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中島みゆき「糸」が教えてくれた——あの出会いがなければ、今の自分も、今の人もいなかった

人との出会いに、最初から意味はあるのでしょうか。

糸の中で、
「逢うべき糸に出会えることを、人は仕合わせと呼びます」とあります。

そう聞くと、すべての出会いが最初から決まっていた「運命」のようにも思えます。

でも、自分は少し違うと思っています。

出会いに意味があるのではなく、
あとから意味になるのだと思います。

そして振り返ったときに、こう思います。

あの出会いがなければ、今の自分も、今の人もいなかった、と。



高校時代、3年間担任だった先生がいます。
部活の顧問でもあって、地元も同じ。
今でも地元の祭りの時期になると顔を合わせて、少し話すような関係が続いています。

当時の自分にとって、その先生は正直「嫌な存在」でした。
どちらかといえば、先生というより「厳しい上司」みたいな感覚だったと思います。

口癖は、「凡事徹底」。
当たり前のことを、当たり前にやれ。

何度も聞かされていたその言葉に、正直うんざりしていました。
もっと楽に、手を抜けばいいのに、と。

でも、社会に出てから気づきました。
ああいう人は、どこにでもいます。

そして同時にこう思いました。
もしかすると、先生はそれを分かった上で、あえてあの役を演じていたのかもしれない、と。

結婚式のとき、その先生に祝辞をお願いしました。そのときにもらった言葉が、「百折不撓」。

何度折れても、何度でも立ち上がる。

あの頃は響かなかった言葉たちが、
時間をかけて、少しずつ自分の中に残り始めています。

そして社会に出て、自分の教育担当だった先輩に出会いました。

仕事ができて、要領もいい。
正直「器用な人やな」と思っていました。

ただ、少し変わった人でもありました。
口ベタで、話し出すと理屈っぽくて、気づけば全然違う話に飛んでいる。
ついていくのが大変なときもありました。

でも今思えば、ああいう人だったからこそ学べたことが多かったと思います。

仕事の進め方はもちろん、
社会人としての振る舞いや礼儀。
結婚式で親にどんな手紙を書くかまで、相談に乗ってもらいました。

そんな先輩に言われた言葉で、今でも残っているものがあります。

「自分をミジンコやと思ってみ。そうしたら、世界はもっと広く見えるで」

最初は正直、極端やなと思いました。
でも、その言葉はずっと頭に残り続けました。

自分を大きく見ているときほど、視野は狭くなる。逆に、自分を小さく捉えたとき、見えるものは一気に広がる。

この2つの言葉が、あとから自分の中で繋がることになります。

でも、そのときの自分はまだ、ちゃんと理解できていませんでした。



初めて本気で好きになった人がいました。

自分より7つ年上で、包み込むような人でした。
人生経験も豊富で、当時の自分はひたすら甘えていたと思います。

休みのたびに会いに行って、
その時間が当たり前みたいになっていました。

でも、その関係は続きませんでした。

あるとき、自分は踏み込みすぎました。
相手を思って言ったつもりの言葉で、傷つけてしまいました。

今なら分かります。
原因ははっきりしていて、自分の未熟さでした。

相手を想う気持ちがあっても、
言っていいことと悪いことの区別がついていませんでした。

分かっているつもりで、全然分かっていませんでした。

どこかで自分を大きく見ていたんだと思います。

あのときは正直しんどかったです。

でも同時に、自分の未熟さと向き合うきっかけにもなりました。


そしてそのあとに出会ったのが、今の妻でした。

正直に言うと、きっかけは綺麗なものではありませんでした。
前の別れを引きずって、少し投げやりになってた時期でした。

そんな状態だった自分にとって、その出会いは思ってた以上に大きいものでした。


最初に思ったのは、
「なんでこんなに優しいんやろ」ってことでした。

とにかく気配りがすごい。
一緒にいると、変に気を張らなくていい。

当時の自分はちょっと壊れてたと思います。
だからこそ、この人といたらちゃんと生き直せる気がしました。

初めて、「もっと中身を知りたい」と思えた人でした。

そしてその感覚は、間違っていませんでした。

結婚してすぐくらいの頃、自分は体調を崩しました。精神的にもかなりきつい状態でした。

そのとき、妻は何も言わずに支え続けてくれました。

特別なことをするわけじゃない。
でも、必要なことをちゃんとやる。
こっちの状態を見て、当たり前みたいに動いてくれる。

ああ、この人すごいなって思いました。

同時に、少し恥ずかしくもなりました。

自分はちゃんとできてたやろうか。
当たり前のことを、当たり前にやれてたやろうか。

あのときの自分にはできなかったことを、
目の前で当たり前のようにやる人がいた。

だからこそ、気づけたことがあります。

あのとき先生に言われた「凡事徹底」。
先輩に言われた「ミジンコみたいに自分を小さく見ろ」。

バラバラだった言葉が、
このとき初めてちゃんと繋がった気がしました。

振り返ると、どの出会いも最初から意味があったわけじゃないと思います。

でも、その出会いをどう受け取って、どう生かすかで、あとから意味は形になっていく。
そしてその意味は、また次の出会いへと繋がっていく。

糸で歌われている「仕合わせ」とは、
きっとそういうものなんだと思います。

だから今、こう思います。

あの出会いがなければ、今の自分も、今の人もいなかった。



中島みゆきさんの糸👇



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