青の鼓動|掌編小説(#風まかせ文芸部)
他の人には見えないものが、俺には見える。それは、全ての芸術作品から漏れ出す「感情の光」だ。
美術館の絵画、駅前の彫像、ストリートアート。完成した瞬間に作者の熱狂や悲しみが色となって残り、時と共に少しずつ薄れていく。俺の視界は、常にその残光で満たされていた。
古い図書館の壁画には、「希望の翼」という名の、かつては街の誇りだった絵がある。巨大な翼は、力強い青と燃えるような赤で満ちているはずなのに、今は全体がくすんだ灰色に沈んでいる。
作者はもう何十年も前に亡くなった。作品が灰になってしまうと、その感情の痕跡は二度と戻らない。魂が抜けた、ただの「殻」になってしまう。
「くそっ、間に合わなかったか……」
壁画にそっと触れる。ひんやりと冷たい。指先に残ったのは、微かな青の震えだけ。作者が最後に筆を置いた時の、諦め、虚しさ……それでも残したいと願った希望の欠片だった。しかし、その声はほとんど聞こえない。
隣にいた学芸員らしき大人が、悲しそうに壁画を見上げた。
「この作品はもう終わりね。誰の心も動かせない」
その言葉が、俺の胸に鋭く突き刺さった。
――いや、まだ終わってない。
俺はポケットから、小学校の時に使っていた、先が潰れた青色のクレヨンを取り出した。周りの目を気にせず、壁画の真下、誰も見向きもしない真っ白な壁の隅に、全力で小さな円を描いた。
不格好で、線は震えている。でも、その円の中を、俺が見える中で一番明るい、生きている青で塗りつぶした。巨大な壁画を救うための、俺の最後の、あまりにもささやかな抵抗だった。
「これは、俺の希望の光だ」
壁画は変わらない。当然だ。俺のクレヨン一つで、大作が蘇るはずがない。そう思って顔を上げた、その瞬間。
壁画の巨大な翼の真ん中の一点に、俺のクレヨンの青が共鳴したように、少しだけ光が灯った。それは、作者が残した希望の欠片の色。強く、鮮やかで、そして、決して灰には戻らないと訴えかけていた。
芸術は、完璧さでも、大きさでもない。誰かの心と誰かの心が、時代を超えて繋がる瞬間に生まれるものなんだ。
俺の小さな青い円は、今も壁の隅で、巨大な希望の翼を、静かに照らし続けている。
(了)
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お題は「芸術」です。
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