人生で悩んだとき、もういない祖父に話を聴きたくなって「記憶を資産にするノート」を開発しました
大切な人が、ふいにいなくなってしまったとき。 あるいは、人生の岐路に立ち、誰かの言葉にすがりたくなったとき。
「あの人は、どんな人生を送ってきたんだろう」
「あのとき、本当は何を考えていたんだろう」
そう思ったことはありませんか?
身近な人の「生き方の記憶」は、ときに温かい道しるべになります。これは、日常的でつい見落としてしまいがちだけど、とても大切な資産である身近な人の記憶を未来へつなぐノート『kioku roku』の開発物語です。
キャリアに悩んだとき、僕が話したかったのは「じいちゃん」だった
僕の記憶の片隅には、祖父がいます。
小学三年生のときに亡くなったので、一緒に過ごした時間は長くありません。 それでも、週末に遊びに行くと「お、来たか」と笑ってくれた顔や、遠くを見ながらタバコを吸っていた姿は、今でも覚えています。
僕にとって祖父の家は、仮面ライダーのビデオをたくさん見られる場所でもありましたが、いま思うと「じいちゃんに会いに行く」という行為そのものが、温かくて大切な時間になっていました。
だから、祖父が亡くなった時には「もう会えないんだ」という事実を前に、涙が止まりませんでした。
そんな祖父のことをふと思い出したのは、社会人になって10年が経った頃です。
30代を迎え、これからのキャリアについて一人で悩み抜いていた夜、ふと「じいちゃんだったら、どう考えるかな」と考えている自分がいました。
知りたかったのは、偉人や有名人の成功譚ではありませんでした。 僕にとってそれは、身近にいた「祖父」の話だったのです。
もちろん、話を聞いてもらうことも、聞くこともできない。 それがすごくもったいない、と思いましたし、シンプルに「聞いてみたかった」という素朴な気持ちが、僕の中に残りました。
祖父がどんな人生を送り、何に笑い、何に悩んできたのか。 その「物語」をほとんど知らないまま、もう聞くことはできないんだな…と改めて実感したのを覚えています。

「一番つらかったのはいつ?」
父の答えは、僕の知らない景色だった
それからしばらくして、父が35年間勤めた会社を定年退職しました。 家族でささやかなお祝いの席を開いたとき、祖父のことを知らなかったこともあって、僕は父に気になっていたことを尋ねてみました。
「これまで仕事で、一番大変だったのっていつ?」
僕には、返ってくる答えの予測がついていました。 20年ほど前、リーマンショックの余波があった頃、父は生産現場の中間管理職として、派遣切りやリストラという苦しい判断を迫られていました。家の中でも、いつもと違う表情でPCに向かっていた背中を覚えています。きっとあの時の話だろう、と。
ところが、父の答えはまったく違うものでした。
「ああ、そうだな。現場を離れて管理職になったときが、一番こたえたかな。ものづくりの現場で試行錯誤しているのが、何より楽しかったから。現場を離れるのは本当に寂しかった。」
かなり意外でした。 父がそれほどまでに、ものづくりの現場が好きだったのかと。言われてみれば、父は今でも自宅を改造したり、何かしら創意工夫をこらしています。彼は根っからの「つくる人」です。
当たり前のことですが、僕が見てきたのは「父親」としての彼の姿だけでした。 仕事の顔、友人といるときの顔、一人でいるときの顔。
一人の人間として、彼が何を感じ、何を考えてきたのか。僕はほとんど知らないのだと、改めて実感した瞬間でした。
そしてそれは、母にも同じことが言えます。母には母の視点があり、僕が決して知ることのできない物語を、たくさん持っているはずなのです。
人がいなくなることは、“物語”が消えてしまうこと
身近な人の人生には、自分が想像する以上の「知らない物語」がある。 それを知らずにいるのは、あまりにもったいない。
祖父や父との経験を通じてそう感じていたとき、僕の頭には、まだ幼い娘の顔が浮かびました。
この子が大きくなったとき、彼女の祖父母や、父親である僕が、どんな人間だったのか。それを知りたくなるときはあるのだろうか。あるとしたら、どうすればそれをのこせるのだろうか。
僕が祖父のことを断片的にしか知らないように、何もしなければ、父のことも母のことも、そして僕自身のことも、娘の中にはぼんやりとしたイメージしか残らないかもしれない。
娘が数十年後に何かに悩んだとき、僕と同じように、身近な人の生き方を道しるべにしたくなるかもしれない。
少し話が大きくなるかもしれないけど、「少子高齢化」という言葉の裏にあるのは、単に人の数が減ることではない。その人が生きた証である、無数の足跡や物語、見てきた景色が、社会から消えていってしまうということなんだな、と思います。
僕たちが『kioku roku』というノートを作った理由
「身近な人の、生きた物語を残すことはできないだろうか」
僕の問いは、ここから始まりました。 個人史?終活ノート?それともアプリ?いろんなアイデアが浮かんでは、消えていきました。
どれも価値があるけれど、僕が表現したいこととは、どこか少し違う気がする…。 試行錯誤の末にたどり着いたのが、事実の「記録」ではなく、感情を伴う「記憶」をのこす、という考え方でした。
どこに住み、どんな仕事をしてきたか、という事実情報も大切です。 しかしそれ以上に、その人が何に喜び、何に怒り、何を美しいと感じてきたのか。 そんな感情の揺らぎや、大切にしてきた価値観、仕事の哲学といった「内的なもの」こそ、次の世代に残すべき資産ではないかと考えたのです。
お金や家といった有形の財産は相続しやすいですが、「生き方の知恵」という無形の資産は、意識しないと受け取れません。そして、その人がいなくなれば、その資産も一緒に失われてしまいます。
この、一人ひとりの中にある「記憶」や「景色」を、どうすれば丁寧にのこせるだろうか。 そのために一番しっくりきたのが、自分の手で「書く」という行為でした。
机に向かい、自分の文字で言葉を紡いでいく。 その静かな時間こそが、何十年という膨大な記憶と感情を、じっくりと振り返る手助けになるのではないか。
そうして、「ノートをつくる」というシンプルな答えに思い至りました。 事実の記録以上に、その人だけの景色や記憶をのこしたい。そんな思いから、このノートを『記憶録 kiokuroku』と名付け、作り始めたのです。


一人で書くことは難しい。。だから「一緒に」つくる
しかし、ノートを作り始めてみると、大きな壁が見えてきました。
一つは、「自分の感情や人生なんて、人に話すのは恥ずかしい」という心理的な抵抗感です。 特に、謙虚さが美徳とされてきた世代の方々にとっては、「自分の話ばかりするのは…」とためらってしまうかもしれません。
もう一つは、「いざ振り返ろうにも、昔のことは覚えていない」という記憶の曖昧さです。 何十年という長い人生を「さあ、語ってください」と言われても、どこから手をつければいいか分からなくて当然です。
これらの難しさを乗り越えるために、kiokurokuは「プレゼント」として手渡され、贈り手と受け取り手が「一緒に」つくる、という体験を大切にしています。
まず、「贈り手」が、相手のことを書くことから始めます。
例えば僕が父にこのノートを贈るなら、まず僕が「僕から見た父の姿」を書き出します。 「子どもの頃、父は僕にとってヒーローでした」 「あのとき、父は本当はどう思っていたんだろう?」 そんな、僕の中にいる「父親像」を、ノートに綴るのです。
そして、そのノートを父に渡す。 受け取った父は、僕が書いた「息子の視点」を足がかりに、「ああ、あのときは実はこうだったんだよ」と答え合わせをするように、あるいは記憶を辿る地図のようにして、自分の人生を振り返ることができます。
何より、「自分のことを、こんなにも真剣に考えてくれたのか」という時間そのものが、受け取り手にとって、かけがえのないプレゼントになるのではないかと信じています。
これは、受け取り手のためだけではありません。 贈り手である僕自身も、父のことを深く考える中で、自分にとって「父」とはどんな存在だったのかに改めて気づかされます。kiokurokuは、そうした関係性の再発見を促すためのノートでもあるのです。

デザインフェスタに出てみた
コンセプトづくりから少しずつ形にしてきた「kioku roku」。でも、ここまで自分たちで考えてきたことが独りよがりになっていないか、ちゃんと誰かに届くのか、それを確かめるために「デザインフェスタ vol.61」に出展してみることにしました。
7月5日〜6日の2日間で、来場者数は約10万人を超えた実績もある一大イベント。そのほんの小さな一角で、僕たちのブースも構えてみることにしたのです。
なぜデザフェスに出ようと思ったのかというと、「なにかしらアウトプットの場がないと、考えていることも形にならない」と思ったから。なかでもデザインフェスタは、多様な作家さんたちが自由な発想で商品を展示・販売し、来場者も年代や興味が幅広いイベント。たくさんのリアクションが得られるはずだと考えました。
はじめて迎えた出展当日
出展までの準備は正直、大変でした。製本、小物の用意、簡易的なサイトづくり、決済手段の整備…。やることが山積みで、ぎりぎりまでバタバタしていました。
そして迎えた当日の朝。「そもそも足を止めてくれる人なんているのだろうか」「声をかけてもらえるだろうか」そんな不安を抱えながら、会場に立ちました。
開場は10時。知り合いが何人か遊びに来てくれて、少し緊張も和らぎました。そんな中、11時ごろ。初めて一般の来場者の方が、僕たちのブースの前で立ち止まってくれました。40代くらいのご夫婦で、「エンディングノートを2人で作ろうと思っていた」とのこと。それぞれに1冊ずつ、手に取っていただけました。
🎉いよいよデザフェス当日!🎉
— kiokuroku_official (@kiokuroku_off) July 5, 2025
ブースが完成しました☺️
みなさんのご来場をお待ちしております✨
【ブース番号】
西館1F・G-70#kiokuroku #デザフェス #デザフェス61 pic.twitter.com/eLG3bOrA2Z

反応の数々と、得られた言葉たち
そこから少しずつ、でも確実に、いろんな方が立ち止まり、話を聞いてくれて、思いを伝えてくれました。
ポジティブな声(購入いただいた方々の声)
・「お父さん、お母さんがいい歳。こういうのがないと深くは知れない。いい機会だから、二人と話してみたい」(20代男性)
・「今度、母親の還暦祝いで実家に帰る。父親にもないとかわいそうだし、両親にプレゼントしたい」(20代カップル)
・「100歳の祖父がいる。戦争を経験した世代。書いてくれるか不安もあるが、話を聞いておきたかった。きっかけにしてみたい。」(30代男性)
・「昨日、このノートを見かけたとのことだが、お小遣いで買えないと言われた。娘に買ってきてほしいと言われた。」(40代男性)
・「パートナーにプレゼントしたい。普段近くにいるが、実は知らないことが多い」(30代女性)
・「パートナーから勧められて買いに来た。自分が第三者からどう見えているのか知れるのもいい。それと、他者からの問いかけで考えてみて、言葉にしていくのは大事だと思った」(30代男性)
・「ちょうどエンディングノートを作ろうとしていた。こうやって人生を振り返りたい」(50代ご夫婦)
・「自分が記録が好き。まさにこういう振り返りができるノートを探していた。折角の人生だからのこしていきたい」(20代女性)
・「壮大なプロフィール帳みたい。両親や友達とやってみたい。予想外の出会いだ。」(30代女性)
ネガティブな声(興味を持っていただいたが躊躇された方々の声)
・「これができる家族は素敵だと思うが、うちは難しいな。自分がめちゃくちゃ嫌っているんで。笑」(40代男性)
・「親に書いて欲しいんだけど、書いてくれないと思う。仲が悪すぎて。。。」(20代男性)
・「価値観に触れていくのは重いですね。もっと気楽なものがほしい」(40代男性)
・「家族がいつまでも元気なわけではない。向き合わないといずれ後悔するのはわかる。ただ、今家族と向き合うのは重いから、後回しにしたい。」(30代女性)
・「人生すぎて、途中で泣いてしまうかも知れない。そわそわする」(20代男性)
・「道徳の教科書みたい。」(10代男性)
その他、面白かった声
・(僕の父や母と一緒に作成したkioku rokuのサンプルをみて)「このノートがほしいから売ってくれないか。新品よりサンプルのほうに価値を感じた。有名人のエピソードはありふれてる。成功して失敗して…というよくあるエピソードがあふれてる。他人でも、個人だから解像度が高く感じて面白い」(20代男性)
まだまだ整理しきれていない部分もありますが、たくさんの方からたくさんの声をいただけたことが、何よりも大きな収穫でした。
最終的に、僕たちのブースの前を通った方はざっくり8,000人ほど。そのうち400〜500名ほどが立ち止まり、50冊ほどをご購入いただきました。想定をはるかに超える方が足を止めてくださり、話を聞いてくれた。それだけでも十分すぎるほど嬉しかったし、何よりホッとした。それが率直な気持ちです。
これからも、「どうすれば、身近な人の記憶が"資産"として受け継がれていくのか?」そんな問いに向き合い続けながら、「kioku roku」の可能性を探っていきたいと思っています。
さいごに
kiokurokuは、元をたどれば僕個人の「あったらいいな」から生まれたノートです。でも、もしこの考えに共感してくれる人がいるのなら、その方たちの手にも届いてほしいと思っています。
誰かのために時間を使って、その人の人生を深く考える。 それは、日々の忙しさの中では、なかなか取れない、少し面倒な時間かもしれません。でも、その少し面倒な時間こそが、お互いの理解を深め、関係性を豊かにしてくれる鍵だと、僕は信じています。
誰かにとってこのノートが、大切な人との対話のきっかけになれば。そして、そこに書き留められた言葉が、30年後、50年後の未来で、その人や、その周りの誰かを支えるときがくるのであれば、それ以上に嬉しいことはありません。
もし、この文章を読んで、少しでも共感するところや興味を持っていただけるところがあれば、ぜひkiokurokuを手に取ってみてください。また、みんなが使いやすいような形を模索していきたいので、使ってみた感想などもいただけると嬉しいです。
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