見出し画像

日本人らしく生きる美学〜身の程を知るという強さ


※これはnoteを書き始めた当初に書いたものです。今読むと拙い部分もありますが、自分の原点として、そのまま残しています。


これは「日本人らしく生きる美学」第1章です。

初めに...

これは成功論でも、自己啓発でもない。
1度立ち止まった人間が、「どう生きるのがちょうどいいか」を考えた記録です。

最後まで読んでくださるとありがたいです🙇

皆さんは貧乏人身の程を知る、と聞くとどのような意味を想像しますか??

貧乏人身の程を知る、表面的には厳しい言葉に聞こえるかもしれません。
ですが、見方を変えれば「自分の立ち位置や状況を冷静に見つめて、身の丈に合った生き方をすることの大切さ」っていうある種の生き方の知恵のようなものでもあると思います。

だからといってそれが「ただ、諦めろ」って意味でも無くて...

むしろ

「無理な見栄や背伸びで苦しまず、
自分の現実から、どう動いていくかを考えよう」

っていう、生きるための戦略にもなります。


一方で、社会の構造的な問題で貧しさを強いられてる人に向けて使われると、すごく冷たくて危うい言葉にもなりうる。
だからこそ、この言葉を「自分に向ける戒め」として使うか、「他人を見下すため」に使うかで、全然意味が変わると思います。


次の言葉は、今の自分が大切にしている感覚そのものです。


「俺みたいなもんはありんこ、ミジンコ、世界でめちゃくちゃ小さい存在だけど、そう捉えると世界が広くて大きくて、美しく見える」

この言葉は「身の程を知ることで世界が広がる」という意味だと、今は思っています。

実は僕は2年前、コロナにかかったことをきっかけに体調を崩し、その後、会社でパニックを起こしてしまい、結果的に1年ほど会社を休むことになりました。

会社でパニックになった際に会社の先輩から言われた言葉がこの言葉だったのです。

当時はあまり意味も分からず、
そのまま体調不良になり、会社を休むことになりました。

でも今なら、あの言葉の意味が少しだけ分かる気がしています。

「身の程を知る」というのは謙虚さからくるもの

ありんこ、ミジンコっていうちっぽけな存在だけど、それに悲観するのではなく、

「だからこそ世界に敬意を払える」

「だからこそ何かを得た時の感動が深くなる」

という

僕なりの「生き方の美学」

だと思っています。

スケールの大きな宇宙の中で、自分の存在がいかに小さくても、その「小ささ」を自覚できるからこそ、
小さな幸せや、
小さな進歩にも意味を見出せるようになる。

ある時ふと、この言葉の重みに気づいた瞬間、自分の視界がパッと開けた気がしました。


この考え方は実は日常のほとんど全てに繋がると思っています。
投資、ギャンブル、仕事。
どんな分野でも、
歳がいくつになっても謙虚に学ぶ姿勢を続ける事が若さも保つ秘訣だと思っています。

投資は身の程を知った投資

ギャンブルは身の程を知ったギャンブル

仕事は自分の身の程を知った働き方
(自分の動ける範囲を理解した働き方)

自分の身の程を知るというのは「身の程を知っているからこそ成長をやめない」
という事に繋がると思います。


最後に...

自分の身の程を知って行動していく事は頭で分かっていても簡単なことではありません。

ですが、日本人が日本人らしく成功した例として、野球でいえば、大谷翔平選手、イチロー選手など、多くの方が日本人らしく、謙虚に、おごらず、努力を続けた結果、大成されたのではないでしょうか🇯🇵

僕は日本人である事を誇りに思い、
ミジンコはミジンコらしく、
これからも努力を続けていきたいと思います
🌱


最後まで読んで頂き、ありがとうございました
🙏


2章はこちら👇


3章はこちら👇

4章はこちら👇


最終章はこちら👇

#創作大賞2026
 #エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!