祭り火の夜|掌編小説
「健太郎、準備できたか?」
「うん!」
返事をすると、おじいちゃんは僕の周りをぐるっと回った。
「よし! 浴衣もバッチリキマッとる。しっかりやって来い」
「分かった!」
僕は提灯とマッチ箱を持って、神社に向かった。
今日は町の夏祭りの最終日で、いつものように祭り火行列が行われる。小学一年生から六年生までの子供たちが提灯を持って、神社を中心に森の中を一周する恒例行事だ。参加できるのは小学生までなので、僕は今年で最後になる。
神社の前で、僕はマッチ箱からマッチ棒を一本取り出した。「シャッ」という鋭い音と一緒に、小さな赤い炎が立つ。
――あれ?
提灯の中のろうそくの芯に火を近づけると、なぜかマッチの火は消えてしまった。二本、三本、四本……。何度やっても、マッチの火はすぐに消えてしまう。きっと、湿気のせいだ。
――もう一本試してダメだったら、誰かにマッチをもらおう。
そう思い、マッチを擦る。
――うわ!?
ひときわ大きな炎が立ち上り、驚いてマッチ棒を放り投げた。
――何なんだよ! まったく!
僕は火がついたままのマッチ棒を拾い、ろうそくに火をつけた。遠くを見ると、もう祭り火行列は始まっているようだった。
――急がなきゃ!
走って行列の最後尾に加わる。
みんな黙ったまま、ザッザッ……という足音を響かせて行列は進む。なぜみんな黙ったままなのかと言うと、この祭り火行列には、一つだけ決まりがある。
――行列に加わっている間は、絶対に言葉を発してはいけない。
昔、森に棲む狐が行列に加わっている人に声をかけ、うっかり返事をしてしまった人が狐にさらわれたらしい。
一年生と二年生の時は、祭り火行列が怖くて仕方なかった。狐が僕をさらうために声をかけてくるんじゃないか。暗い森のどこかでこちらの様子をじっと窺ってるんじゃないかって。
だけど、今は提灯の淡い光が一列になっているのが幻想的に見えて、もうこの行列に加わるのが最後なのかと思うと、残念にさえ思った。
――やけにゆっくりだなぁ。
前の人が早くてついていけない時はあったけど、今年はいくら何でも遅すぎる。僕が歩く速さの半分くらいだ。
顔を上げて行列の前の方を見て、おかしなことに気付いた。どう見ても、子供じゃない人が加わっている。洋服を着た女の人、スーツ姿の人、やけにボロボロの服を着た人もいる。
――祭り火行列じゃない。
僕は、加わってはいけない行列に加わっている……。
――落ち着け。
息を整えて、自分に言い聞かせる。ここは一番後ろだ。バレないように、行列から離れよう。
ゆっくり……歩く速度を落とす。
歩く速度を落とす……。
歩く速度が……落ちない。
――足が、勝手に動いてる!
自分の意思とは関係なく、両足は前に進んでいた。前の人から離れないように、ゆっくり、ゆっくりと……。
――行列から出られない……。
――おじいちゃん! 助けて!
心の中でそう叫んだ瞬間、何かに左手を掴まれた。
両足が止まる。
――こっち!
その「何か」は、真後ろに僕を引っ張った。引っ張られるまま僕は走る。僕を引っ張っているのは何なのか、誰なのかは分からない。暗くて何も見えない。でも、とにかく走った。
そしてようやく、人のいるところまで辿り着いた。
「おーい! 健太郎ー! どこだー!」
おじいちゃんの声がする。
「どこに行ったんだろうねぇ」
「裏の崖から落ちたんじゃなかろうか」
目の前には、右往左往する大人たちがいた。
――やっぱり、僕のことを探してたんだ。
「あのー……」
僕はみんなの前に出る。
「やっぱり警察に言った方が……」
「消防署にも電話せぇよ」
「あのー!」
誰ひとりとして、僕を見る人はいない。
気付いてない……わけない。
「おじいちゃん! ねぇ! 帰って来たよ!」
僕はおじいちゃんの背中に声をかける。でも、おじいちゃんは近所の人たちにペコペコと頭を下げるばかりで、僕を見ようとはしなかった。
「間に合わなかったのね……」
後ろで声がした。知らない女の人が立っている。
「間に合わなかったって……?」
「半分、連れて行かれてしまったの」
「連れて行かれた? 半分? 一体何のこと?」
「見つけてあげる。だから、一緒に行きましょう。こっち側へ」
女の人は力強く言って、僕の左手を掴んだ。さっき、あの行列から僕を救い出してくれた手だった。
「ちゃんと、帰って来れる?」
「うふふ……」
女の人は笑った。
「ええ、もちろん。さぁ、行きましょう」
僕の足は、女の人を追いかけるように動き出した。
僕の意思とは、関係なく……。
(了)
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