透明な継ぎ目|毎週ショートショートnote
近所の文房具屋に木工用ボンドを買いに行くと、なぜか店主から「君には、こっちの方がいいよ」と、ラベルの剥がれた古びたボトルを渡された。新品がほしかった僕は、「いらない」と突き返すと、それを予期していたのか、店主は「タダでいいから」と言うので、渋々受け取ることにした。
帰り際、店主は「それ、扱いには気を付けてね」と声をかけてきたが、無視した。
僕は机の引き出しから、割れてしまった小さな木彫りの小鳥を取り出した。三年前、親友と喧嘩したその日に、衝動的に床に叩きつけてしまったものだ。嘴の先が欠け、胴体は真っ二つに割れている。あの日以来、僕たちの仲も、この小鳥のように修復不可能なまま途絶えていた。
指先にボンドを少しだけ取る。牛乳のように白く、ぽってりとした液体。
――なんだ、普通の木工用ボンドじゃないか。
そう思いながら、ボンドを木の断面に付けて薄く伸ばすと、不思議なことに、その断面から「声」が聞こえたような気がした。ざわざわとした、風の音のような、誰かの囁きのような、本当に小さな声。
――ごめんね。
そう聞こえたような気がしたが、多分、空耳だろう。二つのパーツを合わせ、はみ出した白い液体を指の腹で拭い取る。湿った冷たさが指に残り、それが徐々に体温で乾いていく感覚。この瞬間が一番好きだ。
――一時間くらいで乾くだろう。
僕は木の小鳥を窓際に置いて、指先に残ったボンドの膜を、端からゆっくりと剥がしていく。日焼けした皮のように、薄く、透明な膜がペリペリと音を立てて剥がれる。その快感とともに、胸に詰まっていた塊が溶けていくのが分かった。
――一時間後。
窓際で乾かしていた小鳥を確認すると、白い筋は完全に消えていた。驚くべきことに、あれほどはっきりしていた割れ目がどこにも見当たらない。まるで最初から壊れてなどいなかったかのように、木目は完璧に繋がっていた。
ふと、スマートフォンの画面が光り、通知が表示される。
『久しぶり。ずっと気になってたんだけど、あの時のこと、謝りたくて』
一か月もの間、一度も鳴ることのなかった名前からのメッセージ。
僕は深呼吸をして、返信を打ち始める。
今度ははみ出さないように。慎重に、けれど、しっかりと。
(了)
たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」に参加しています。
お題は「木工用バント」です。
一瞬、「あれ? 普通じゃない?」と思いましたが、「バント」だったんですね。
最初、「ジェームズ・ボンド」をネタにして書こうと思いましたが、「あーあ、こいつやっちまったな」と思われるのが嫌で、やめました。
こちらもどうぞ。
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