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【紀行文】隠された諏訪の神 北口本宮冨士浅間神社を訪れた

 危険な暑さの続くお盆の間、私は山梨に向かう道中にいた。当初は名古屋に出かける予定であったが、南海トラフ地震の事やあまりの暑さに遠出するのも億劫になってしまい、近場の山梨に再び足を向けた。
 今回の目的は山梨県立考古館の企画展「呪いの世界」と南アルプスの文化財見学である。しかし、それだけでは時間が余りそうだったので、まずは前回行けなかった富士吉田の北口本宮冨士浅間神社(以下北口神社)に参拝をしてから、御坂道を越えて山梨に向かう計画とした。

東海自然歩道の途上でもある いつかゆっくり歩いてみたいものだ


 北口神社は富士吉田側の富士山信仰の中心地であり、近くには御師の館もある。北口神社の境内はあまり広くはないが、巨大な木製鳥居のあたりでは、多くの外国人観光客が記念写真を撮っており、参拝者が多数見られた。

この大鳥居は、木製鳥居としては日本最大(級)ということだ。

 境内入口付近に参道を横切るように流れる水路があり、そこで思い思いに水に触れている参拝客がいた。浅間神社に清流があるのはすがすがしかった。

美しい清流が流れている。禊のための川のようだ

 鳥居をくぐったその先には随神門がある。この随神門も非常に装飾が賑やかで豪壮、三峯神社に感じたような一種道教的な雰囲気を感じた。

朱塗りの随神門 豪壮で派手な雰囲気 
露出があっていないが、狛犬 こちらは普通だ

 門をくぐり境内を見渡すと、三峯神社と同じく拝殿・本殿の両脇に巨大な御神木があった。御神木は太く荒々しく、三峯神社で感じたような、すっくとまっすぐに立つ清々しさは感じられず、なぜか自然の荒々しさを感じた。この神社に祀られている神の魂は、荒魂か奇魂かもしれないと思った。

太く荒々しい太郎杉
こちらは夫婦杉

 その先の拝殿と本殿に向かう。拝殿の入口には、しめ縄がまっすぐに貼られており、その上の装飾と相まって、獅子の口に飛び込むような形になっている。おそらくこれはそのような効果を狙ったものであろう。

獅子の口、もしくは鬼の口に飛び込むようだ
多くの富士講関係と思われる額が飾られている 奥に見えるのが巨大な天狗(猿)の仮面

 賽銭箱の直上には大きな天狗面が2つ飾られ、1つは明らかに猿の顔、1つは天狗の顔であった。やはりここには修験道の影響も色濃く残っているようだ。
 天井には、多くの富士講組織が奉じた額が飾られていた。このあたりで盛んだった富士講による歴史や独特の民俗文化を感じさせる。この北口神社は、先日訪れた三峰神社と同じく景行天皇つまりヤマトタケルの時代の創建であるとあった。何かつながりを感じる。
 またこの時は行かなかったが、本来もう少し北側にこの発祥となった丘があるようで、そこを大塚と言うらしい。

富士吉田側の富士山登山口の起点となっているらしい 大塚丘というこの浅間神社の旧社地はこの先500メートルほどのところにあるらしい

 私は御朱印も近年集めているので受付所に行くと、ここでは三種類の御朱印がいただけるようだった。北口本宮冨士浅間神社の印、そして諏訪神社の印、そして大塚丘の印とあった。
 境内には諏訪神社があるようで、私は当初、北口神社創建後、諏訪大社から勧請されたものだと思っていた。
 旅から戻り、この諏訪神社が気になったので調べてみると、なんと元来は諏訪神社が地主神であったということが分かった。
 後から勧請した浅間神社が、地元の富士講の高まりの中で主になっていったという、まさに庇を貸して母屋を取られるという出来事が歴史の中で起きていたようだ。
 となると、伝承のある大塚丘にてヤマトタケルが富士を遥拝したというのも少し疑わしくあるが、そのような伝承が富士講のころにどこからか掘り出されたか、もしくは創作付加され、いまの北口本宮冨士浅間神社の姿に変わっていったのかもしれない。
 奇祭としてしられる富士吉田の火祭りももとは諏訪神社の祭礼であったということで、荒々しい雰囲気をこの神社に感じたのも、そのような原始の神々の雰囲気が残るためかもしれない。

 吉田の火祭りのページを見ると、諏訪神社から神事が始まり、諏訪神社奉遷(ほうせん)を願う本殿祭、そして御動座祭(ごどうさい)が営まれるとある。
 これはまさに、諏訪信仰が大本にあり、そのあとに富士山信仰の富士講が仮の衣をまとっているのだと思った。
 現在は、諏訪神社、北口神社双方のお祭りとして、盛大に執り行われているとのことである。

 こちらを見ると、諏訪湖に向かう神が、追っ手に追われていたとき、住民の松明が、追っ手にとって神への援軍と見えて、退却した。そのため、神が一時的に立ち寄ったのが、この富士吉田の諏訪神社であるという。本来諏訪信仰の歴史を支える重要な諏訪神社だったのだ。
 北口神社を訪れた際に感じた違和感、そして荒々しさは、このような歴史的経緯、そしてある意味縄文と弥生の神々の混交がもたらすカオスによるものだったのかもしれない。
 この北口本宮浅間神社、いろいろと謎がありそうで面白い。今度いろいろ調べてから再訪したいと思う。

次の目的地は、山梨県の宝石についての資料館と山梨県立博物館だ。


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