秋柴ワンコと冬眠ヒグマ|短編小説
――ピンポーン。
――ガタガタガタ……。
寝ていた私は飛び起き、大急ぎで玄関に向かった。まったく、休日の朝っぱらから騒がしい……。
玄関のすりガラスには、大きな人影――クマ影が映っていた。
「だーかーらー! ここを押して30秒待ってよって言ったじゃない! それに、力任せにガタガタやったら、玄関のドアが壊れるでしょうが!」
引き戸を開け、大声でまくし立てる。
「ちゃんと待ったやろ?」
「いいや、3秒しか待ってない」
「あーもうホンマめんどいわー」
何度説明しても、インターホンの役割を分かってくれない。いや、インターホンを押してくれること自体、一歩前進だろうか。
「面倒なのは分かるけど、人間が住んでる家なんだから、人間のルールを尊重してくれよ!」
「そないキーキー喚くなや! 頭がキンキンするやろ……」
クマは大げさに両手を耳に当てた。会うたびに、妙に人間っぽくなるのが少し面白かったりする。
「あれ? 冬眠してるはずじゃなかったの?」
「ちょっと目が覚めてもうてなぁ。気分転換に散歩してたんや」
「頼むから、人間に見つからないようにしてくれよ?」
ただでさえクマの出没は人間にとって大ごとなのに、本来冬眠しているはずのクマが出て来たとなれば、別の意味で騒ぎになる。まぁ、そう言う俺も、一応人間なんだが……。
「とりあえず、中に入りなよ」
「いや、あんたにお客さんや」
「ん? どこ?」
クマの後ろに隠れるように、その動物はいた。
「ああ、キタキツネ――」
――柴ワンコ!
そこには、綺麗な茶色の毛並みの柴ワンコが、チョコンと前足を揃えて座っていた。動物の知り合いはエゾヒグマとエゾシカとエゾタヌキとキタキツネくらいなので、茶色の毛と言うだけで、ついキタキツネと見間違えてしまった。
「初めまして。ご主人様の秋田柴子がいつもお世話になっています」
「あー秋柴さんの! いやいやこちらこそ」
行儀よくお辞儀をする柴ワンコに、俺も慌ててお辞儀を返す。
「なんや、知り合いかいな」
「んー、知り合いと言うか、何と言うか……」
秋柴さんは、最近ネット上でやり取りしている作家仲間の秋田柴子さんだ。毎週ショートショートnoteの主催者、たらはかに組の一員でもある。実際に会ったことはないのだが、堂々と「作家仲間」と言えてしまうのは、やはりインターネットの恩恵だろうか。
「もしかして、君だけで来たの?」
「ご主人様も来る予定でしたが、富樫さんのTwitterの、家と車が雪に埋もれている写真や濡れたタオルが一瞬で凍る動画を見て、断念しました」
「……賢明な判断です」
雪国に住んでいない人は、雪景色に風情と憧れを感じるだろうが、俺はそれらを粉々に打ち砕く「現実」をTwitterにアップしている。
北海道は1年の半分が冬だ。夏は最高だが、冬を過ごすのは精神修行に近い。
「どうやってここまで来たの?」
「女満別空港からヒッチハイクで」
「ほう、君の度胸と強運に、敬意の念を抱かずにはいられない」
「迷子犬と間違われて網走警察署に連れて行かれそうになりましたけど、事情を話したら湧別町の道の駅まで乗せてくれました」
一体どういう説明をしたんだろう。一歩間違えたら誘拐されそうだが……。まるで1988年の日本映画「マリリンに逢いたい」を彷彿とさせる。
「で、湧別町の道の駅にいたら、クマさんにナンパされたんです」
俺は驚いてクマを見た。
「あのねぇ、クマが柴ワンコをナンパするなんて、週刊現代、いや前代未聞だぞ」
「ナンパやないぞ! 困ってたから助けただけや! 何やねん、クマの親切を……」
「フンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向くクマを「わーったわーった」となだめる。ナンパだろうが何だろうが、柴ワンコをちゃんとここまで連れて来てくれたことには、素直に感謝しなければなるまい。
「それにしても、実にしっかりした柴ワンコだ。ご主人の教育が良いんだね」
「恐れ入ります」
「どこぞの熊さんに見習ってほしいもんだ」
――ブッ。
「屁をこくな!」
腹をボリボリと掻くその姿は、かつてのアイヌ民族が「カムイ(神)」と畏れ、敬った存在とは到底思えない。もちろん、そんなことを言ったら「めんどいわー」とボヤくのが目に見えているので黙っておく。
「仲がいいんですねぇ」
クマとのやり取りをじっと見ていた柴ワンコが、しみじみと呟く。
「仲がええんとちゃうで。ワシらは人間を監視してるだけや」
「おいおい、そういう物騒な言い方は――」
「ホンマや。人間はワシらをバカにしてるけどな、逆やで、逆。ワシら野生動物達の間では、人間はごっつぅ頭の悪い生き物ってのが共通認識や。人間達を見てると、アホって気楽でええなぁって羨ましくなるわ」
俺も柴ワンコも、クマの迫力に黙ってしまった。本当のことなんだと思うが、面と向かって言われると、なかなかショックである。
俺は目の前のクマを勝手に「友達」だと思っているが、どうやらその思いは一方通行だったらしい。
「もうええか? 冬眠の途中やさかい」
「あ、そうか……ありがとう。ゆっくり冬眠してくれ」
クマはバツが悪そうに、俺と柴ワンコを見た。
「雪が解けたら、また来るわ」
「だいぶ先だね」
「その『ピンポーン』を押して、30秒待ったらええんやろ?」
「3秒でいいよ」
熊は大あくびをしながら背中を向け、のっしのっしと歩いて行った。相変わらず岩のように大きな背中だ。
――雪が解けたら。
クリスマスと年末に降った大雪のせいで、家はまだ半分近く雪に埋まったままだ。この雪が解ける前に、また次の冬が来るんじゃないかと思えてくる。
「難しいですね。私は野生ではないので、何とも言えませんが……」
「本来、人間と野生動物は仲良くしちゃいけないからね。まぁ、クマはクマなりに、いろいろ考えてるってことでしょ。俺は……なんも考えてなかったけど」
振り返ると、クマは横断歩道で信号待ちをしていた。人間のことをアホだと言っておきながら、人間が決めた交通ルールを律儀に守るその後姿に、
「ちゃんと春まで冬眠しててくれよ」
と、心の中で声をかけた。
「あ、そう言えば!」
柴ワンコは、何かを思い出したように言った。
「どうして大阪弁なんですかね」
「しまった!? また聞き忘れた!」
答えは春までお預けのようだ。
(了)
さて、実在の人物が登場しました!
この物語を書くきっかけとなったのは、私のTweetです。
インターネットラジオステーションNFRS「https://t.co/ACJZXmDHey」にて、本日17日24時スタートの「Sound Anthology」内で、私の作品「秋鮭デリバリー」の朗読が放送されます。
— 富樫デザイン工房(トガシ) (@Togashi_Design) January 16, 2023
お時間のある方、聞いてくださると幸いです。
「秋鮭デリバリー」
(著:トガシテツヤ)
(朗読:大河望 様) https://t.co/FKOOEYULQl
「秋鮭デリバリー」を、秋田柴子さんが「一瞬、秋柴デリバリーかと……」と、空目してしまったのが始まりですね。
当初、タイトルを「秋柴デリバリー」にしようと思ったんですが、余計ゴチャゴチャになりそうなのでやめました。(;^_^A
こちらは「交換小説」として秋田柴子さんも書いているので、ぜひご覧ください。
実在の人をモデルにするって、楽しいですね。
では、次は……たらはかにさんを(略。
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