日本人らしく生きる美学〜2章〜気づける人だけが見える世界
「日本人らしく生きる」という言葉は、
どこか美しく聞こえます。
けれどその多くは、後から整えられた理想や、
どこかで聞いた価値観の重なりかもしれません。
本質は、もっと静かで、日常の中にあります。
日本人らしさというのは、何か特別なことをすることではありません。
むしろ逆で、
「当たり前」とされていることの中に、どれだけ意味を見出せるかです。
四季の移り変わりに心を動かすこと。
人の間合いを感じ取り、言葉にしなくても察すること。
目立たずとも、誰かのために手を差し伸べること。
そういう一つ一つは、派手ではありません。
でも、その積み重ねにこそ、日本人らしさは宿ります。
ただ、それに気づけるかどうかは別の話です。
同じ景色を見ていても、何も感じないまま、通り過ぎることもあれば、そこに意味や温かさを見出すこともあります。
その違いは才能ではありません。
どれだけ「心に余裕」を持って生きているかにあるのだと思います。
心に余裕があると、
これまで見えていなかったものが、少しずつ見えるようになります。
そしてそのとき、
感謝は「しようとしてするもの」ではなく、
自然と心に浮かんでくるものになります。
逆に、余裕がないと、
本来ありがたいはずのことにも気づけず、
気づかないまま過ぎていってしまうこともあります。
忙しさや効率を優先する日々の中では、
本来感じ取れるはずのものを、見落としてしまいがちです。
それでも、少し立ち止まるだけで、見える景色は変わってきます。
自分もまだまだですが、ここ最近、ようやく周りにある優しさに気づけるようになりました。
例えば、病院での何気ない工夫です。
病院のタイルの色が、ひと目で分かるように男性は青、女性はピンクに分けられていること。
迷わないように、直感的に理解できるように設計されています。
それはただのデザインではなく、
「誰かが困らないように」という配慮でした。
先生のデスク横にあるカレンダーも同じです。
出勤予定が細かくマグネットで示されていて、誰が見ても分かるように整えられていました。
それは、自分のためというより、
患者や周りの人が困らないように、不安にならないように、用意されたものでした。
それまでは、ただの当たり前の設備としか思っていませんでした。
でも、それは違いました。
そうした1つ1つには、「人を思いやる」という意思がありました。
そう気づいたとき、
「感謝しよう」と思ったわけではありません。
ただ、自然と湧いてきました。
そうした一つ一つは、決して大きなことではありません。
でも、それが「見えない優しさ」だったと気づいたとき、
それまで自分が、どれだけ多くのものを見過ごしてきたのかにも気づかされました。
当たり前だと思っていたものの中に、
誰かの配慮や意思が積み重なっていました。
それに気づいたことで、
ようやく世界の見え方が少し変わった気がします。
そうした優しさに気づけるようになると、
自分が誰かのために何かをするときも、
ほんの少し、優しさのかたちが変わる気がします。
それこそが、「気づける人だけが見える世界」
特別なことではなく、
ほんの少し立ち止まること。
それだけで、今まで見えていなかったものが見えてくる。
そしてその世界は、どこか遠くにあるものではなく、いつも、自分のすぐそばにあります。
1章はこちら👇
3章はこちら👇
4章はこちら👇
最終章はこちら👇
