二十五年目の声|掌編小説(#風まかせ文芸部)
二十五年前から、夜になると家中の窓を閉めきるようになった。開け放った窓の向こうから、俺の声が聞こえたあの日から、ずっと。
二十五歳の夏、蒸し暑さに耐えかねて、窓辺で眠りかけていた時だった。その声は、ふいに聞こえた。
「なぁ、未来の俺」
地の底から響いてくるようなその声、忘れもしない。確かに俺自身の声だった。自分に「気のせいだ」と言い聞かせ、もう一度目を閉じると、俺の声は続けて言った。
「二十五年後、また来る。その時、返事をしろ」
その後、同じ現象は一度も起こらなかった。俺は気味悪さを押し隠し、社会に出て、家庭を築き、老けていった。夢か幻覚だったと考えるのが、一番楽だった。そう思い込まなければ、とても正気ではいられなかった。
そして今夜、五十歳手前の俺は窓辺に立っている。今日が、あの日からちょうど二十五年目だ。
外は闇。街灯の下に伸びる影も、風に揺れる枝も、全てが不自然に息を潜めている。
午前零時を回った瞬間、ガラスの向こうに、もうひとりの俺が浮かび上がった。顔も皺も、全く同じだ。ただ、眼だけが異様に黒く、吸い込まれそうなほど深かった。
その口が、ゆっくりと開く。
「返事をしろ、未来の俺」
声は、老けた俺のものだった。今の俺、そのままの声。
「返事をしなければ、入る」
喉が震える。これが夢なら笑って終われる。しかし、現実だとしたら……。
「返事を――」
俺は声を振り絞った。
「……はい」
返事をしたと同時に、窓に映った俺はにやりと笑い、今の俺を指さした。
「次はお前の番だ。二十五年後、待っている」
気づけば、窓には俺ひとりの影しか映っていなかった。でも、胸の奥に残る冷たい予感は、あの日、二十五年前と同じだ。
――二十五年後。
七十五歳の俺は、一体誰に返事を求めるのだろうか。
(了)
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お題は「25年後」です。
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