリズミカルに上っていく。

未来は、ラーメン屋のアルバイトをしながら、ウェブのイラストレーターをしていて、それらは動画の挿絵やデジタルコンテンツのアイコンなどに使用され、ちょこちょこ仕事も増えてきている。クライアントの要望に沿うようなイラストの参考にするために、よく写真を撮っていたりするのだが、その対象はさまざまで、ここ最近はどうやら悠里と陶子さんのような同性カップルの様子に注目しているらしい。

「百合人気、やっぱ根強いんすよね〜。」
と、こんな身近にいい資料があったと言わんばかりなのが、いいやら悪いやらで、何かと二人でいるところを目撃するやいなや写真を撮られたり、じっと観察されたりするので少々落ち着かない。
「お気になさらず、私の参考にするだけなんで。」
未来のことだから、ネットにあげられたり悪用されることはないとはいえ、あのスマホのカメラロールがどんなことになっているかが心配になる。

「撮られちゃったね。」
「私、目つぶっちゃったかも。」
「陶子?気にするとこ、そこじゃないと思うよ?」
「悠ちゃんはいつも写真写りいいもの。」
陶子さんが抱きついたお腹で押しながら言うから、悠里は少しよろけて、危うく月島さんのしっぽを踏みそうになってしまった。

「ナァー。」
懲りずに悠里のふくらはぎ辺りを、ずっとしつこくスリスリしている月島さん。

陶子さんの夕飯の準備がはじまるころ、ソファーに寝転んだ悠里のお腹の上で月島さんは丸くなって眠っていて、そのスベスベした背中を片手で撫でながら、悠里はスマホで翌日の施術予約の確認していた。
「午前は小山内おさないさん…、午後イチで沙織さんか。」

小山内さんは、二人の小さな男の子のママで、子どもたちを保育園へ送ったその足でやってくる。下の子はまだ抱っこの時間も多く、小柄で細身の小山内さんの腕や骨盤にはかなり負担がきているのと、上の子の赤ちゃん返りがひどく、精神的な辛さも相まって、前回の施術中にグスンと泣けてしまったりしていた。

「離れてると素直に可愛いって思えるのに、目の前で相手してると、全然余裕持てなくて…。上の子なんて、最近ずっと大きな声で『金玉!金玉!』って連発してて。やめなって言うと余計ダメで…。男の子ってホントわからなくて…。」
うつ伏せになったまま、グスングスンと泣いてしまう小山内さんの背中を、ゆっくりと擦りながら
「それでも、毎日毎日、子育てしているっていうだけで、それだけでもう、私は大尊敬ですよ。」
と声をかけたけれど、悠里自身、子育ての経験などないのだから、それ以上なにも言えずにいた。
すると、
「ここに来るとホッとします。」
と、グスングスンと泣きながらも、小山内さんの背中の筋肉がゆるんでゆくのを感じて、悠里は手のひらから精一杯の優しさと温もりをお伝えした。

                                       ╸ ╸ ╸


夕飯の匂いが漂いだし、二階から誘われるように未来がぴょこぴょことちょんまげに結んだ前髪を弾ませて降りてきて、キッチンの陶子さんを手伝いに行く。
「いい匂い〜。今夜はロールキャベツかなぁ。」
そう言えばそんな匂いだ。
陶子さんのロールキャベツは、ほんのり甘くて、しっかりとボリュームがあってベーコンのコクがきいていて、みんなの大好きなメニューなのだ。セットにはコーン入りのマカロニサラダがはずせない。

それにしても、近くの信用金庫に勤める早智さちの帰りがまだだ。月末月初でもないのに残業なのだろうか。

「悠里ちゃん、ごはんだよ。ツッキーも、ほら。」
未来がひょいと月島さんを抱き上げて、ダイニングテーブル脇にある月島さん用のエサ台へ連れていく。チリリと鈴を鳴らしながら、月島さんはひと足お先にカリッカリッといい音をたてて食事をしはじめた。

「おー、ロールキャベツ!いいねぇ!美味しそう。」
ショートヘアの後頭部に寝ぐせがついたままの悠里がそう言うと、陶子さんが水色と白のストライプのエプロンの紐を解きながら、
「美味しそう、、じゃなくて、美味しいんです。」
とやんわりと釘をさす。
「ですよね〜。陶子のごはんはいつも美味しい。」
「よろしい。」

見た目ゆるっとふんわりやわらかな陶子さんと、キリッと活発そうな悠里さんだけれど、二人のこういうやり取りから見るに、完全に陶子さんの方が主導権を握っているのだろうなというのが未来の見解で、それは早智に聞いてもきっと同意してくれると思う。

四人がけのダイニングテーブルには、三人分の夕飯が並べられ、みんなそれぞれに決まった席に決まった箸が並べられ、いつものように席につく。

「早智、今日、遅いの?」
「さっちゃんは、今日は外で食べてくるそうよ?」

ここ『Le Perchoir』は、朝夕食事付きのシェアハウスで、栄養士の資格をもつ陶子さんが、朝夕の食事を作ってくれている。朝食は7時、夕食は7時半を目安に、『食事はおいしく楽しく』という陶子さんの教えにならって、なるべくみんなで食卓を囲むことになっていて、その食事時間に間に合わない時や、今夜の早智のように、外食をしてくる場合には、必ず陶子さんへ連絡することになっているのだ。

悠里と未来が箸を片手に思わず顔を見あわせる。
「早智が?」
「サッチーが?」
「研修かなにか?」
「そうでもないみたいよ?」
「送別会とか?」
「そういうんでもなさそうだけど?」
「え?じゃあ、なに?」

信用金庫勤めの早智は、いつも仕事が終わるとまっすぐに帰宅する。寄り道をしてくる感じもなく、同僚や友達と遊びにいく様子もなく、明らかに地味なタイプで、悠里や未来が少し心配になるくらい堅実で、遊びがない。
以前、未来が夕飯時間になかなか帰ってこず、ギリギリになって、

未来─「陶子さーんっ、ゴメンナサイ!これからハルとごはん!!」
陶子─「夕飯キャンセルね、了解です。」
未来─「ワンチャン、オールかも。」
陶子─「了解です。気をつけて。」
未来─「はーい。」

メッセージ

というやりとりを聞いた早智は、
「外食なんて浪費ですね。ここでこんな立派なお食事がとれるっていうのに。その分NISYAに投資した方が得なのに。未来ちゃんの歳から始めれば10年後には───。」
ともらしていたほど、金銭にもかなり堅実で、25歳という年齢のわりにはとても落ち着いている。
その早智が。

早智─「おつかれさまです。今夜の夕食はキャンセルでお願いします。遅くなります。玄関、施錠しておいていただいて大丈夫です。」
陶子─「キャンセル、了解です。気をつけてね。」
早智─「ありがとうございます。」

メッセージ

「遅くなる?」
「施錠って…。泊まりってこと?」
悠里も未来も、箸にマカロニサラダを挟んだままフリーズしてしまう。
「そうみたいね。」
陶子さんは、丁寧な箸使いでロールキャベツを切り分けながら、何ともないように言う。

「サッチー。…男、かな。」
「え!?あの早智が!?誰よ。そんな相手いる?」
「わっかんないけど。ああ見えて実は…とかさ。」
「え…。ねぇ、陶子、なんか聞いてないの?」
「さっちゃんも25歳の女性なんだから、外泊のひとつもするでしょうよ。」
大いにザワつく二人をよそに、陶子さんが平然と言った。
「マジかー。」
四人がけテーブルの、早智がいるはずの空席を、複雑な心境で見つめる未来と悠里。
月島さんがピョコンと椅子に飛び乗って、早智の席をあたためるようにくるんと丸くなっていた。


つづく。



第三話


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