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ツイてない日の終わりに|掌編小説

 今日は朝から、何もかもが裏目に出る日だった。
 電車は遅れ、交差点では知らない女性にぶつかって睨みつけられ、会社に着く頃にはすでに汗で背中がぐっしょりだった。書類を提出すれば「誤字が多い」と突き返され、昼休みにコンビニに入ったら財布を忘れたことに気づいた。仕方なく、自販機の水だけで空腹をごまかす。

 そんな調子だから、夕方には自分の中で「今日はダメだ」と烙印を押していた。残業を終えて外に出ると、秋の風が妙に冷たくて、空気にすら笑われているような気分になる。

 駅までの道をとぼとぼ歩いていると、小さな公園のベンチに古びた文庫本が置かれているのが目に入った。背表紙には、学生の頃に夢中で読んだ作家の名前がある。思わず手に取り、ぱらぱらとページをめくると、懐かしい文字の匂いがした。角の折られたページには、見知らぬ誰かの細い線で「ここが好き」と書かれている。

 ふと、胸の奥に小さな灯りがともるような気がした。誰かがなぞって、誰かが愛した言葉に、偶然出会った。ほんの些細な出来事なのに、最悪の一日の重さが少し和らいだ。

 俺はメモ帳とボールペンを取り出す。

「よい一日を」

 そう書いたメモを、本の間に挟んだ。

 電車に揺られながら、窓の外を眺める。流れる景色は変わらないのに、不思議と少しだけ優しく見えた。

 ツイてない日だった。でも、最後の最後に忘れかけていた懐かしさと、小さな幸福を受け取った。

 きっとそれだけで、今日は少し報われたのだろう。

(了)


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