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美術館について

美術館について

年に一度は美術館に行く、決まった美術館に行くわけではない。常設展を見る時もあれば、特別展を見る時もある。あまり決め事を作ってはいないが、それでもいくつか決め事を決めている。
1.平日に行くこと
理由としては人混みを避けられるのと、日常の枠組みに特別を入れ込むという贅沢ができるから。これは、何もない日にケーキを食べることに似ているかもしれない。

2.下調べをあまりしないこと
絵から感じる雰囲気を楽しみたいのに、誰かの文章から生まれた印象に、いつの間にか体験が入れ替わってしまう事があるから。

3.筆者が求める解釈を完全に自分の中に落とし込まないこと
これに関して反感を抱く人もいるだろう。
ただ私はその作品から滲み出る雰囲気を楽しみたいのであって、解説などの情報を楽しみたいわけではない。どうか許して欲しい。

この間、国立西洋美術館に足を運んだ。
確かその時は、ブルターニュ地方に関する特別展をやっていた覚えがある、そこにあった絵画たちは町を描いたものだったり、海岸を描いたものだったり、町にいる人を描いたものだったりした。特に海を絵の中に置いているものが多く、潮風の香りが仄かにしていた。

劇的な筆の動かし方をしていた絵、形がとらえきれない程に揺らいでいて掴みどころがない、わずかに光を後ろに感じる様な景色を描いている絵もそこにはあった。可憐で美しい女性を描いたものからは上手く掴むことができない安らぎが滲み出てきていた。同じ物をもわっとして擦り切れそうな雲のうしろに夕日を描いた絵からも感じることができた。

全て見終わる頃には哀愁の美しさ、人がそれぞれ抱える心情的な重さを僅かに作品が運んだものが、私の中に深く刻まれていた。
様々な風景、人を置いている絵画たち、それぞれが違う印象を持つ。
でも皆、作者から受け取った哀愁をぼやかしながらも、はっきりと自分の輪郭として置いている。こんなに優秀な代弁者が身近にいるなんて、画家はさぞかし可愛がるのだろうと思う。私なら溺愛してしまう。今度、また別のあの子たちを私は観に行きたい。様々な感情を受け取り、喜んで運びまわるあの子たちを。


最後まで読んで頂きありがとうございます、
よければこっちも読んでってー。

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