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闘技会 第三話

 若者は半年ほど前、演芸場の案内人として雇われた。たくさんの応募者と競い、能力を発揮し、職を得た。

 案内人というのは、訪問者に演芸場のなかを案内する仕事である。というとかんたんな役割のように思えるけれど、演芸場のなかは迷路のように入り組んでおり、はじめてきた人が独りで歩いたら、まちがいなく迷ってしまうだろう。案内人は、その複雑な内部のつくりに通じた専門家だった。

 若者は記憶力には自信があったが、仕事に就いて半年がたってもまだ演芸場の一部しか把握していない。それほど演芸場のなかは広く複雑なのだ。

 いままでは見習いとして、熟練の案内人についてまわるだけだったが、さいきんようやく(半人前ではあるが)案内人として認められ、ちょっとした仕事を任されるようになった。

 春から秋にかけては催し物が多く、芸人やら音楽家やら役者やらたくさんの訪問者があって、目のまわるような忙しさだった。しかしそれも冬になると、とたんに暇になる。演芸場が閉鎖されるからだ。春から秋が忙しいぶん、冬には少数の当直だけを置いて、案内人たちは長い休みをとる。若者は休みをとらず、当直に立候補した。まだ覚えなければならないことがたくさんあったし、だったら仕事が暇な冬のうちにやってしまおうという魂胆だった。

 当直といっても、仕事らしい仕事はほとんどなかった。若者は暇に飽かして、行ったことのないへんぴな通路や部屋を探索してまわった。若者はまだ大人というほどの年ではなかったから、半ばあそび気分だった。誰もいない演芸場を、子供のころに読んだ絵物語に出てくる迷宮に見立てて、冒険者になったつもりで楽しんだ。

 当直室に戻ってくると、呼び出しのベルが鳴った。

 つまりそれが当直の少ない仕事のうちのひとつ、閉鎖された演芸場で、ただひとり宿泊しているある人物の世話だった。古参の案内人からの申し送りによると、その人物は、かつて演芸場が『闘技場』と呼ばれていたころの演目の生き残りだという。

 闘技場でおこなわれたという催し物の多くは、人と人とのたたかい、時には人と猛獣とのたたかいであって、そんな残酷極まりない演目を楽しんでいた時代があっただなんて若者には信じられなかったが、とにかくその人物は、そうしたたたかいを勝ち残ってきた猛者であると。以前には他にも数人の生き残りがいたらしいが、今いるのはその人物だけだった。

 おっかなびっくりで部屋をたずねてみると、その人物はなんということはない、ただのしょぼくれた年寄りだった。話をきくかぎりどんな危険人物なのかと気おくれしていたが、恐ろしくもなければ、強そうにも見えない。たしかに眼光は鋭かったけれど、それだけだった。からだもそんなに大きくなく、痩せて骨ばっていた。しわだらけの青白い肌は、洞くつにひそむ生き物を思わせた。ぼろ切れのような服を着ていたが、髪やひげは短くきれいに刈りそろえられていた。

 老人は舞台に行きたいといった。

 老人は無口で、連れていくあいだ、ひと言もしゃべらなかった。若者が気を利かせていろいろ話しかけても、老人は終始むすっとして取りつくしまもなかった。

 その後もなにかと用を言いつかったが、してもらいたいこと、行きたいところなど、あらゆる要望を、老人はひとつの言葉であらわそうとした。たとえば舞台に行きたいのなら「舞台」と。

 老人には月に一度、訪問客があった。訪ねてくるのはいつも同じ人物で、話によると王宮の偉い役人とのことだった。年は老人と同じくらい。つやつやした上等そうな紫のローブを着て、白くて長いヤギのようなあごひげをたくわえていた。いつもそれほど長くはとどまらず、一時間ほど老人の狭い部屋で過ごして帰ってゆく。とはいえ若者からすると、あの無口な老人相手にそれだけ間がもつのが不思議なのだが……。

 老人は毎日、舞台に行きたがった。冬の太陽はそんなに高くまでは上がらない。よって舞台のほとんどは、高くせりあがった観客席の影におおわれる。老人はわずかに残った日だまりまでゆっくり歩いてゆくと、からだをまっすぐ太陽にむけ、目を閉じたままずっと一時間でも二時間でも日を浴びていた。その姿は、広くてまっ平らな砂漠に一本だけ生えた立木のようにも見えた。若者は、老人があんまり動かないものだから、立ったまま凍りついてしまったのではないかと心配になった。

 遠くから見る老人は、ぼろぼろの服にぼろぼろの毛布をはおって、外見は街なかにいる物乞いと大して変わらない。しかし時として、老人は、お坊さまとか聖者さまとかそうした得の高い方々のように、神々しく光りかがやいて見えることがある。

 あのみすぼらしい老人がなぜそんなふうに見えるのか、若者は不思議に思った。

(了)

#創作大賞2024
#ホラー小説部門


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