誰かと意見が対立するからといって、その相手を敵と考えてしまうのはもったいないのではないと思う。
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こんにちは、旅人先生Xです。
今日は、「意見の違いとの向き合い方」について、考えたことを書いていきたいと思います。
ぜひ、目を通していってみてください。
目次は、以下の通りです。
意見の対立する相手=敵?
意見の対立する相手は、自分にとって、敵なのでしょうか。
私はそうではないと思います。
例えば、仕事場で何かの議論をしていたとしましょう。
その際に、意見の対立があったと想定します。
議論では、目的に対して、それを達成するための意見を出し合っていると思います。
目的を達成するための意見はある意味で手段ともいえるかもしれません。
そう考えてみると手段のどれを取るかが対立しているだけで、目指している目的は同じはずです。
ということは、意見が対立しているとしても、その相手は「敵」ではないと言えるのではないでしょうか。
意見の対立があったとしても、大きな目的は同じことが多いのではないか。
先ほど書いたように、意見の対立があったとしても、相手が「敵ではない」という場合は多いように思います。
特に、同じ組織やチームの中で話をする時にはほとんどがそのケースではないかと私は感じています。
しかし、しかしです。
意見(手段)が対立している相手を「敵」のように感じてしまうということが実際にはあるのではないでしょうか。
これは、「議論は議論」と割り切れないと発生する問題だと思います。
議論とは言え、感情も入ってしまうことがあるため、難しいですよね。
難しいが故に、こうしたことは起きがちなのだと思います。
ただ、個人的には、
議論している目的を意識する。
議論している相手は「敵ではない」という認識を忘れない
という2点を気を付ければ、話し合うことで意見の対立があった時の「こやつは敵ぃぃぃぃぃ!!!」という認識はかなり減らせるのではないかと考えています。
わざわざ敵を増やすのではなく、味方を増やす方が目的に辿り着きやすくなる
考え方、見方を変えるだけで、「敵と認識する」、「味方と認識する」の違いが生まれることが先ほどまでのことから分かります。
何かの目的を果たすためにチームや組織があったり、議論があったりするはずです。
そして、ほとんどの場合、味方が多い方が目的に辿り着ける確率は上がりますよね。
だとしたら、自分からあえて、敵を増やす考え方をするのではなく、味方を増やす考え方をした方が良いのではないかと私は感じます。
ほんの少し考えるだけで、気持ちにも結果にも変化が生まれることだと思います。
「意見が対立していても、その相手は敵ではない。」
とてもシンプルですが、忘れない方が良いことではないでしょうか。
私自身、気を付けて日々の生活を送っていきたいと思います。
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