第17章 あなたなら、この誤記に気づけただろうか
――署名のまわりにあった条件――
この場面を、あなたは“普通の契約”だと思うだろうか。
誤記は、単体では弱い。法廷では、それは「単なる記載ミス」と呼ばれる。だが、この誤記は単体では存在していなかった。
だから私は、誤記そのものを主張の中心に置くことを避けた。代わりに、誤記が生まれ、訂正されないまま成立している「手続のあり方」そのものを、事実として組み立て直すことにした。私にとっての準備は、その作業から始まった。
父が亡くなった翌年の6月初旬、母は弟の代理人弁護士の事務所で、弟に対し自らの相続分を譲渡する内容の相続分譲渡契約書に、署名し押印したとされている。
その契約書には、作成段階で母の氏名について誤った漢字が選択され、誤記のまま印字されていた。しかも、同一内容の契約書が二通作成され、いずれにも同じ誤記が残ったまま、訂正されることなく署名・押印されていた。
母は二通とも、その誤りに気付かないまま署名していた。
母は免許を返納しており、その日の移動は弟の同行によって行われていた。また、その日は受診日でもあり、採血検査では、炎症反応の上昇や白血球数の増加、腎機能の低下、電解質異常、低栄養状態など、全身状態の悪化を示す数値が出ていた。
この事実を見たとき、私の中に先に立ったのは怒りではなかった。「これは、普通ではない」。そういう静かな違和感が残った。
弁護士に相談すると、返ってきた答えは冷静だった。
「これだけで無効とするのは難しい」
法技術として正しい判断だと、私にも理解できた。けれど、違和感は消えなかった。私が引っかかっていたのは誤記そのものより、誤記が二通とも見過ごされ、訂正もなく成立しているという状況だった。
私は、母が細かな文字を追うことが難しくなっていることを知っていた。だから手続のたびに、書面を読み上げるだけでは足りないと考えていた。保険の証券番号や、口座の名義、期限の日付を、生活の言葉に置き換えて説明した。それは五十を超える手続の間、ずっと続けていたことだった。
読み合わせは、どのように行われたのか。本人は、どこまで確認できていたのか。その場には、問いが残っていた。
ただ、推測のまま法廷に持ち込むことはできない。だから私は、評価を外し、条件だけを残す形で出来事を組み直した。
母の視力の状態。
契約書が二通作成され、訂正がないこと。
その日の体調。
移動の条件。
家族内で共有されていた情報の偏り。
署名・押印が行われる場における確認の手続が、どの程度確保されていたのか。
それらを断片として並べるのではなく、一つの問いの下に置き直した。
「なぜ二通とも誤記が見過ごされたのか」
すると誤記は、単なるミスではなく、周囲の条件と切り離せない事実として見えるようになった。私は誤記を主張にせず、状況を示す事実として裁判官に提示することができた。
生活は、そのままでは残らない。書式に移されたとき、はじめて別の言葉として立ち上がる。だから私は、その立ち上がり方を誤らないように準備した。
誤記は、単体では弱い。けれど、それが生まれ、訂正されず、成立していく過程を条件として置き直したとき、それは、出来事の中に確かに存在していた状況を示す事実として残る。私が残したかったのは結論ではない。成立の周囲に重なっていた条件である。その条件の中に、確かに存在していた現実があった。
私は、責めたいのではない。
形式としての手続は整っていた。だが、そのとき、何がどのように確認されていたのか。形式と実質は、同じものとして扱ってよいのか。私は、その場面を、時間の中に置き直そうとしただけである。
だが、その場面だけを切り出して確かめることは、すでにできなくなっていた。だから私は、残された条件からしか、その現実に触れることができない。
では、その現実は、どのような言葉で呼ばれることになるのか。
そしてその頃、私は生活の中からも、その現実を確かめることができなくなっていた。
🌸この記事は連載
『それでも、家族と暮らしたかった』の一章です。
家族の生活が、ある日
「証拠」と呼ばれるものへ変わっていく。
その過程を、順番のまま記録しています。
📖 続きを読む
📘 はじめての方へ(全体像)
🕊 プロローグから読む
▶ ホワイトナイトはいなかった
(なぜ生活は「証拠」に変わったのか)
📚 まとめて読む(順番で追う)
生活の流れをそのまま辿りたい方へ
▶ 連載マガジンはこちら
🧭 意味から読む(コラム)
出来事の意味や構造から理解したい方へ
▶ コラム一覧はこちら
