第二章|その戦略、現場で使えますか?
「戦略」という言葉は便利だが、
使い方を誤ると、現場を止める原因にもなる。
この章では、戦略論と現場の距離感を整理し、
使える言葉として戦略を扱うための視点を確認する。
1.戦略論を語るには最低限の知識が必要|「戦略」という言葉の危うさ
―― 雰囲気で「戦略」と言わないための前提整理
縁遠い言葉が身近にある
あなたたちは、経営戦略・競争戦略と聞いた時に、どのように感じるだろうか。抽象的な質問なので、もっと絞って質問しよう。
「経営戦略の教科書を読んで、それはすぐに企業に適用できるか」。
答えはNoが多い気がする。所詮、現場のことをわかっていない奴らが戦略なんて言ったところで、役に立たないんだよねー、実行なんてできねーよ、という感じであろう。
意外かもしれないが、このように人が感じる現象にも名前がついている。この状態を分析麻痺症候群と呼ぶ。
例えば経営企画室という部門があるとして(ほら、怪しい香りがするでしょう)緻密な分析はやればやるほどやった気になるという傾向があり、現場即応を無視すると、現場には経営企画室の立てた戦略アプローチ自体が受け入れられなくなり、現場の士気を却って下げてしまう。
おおよそ戦略論の歴史を見てみると、分析型アプローチと呼ばれる、計画から実行へ不可逆的(一方的)なアプローチが主であった。「一方的」と否定的に書いているのは、その風潮が後にプロセス型アプローチへとつながっていく限界が示されているからであるが、そうであるからと言って、プロセス型アプローチのみを重視すればいいのではない。あなたが社会人である以上、一般的に通用する戦略については熟知している必要があり、そのためにどのビジネス書籍(経営学の教科書等)を見ても、過去のアプローチが最初の方のページに書かれている。
企業は、金融機関から資金を、原材料の市場から原材料を、労働市場から労働者を調達し、企業を通じて製品市場へ送り出す。

これら企業活動を取り巻くものを外部環境と呼ぶが、外部環境の変化のみを追ってばかりいると、受動的な企業活動となる。能動的な企業活動をするにあたっては、企業理念・経営ビジョンと呼ばれる普遍的な概念を用いて活動する必要がある。
経営理念は経営者が決める。何を当たり前のことを言ってるんだコラ!と言われるであろうが、企業にとってあるべき姿は、経営者が第一に抽象的な概念を提示し、社員がそれを具現化することだ。
会社がなんのために存在するか。この命題に対して、社員やステークホルダーが即答できることは、経営者が明確な理念やビジョンを示している証拠である。WEBサイトに記載されているキャッチフレーズは?すぐに言えますか?
映画「ソーシャル・ネットワーク」を見ただろうか。全く企業に属したことのない大学生が、アイデアひとつでアメリカン・ドリームを叶えていく。しかし、そこに理念やビジョンはなかった。せめて、『進むべき方向は、「より便利に、より多くの人に」だ』というビジョンを掲げていれば、共同経営者達から多くの訴訟を起こされることにはならなかったかもしれない。
経営ビジョンは、企業のトップマネジメントが表明する、自社の望ましい未来像である。経営理念は起業時点、経営ビジョンは将来像と捉えておくと覚えやすい。
2000年以降、企業の開廃業率は高い。新しくベンチャー企業が生まれている一方で、毎年一定数の企業が廃業している。廃業の原因は色々あるが、資金を提供する金融機関側が考えている、支援先の課題・問題で最も多かった回答はなんであろうか。2011年の調査では「担当者の育成・教育が不十分」であった。ここには、経営者が示す理念・ビジョンが明確に社員に伝わっていないことも含まれる。理念・ビジョンを浸透させることがいかに重要か、よくわかる調査である。

新しい会社を訪問しようと思ったとき、あなたはきっとその会社のWEBサイトを見るはずだ。資本金はいくら、昨年度の売り上げがいくら、社員数等々。これからはその際に、経営理念・ビジョンなども見る習慣を身につけよう。物事の把握は大きな石から、だ。
ある企業の経営戦略を理解するには、経営理念とビジョンをしっかりと把握した上で、二番目にドメイン(事業領域)を理解する。
ドメインは広すぎても狭すぎてもいけない。適切な範囲で設定する必要がある。そしてドメインを追加したり変更したりするときは、組織の外部ステークホルダーとコンセンサス(合意)を取る必要がある。ドメインコンセンサスと呼ばれる。
外部環境の変化にしたがってドメインを変更する際には、取引先がびっくりしないように、説得力のある変更の調整をする必要があるということだ。
ドメインは物理的定義(モノ)と機能的定義(コト、ニーズ)に二分される。前者は事業活動の展開範囲を超える発想が浮かばないというデメリットがあり、後者は抽象的になりすぎるというデメリットがある。完璧な概念は存在しない(完璧という形容詞に、概念という抽象名詞が合うわけがない)。
ドメインを把握したら、次に企業の競争優位性を書き出す。とにかく書いてみる。フレームワークなんてものは存在しないものとして、自分で書く。あなたは社会人なのだから、現場業務に入る前に、担当した企業の競争優位性は十分に理解しておくべきだ。
企業独自の用語、例えば、NECでは営業管理システムをBEATと呼んでいるということは、過去に派遣されていた筆者は知っているが、そんなものを覚えるのは後回しだ。ノートに、またはPCに向かって、配属先の企業、またはお客様にあたる担当企業の競争優位性を10個書き出してみて欲しい。その競争優位性は、模倣困難性を持っているか、これが企業の強みそのものである。
例えば、代々木ゼミナールという大学入試予備校は、圧倒的な生徒数に基づく母集団から導出される統計に強みがある。これは、地域で1箇所だけ運営している個人経営の塾には真似できない。真似できないことを模倣困難性が高いという。一方で、東進ハイスクールが今どんな戦略をとっているか、ゆっくり考えてみよう。
以前にも述べたが、一個人が画期的なフレームワークを思いつくことというのはあまりない。1960年代以降、高度資本主義社会の成熟に伴って、戦略論は学者も企業人も、思いつく限り持説・自説を展開し、その中で社会に受け入れられたものが現在の経営戦略の基礎となっている。
偉人たちに学ぶ戦略論ーアンゾフ
経営戦略論のパイオニアと言えばアンゾフだ。アンゾフの成長ベクトルという言葉を聞いたことがあるだろうか。
また、チャンドラーが提唱した「組織は戦略に従う」に対して、アンゾフは「戦略は組織に従う」と提唱した。プロフェッショナルが提唱する理論を簡単に述べるのはおこがましいが、実は両者は同じことを言っている、ということだけ述べておく。自分で調査して、しっかり復習をしておくこと。
アンゾフは「製品=市場マトリックス」において、経営戦略の展開を4つの領域に分類した。

市場浸透戦略は、既存市場に既存製品・技術を投入する。例えばSES企業が、エンジニアの派遣・準委任等の市場に対して、ノウハウやスキルを持った人を送り込む戦略だ。この戦略で有用な手段としては、広告宣伝・価格など、マーケティングとなる。
新市場開拓戦略は、新規市場に既存製品・技術を投入する。例えば全く違う顧客(ITベンダー関連だけではなく製造業やアパレルなど)に、もしくは、大阪市場やアメリカ市場などに展開することで売上を向上させる。
新製品開発戦略は、既存の市場に新しい製品・技術を投入する。エンジニアの発展形として、市場に対して、「プロジェクトマネジメント用パッケージソフト」などを開発して展開する。人材ビジネスだとあまりピンとこないが、一般の物販をしている企業を思い浮かべれば理解しやすい。iPhoneがモデルチェンジをするのは、この新製品開発戦略である。
多角化戦略は新規市場に新製品を投入する。実はアンゾフが提唱した時点では、一般に無関連多角化と呼ばれる多角化を指している。シナジーを生む多角化戦略のことは、アンゾフは定義していない。無関連多角化は、規模の経済性も範囲の経済も適用できない。ネガティブなものばかり気にしても仕方がないので、このマトリックスにおいてはそうだと割りきってしまおう。
企業にとって真に有用なのは関連多角化である。シナジー(相乗)効果という言葉を聞いたことがあると思うが、既存の強みや競争優位性、模倣困難性を活かす方向での多角化は、収益性のアップには有用である。
また、このマトリックスにおいては、事業の衰退とともに、撤退する基準にもなり得る。無関連多角化は、真っ先に整理すべき事業であることは言うまでもない。
プロダクトポートフォリオマネジメント
PPM(プロダクトポートフォリオマネジメント)は、ボストンコンサルティンググループ(BCG)が開発したツールである。フレームワークでもツールでも呼び方はどうでもいいが、BCGがツールと言っているということは、「道具」として使われることを意識しているのだ。あなたは社会人として、使える道具は使おう。トンカチの代わりになるものはないか、カッターとハサミはどのように使い分けるのか、そういう意識と全く同じで、状況によってツールを使い分けよう。
PPMを活用するには、製品のライフサイクルをまず知っておく必要がある。
一般に、製品(プロダクト)ライフサイクル(略してPLC)と呼ばれるが、売上と利益の面に着目すると、導入期には利益はマイナス(これは研究開発投資や販売促進費がかかるからだ)、その後は売上と連動し、衰退期には売上が下がるものの、経験曲線効果や固定費効果によって利益はそれほど縮小しない(いずれにしても撤退時期ではある)。
経験曲線効果は、経済学の範囲の用語であるが、一般に、テレビや自動車を作るコストは、経験が長くなるに従って下がっていく。製造する人が習熟していくからである。よってグラフは右肩下がりの曲線になる。


PPMは事業バランスを視覚的に捉えるためのツールである。各領域に自社の研究開発ユニット(戦略的ビジネスユニットという:組織とは別)を当てはめて分析をする。
資金は、金のなる木から研究開発、花型、問題児へと分配する。研究開発された製品は、花型となり、金のなる木に循環する。問題児に資金をテコ入れすることで、花型に返り咲き(花だからね)させることができる。企業は、資金源となる「金のなる木」を複数持つべきであり、将来の資金源になる「花型」と将来花型になる「問題児」をバランスよく持つべきだ。
もちろん、デメリットもある。問題児プロジェクトを誰が好き好んでやるであろうか。研究開発したものは全て花型になるだろうか。ツールには限界があるので、使い方をきちんと知って、使えないツールは使わないことが肝要だ。知ったかぶりは身を滅ぼす。

5フォースモデル
ポーターは、特定の事業分野において、競争というものがどのように起きるのかを考えた。競争は当然他社とするものと考えがちであるが、実は調達することも含めて、競争は起こっている。
図自体は難易度の高いものではない。図についてはサラサラっと書けるのが望ましいが、調べてはいけないという縛りは通常の業務においてはないので(IPA:情報処理推進機構、情報処理技術者の上級試験では、5フォースモデルは頻出だ)、Webで検索しながら作ればよい。

概念を理解するには身近な例を当てはめるのが簡単だ。まず、真ん中の大きな楕円の中に、既存競合他社とある。競争状態が熾烈になれば、価格競争に陥ることになりがちだ。人材派遣企業に当てはめてみよう。SESや技術者派遣・準委任を含めて、人材ビジネスはすでに同業者が山ほどいる。どこも売りとしているものは人材そのものであり、規模も近い。11〜20人規模の中小企業が多いのではなかろうか。
この業界は、元々は(派遣ビジネスの元をたどれば)翻訳家などの派遣から始まり、製造業の派遣、引越し屋さんの派遣などが起源だ。そのうち、90年台後半のSAPショックと呼ばれる、ERPの導入の流れから、IT業界にもマネジメントクラスやコンサルタントクラスの派遣が増えてきた。当時SAPコンサルは300万円/月程度の価値があったものだが、現在は3分の1程度になっている。業界の成長は鈍化の一途をたどっており、これも価格競争を起こす理由となっている。逆に言えば、成長度合いが早い業種において、成長についていくノウハウを持っている企業が強いというわけだ。
SAPのコンサルで、現在は150万円/月も取れれば超優良な案件だが、下がっているということは、差別化のポイントがないということだ。
かつて日本の家電は、そのメーカー独自の差別化を図っていたが、近年の海外企業の参入、台湾のメモリやパソコン製造業などは、モジュールを組み合わせて製品化するため、製品において差別化は難しい。
パナソニックのテレビとソニーのテレビを選ぶのは、「ブランドを無視すれば」価格しかない。パナソニックだと日本テレビが映らなくて、ソニーはテレビ東京が乱れるけど、とりあえずソニーにしよう、なんてことはないのだから。
撤退障壁が大きいことも、価格競争に陥る原因である。固定費や設備を抱えている場合に、撤退しようと思っても、なかなか決断は難しい。よって、しぶしぶ継続するために「赤字よりはマシ」という考えが働いて、価格競争をするのだ。
新規参入企業の脅威は、参入障壁の低さが際立つ産業で起こりやすい。人材ビジネスはその最たるモデルであり、大規模な設備投資を行う必要もなく、固定費を抱えるかどうかは経営者の判断だ。現場常駐型であれば社屋もそんなに広くなくていい。このような参入障壁の低さは、新規参入企業が常に流入してくるため、競争が激化する。
代替品の脅威は、同程度の機能を持つ製品のことを代替品と呼び、Aを保有すればBはいらないということが脅威となる。子供ひとりの家庭を考えた場合に、勉強机も子供用ベッドも1つあれば充足される。固定電話も、親機は1つで十分だ。子供が4人いるから固定電話を4つ持っているという家庭はあまり見たことがない。携帯電話・スマホとは違う。代替品があれば、競争は激化する。
売り手の交渉力は、供給業者の持つ差別化による交渉を指す。特許を持っている薬であれば、それ以外に同等の成分の薬は手に入らない。手に入らないものは高値がつく。企業にとって、仕入の価格は競争の要因となる。そのために、大量に購入して値引きをしてもらったり、他に同様の効果を発生させるような組み合わせがないかを模索したりする。業界にとっては脅威になる。
買い手の交渉力は、顧客の購買に関する交渉力だ。今度は逆に、自社が差別化できない製品を売っているとしよう。付箋(ポストイット)を作っている企業があるとして、顧客が百均大手だとする。関東では百均の大手は大体2つの企業に絞られるので、片方と取引できれば御の字だ。買い手(バイヤー)はもちろん、超がつくほど強気で交渉してくる。差別化できない製品であれば結局交渉を飲まざるを得なくなる。買い手の交渉力は脅威なのだ。
ポーターは、「脅威だよね」と言ったのではない。競争は回避できる、そして競争優位を保つことができると説いた。そこにこそ、5フォースモデルの真髄がある。
競争を回避することはできるとポーターは説いている。競争回避の手段としては、参入障壁を高くすることであるとされる。
参入障壁を高くするのはそれほど難しくない。規模の経済性[3]を働かせれば、参入障壁が高くなる。規模の経済性の定義は、経済学の範囲になってしまうのであるが、企業規模や生産量が増えるとともに、平均費用が逓減していくこと、言い換えれば生産量が増えるとともに、1単位投入を増加した以上に収穫が逓増する(2倍投入したときに2倍以上の成果が生まれる)ことである。ちなみに、この1単位増加した際に、という考え方を、経済学ではマージナル(限界)と呼ぶ。
他にも、参入障壁を高くすることができる。製品の差別化、巨額の投資(研究開発や設備投資)、流通チャネルそのもの、独占状態、経験曲線、政府の政策などがそれにあたる。東京電力を分割自由化して業態を様々に作れば電気代は安くなるし、原発反対の人は火力発電会社へ料金を払うかもしれないが、政府は地域に一つの寡占状態の政策を取っており、どんなにお金のある企業であっても電力会社にはなれない。そして電力自由化の波が訪れ、電力を売買することは自由になった。そのために費やされた東電プロジェクトの炎上ぶりは業界でも注目された。すでに10年以上前の話だ。

競争優位戦略について、ポーターは4つの基本型をあげている。買い手にとって魅力的な独自性を打ち出すことが差別化戦略で、競争企業に対して、価格以外の点で競争優位性を築くことができる。差別化戦略は、製品そのもの(例えばiPhone)、製品サービス(ソフトバンクの割引)、認知度を高める(世田谷自然食品のグルコサミン)などがある。
コストリーダーシップは、日本語で言えば低コスト戦略である。ここで勘違いしてはいけないのは、低コストであって低価格ではないことだ。規模の経済性や経験曲線効果、VE提案などがこれに当たる。
集中戦略は市場を細かくセグメント化し、自社の能力にマッチしたセグメントに集中し、そこに対して差別化またはコストで競争優位を保とうとする戦略である。
もちろん、製品の差別化は模倣されれば同質化(コモディティ化)するリスクがあり、コストリーダーシップを模倣されると、最後には価格競争になってしまう。集中戦略も、当てが外れれば事業として立ち行かなくなる。
現場は飽いている
本章の冒頭で、分析型アプローチに辟易している向きがあることを述べた。計画を理論で立てて、数値分析で定めた経営戦略が、必ずしも現場に即していないということがあり、モラル低下を招いている。計画から実行が不可逆的であることが要因だと述べた。
理論の反対語を知っているだろうか。あなたは社会人だから、フレームワークよりも先に日本語を駆使しようと言った。日本語の逆の意味を知っていると現状分析に役立つ。例えば内容の反対は形式、抽象の反対は具体、一般の反対は特別、理論の反対は実践である[4]。
理論で決めた戦略を、実践して、実際に起ったことを反省し、次の戦略に繋げる。そう、よくあるPDCAサイクルだ。1970年代以降、分析型アプローチの限界に呼応し、プロセス型アプローチが発達してきた。ビジョンを明確にし、意図した戦略がうまくいったか、意図していない戦略がうまくいったということがないか。常に確認して組織的に学習して前に進むのである。
例えば、マーケティング戦略を打つ際に、意図できることはメディアを活用した宣伝効果がある。一方で、意図していない戦略としては口コミなどでの自社製品の差別化などがある。美味しいラーメン屋をどう見つけるか、行列があると美味しいと思うだろう。行列は意図してできるものではない。では行列ができるようにするにはどうしたらいいかを考える。それを創発戦略と呼ぶ。
戦略論は書店に行けば平積みでたくさん並んでいる。役に立ちそうなものを発見したとき、理論を学び、実践してみて、学習する。このサイクルを繰り返して、お客様にとって本当に価値のある社会人になろう。戦略を立てることができる社会人になったとき、人はあなたのことを戦略家(ストラテジスト)と呼んでくれる。
※本note記事は、これまでに公開してきた記事をもとに、構成を見直し再編集したものです。
👉第三章 「売る」は、言葉で設計できる
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プロジェクトマネジメントは、言葉でできている
