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月の考古学に魅せられて~井戸尻考古館の縄文図像学【紀行文】

 静岡県東部から中央高速道路経由で諏訪に向かう途中、富士見町にある井戸尻考古館に立ち寄った。
 ここは中部高地の特に井戸尻遺跡や藤内遺跡から出土した縄文土器を展示しており、いつ来ても素晴らしい遺物に胸が高鳴る。


私の好きな場所 井戸尻考古館

 ここは、中部高地ならではの豊かな山々の自然に恵まれた景色を堪能できる、私のお気に入りの場所でもある。

この日空は少し曇っていたが、遠くに富士山をくっきりとみることができた

 この日「八ヶ岳NEO縄文祭」が井戸尻遺跡内の遺跡公園広場で開催されていた。縄文風の衣装に身を包んだ多くの人々がマーケットや音楽ライブ、ダンスなどを楽しんでいた。
 そのような集まりに偶然行き合ったことに何か導きを感じ、私もそこに参加してみたいと思ったが、事前予約の必要な有料イベントであり、私は遠くでしばらく眺めた後、井戸尻考古館に入った。

八ヶ岳NEO縄文祭の様子

縄文図像学との出会いと魅力

 井戸尻考古館は発掘された遺物の展示だけではなく、縄文中期の特徴的な渦巻模様について「縄文図像学」すなわち、その図像の意味するところの研究を重ねている。

井戸尻遺跡からの豊富な土器群を編年で分類

 私が縄文にはまったきっかけを作った遺跡・考古館であり、この縄文土器に描かれた図像の意味を探求するのは、とても楽しい。誤解を恐れずに言えば、正解がない学問であり、ある程度自由に発想することが許されていると思っている。
 私の見方は、厳密に学問的・科学的ではないかもしれないが、ある程度の根拠を持ち、あまりスピリチュアルなメッセージにならない程度に、比較検証などを楽しみながら、自論を語っていきたい。

蛇を戴く土偶 この頭部には穴が開いており、鳥の羽を差し込んで、飾り立てたのではないかという想像がある
同じく有孔鍔付土器にも、写真のように羽を飾ったのではないかという説がある

 今回の諏訪旅行、そしてその翌週に行った東北の縄文を辿る旅のなかで、土偶に開けられた無数の穴と「鳥」の関係について、いろいろな着想が浮かんだ。この発想の原点は、この井戸尻考古館の展示にある。
 こちらの話は、追々書いていきたい。

井戸尻考古館の「月の考古学」

 さて、改めて縄文土器に記されているカエル文について考えてみた。
 私は長距離ドライブの時は、youtubeのお気に入りチャンネルをラジオ代わりにしているが、今回聞いていたのがこちら「井戸尻応援団」。

 元館長の解説によれば、カエルは月に見立てられるという。
 そしてそのカエルは、背中にイボをもつヒキガエル(=蟾蜍)であるという。この説話について説明すると長くなるので割愛するが、現代人と比べて目が良かった古代人。月のクレーターがカエルのイボの見えたとしても不思議ではない。

 そして、月は満ち欠けを繰り返すが、古代の人にとって、月が何か生き物に食われて欠けていくというように見えたのだという。
 食われて死んでしまうが、新月の後に再生(生まれ変わり)し、復活していく—―月は、死と再生の象徴であったわけだ。

井戸尻考古館では、解説パネルをじっくり読むと面白い
他にも三日月に関する面白い分析もある

 それを人間のライフサイクルと重ねたのが、再生的「月の世界観」であり、井戸尻考古館では、この研究を「月神話の考古学」と呼んでいる。
 誠に的を射たネーミングであり、純粋にかっこいい。

井戸尻考古館/半人半蛙文有孔鍔付樽
出典:https://userweb.alles.or.jp/fujimi/idojiri/ido005.html

 こちらは、写真不可だったので、井戸尻考古館のHPから引用。
 蛙人間が張り付いた有孔鍔付土器で、おそらく色鮮やかな鳥の羽で飾られていたのではないか、そして入っていたのは、お酒だったのではないかと私は思っている。
 鳥の霊力、月の再生のエネルギーを蓄えた酒が、祭祀に参加した人々にふるまわれたのではないだろうか。

こちらもカエル・・・かな

時代背景と文様の伝播に関する考察

 印象的な文様がある土器の大半は、5500年から4000年ほど前の縄文時代中期のもの。興味深いことに、類似する文様は中国の仰韶文化(約7000〜5000年前)の彩陶土器にも見ることができるらしい。
 仰韶文化の陶器では、カエルやヘビと思われる図や様々な渦巻き文様が描かれている。
 井戸尻考古館に並ぶの縄文土器の文様との共通性に注目したい。

黄河上流域の彩陶壺の半人半蛙紋

 さらに重要なのは、馬王堆帛画(前漢初期、紀元前2世紀)に描かれた蟾蜍の存在。この帛画では、満ち欠けする月を象徴する蟾蜍が月の暗い部分に棲むように描かれており、月の満ち欠けの作用をカエルの存在で示唆していると言われている。
 蟾蜍は陰月の象徴として、月の陰の性質を表現しているようだ。
 また、漢代の『説文解字』においても、カエルに関する字義の解説が記されており、古代中国においてカエルが持つ象徴的意味が記された字典の内容が、帛画として発見されたことで裏付けられたというのが重要だ。

井戸尻考古館に展示してあった蛙と半人半蛙の図像の解説資料

 これらの事実から、再生や月の満ち欠けを象徴する文様が、古代において確かに存在し、そして時代と地域を超えて共通のモチーフとして存在していたことが確認できる。

ヘビともカエルと判別できない第三のキメラ的存在としての「みつち(みずち)」は、水の霊(ち)として信仰されてきたようだ

 これらの紋様や思想については、だいぶ時代の隔たりがあり、その前後関係が判然としない。
 これらの文様が、この中部高地で発生し大陸に伝播したのか、大陸から輸入されたのか――そこは、想像としての楽しみがあるところである。

石棒の新たな解釈

 この時代の特徴として、石棒と石皿が挙げられる。数多く作られた石棒については、その形状から男根や生殖などの意味合いとされてきた。
 しかし、その異常に長い形状や破壊されている状況を見ると、他に意味があったのではないかと私は考えている。

今回企画展特集で石棒の展示もあった

 石棒が深く埋められているという点から、大地に対して何らかの影響を及ぼすものであったのではないか。

 私の思い付きではあるが、天に向かい、そして大地の中に突き刺す石棒は、天より雷を通じて、稲妻を通じて、その霊力を大地に流し込む装置であった。
 そして石棒の周りに配置された丸石は、男根と女性器の結合を表し、大地の中に流し込むことによって豊穣を願う、呪術的な意味を持っていたのではないかと思った。

これからも訪れたい井戸尻考古館

 この井戸尻遺跡での縄文図像学に関しては、多くの書籍を今回購入してきた。これら書籍から考えたことをまとめ、改めて私なりの縄文図像学として体系化してみたいと思う。
 そういえば、こちらの井戸尻考古館は、近々建て替えがされるとのこと。

2029年度の新館オープンを目指しているということで、実に楽しみだ。

おまけ:その他の井戸尻考古館の展示品

太陽と月
整然と並べられた中期縄文時代の土器
私が考古館内でトップクラスにカッコいいと思っている土器
見どころを分かりやすく解説してくれているのも特徴
一度、つきっきりで学芸員さんに解説していただきたいなあ・・・

これまでの井戸尻考古館のnote記事はこちら。


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