見出し画像

第19章 なぜ、見えなくなっていたのか

――遮断が作られていった順番――


見えなくなった理由は、そのときには分からなかった。ただ、見えなくなっていた。

後になって知ったのは、それが突然始まったものではなかったということだった。私が気づくより前に、すでに始まっていた。

母が入院してから、私はようやく、落ち着いて話す時間を持つことができた。そのとき初めて、私は鍵とミラーフィルムについて尋ねた。

母は話した。理由を告げられないまま、施工が行われたのだと。

それまで私は、それらを防犯のための対応だと思っていた。父が亡くなり、母が一人で暮らしていたからである。ただ、鍵まで変える必要があったのかという違和感だけは、どこかに残っていた。だがその違和感は、意味を持たないまま、そのまま置かれていた。

母自身も、理由は知らされていなかった。その内容は、後に母の友人からも、同じ形で語られることになる。

そのとき私は初めて、「見えなくなった」と感じていた状態が、その時点で初めて始まったものではなかったのだと知った。

私が気づくより前に、すでに始まっていたものだった。

さらに、証人尋問では、これらの施工について、一定の説明がなされた。そこでは、母が私を恐れていたという説明が前提とされていた。具体的な根拠として、特定の曜日と、時間帯が挙げられた。

「朝6時頃」

私がその時間に実家付近で母に接触し、母を脅していたという説明だった。

だが、私の生活は、次のような順番で進んでいた。

午前6時30分。
私は目覚ましで起きる。

午前7時30分頃。
自宅と実家のゴミをまとめ、集積場所へ運ぶ。

その短い時間に、玄関先で母と言葉を交わすこともあった。

「朝6時頃」と、「午前7時30分頃」。それらは、同じ“朝”の中に置かれていた。だが、時間の上では、同じ位置に並べることのできないものだった。

そして、弟は、それよりも早い時間に出勤する生活だった。

私が実家の前に立つ頃、弟はすでに、そこにはいなかった。

それぞれ単独では、決定的な意味を持つ話ではない。だが、時間の中で並べたとき、輪郭は変わる。

法廷では、出来事は切り分けられ、個別に整理されていく。それは、判断のためには必要な手続でもある。

だが、生活の中で起きていたことは、本来、分離された形では存在していなかった。時間は連続していた。出来事は、重なりながら進んでいた。

鍵が変わった。
フィルムが貼られた。
窓越しの確認ができなくなった。

その流れの中で、後に相続に関わる出来事も、私の見えない場所で進んでいった。

見えなくなっていたのは、単なる室内の様子ではなかった。その日その日の状態を、連続したものとして確かめる手段そのものが、失われていた。

私は後になって初めて理解した。

「見えなくなった」のではなかった。見えなくなる順番の中に、私はすでに置かれていたのだった。





🌸この記事は連載
『それでも、家族と暮らしたかった』の一章です。

家族の生活が、ある日
「証拠」と呼ばれるものへ変わっていく。
その過程を、順番のまま記録しています。


📖 続きを読む


📘 はじめての方へ(全体像)


🕊 プロローグから読む

▶ ホワイトナイトはいなかった
(なぜ生活は「証拠」に変わったのか)


📚 まとめて読む(順番で追う)

生活の流れをそのまま辿りたい方へ
▶ 連載マガジンはこちら


🧭 意味から読む(コラム)

出来事の意味や構造から理解したい方へ
▶ コラム一覧はこちら



いいなと思ったら応援しよう!