中央構造線・フォッサマグナを巡る4『諏訪湖畔のハイな夜』

距離およそ60km
長野県大鹿村の北川露頭(中央構造線)を辞した時刻は午後4時半頃。
日が沈むまで二、三時間です。もう寄り道せず、目的地の諏訪湖へ急ぎます。
…ということで、一路、酷(国)道152号線を北上。
ここから先のR152は、中央構造線とほぼ一致しており、途中途中に露頭が見られます。(今回は割愛)
この中央構造線は諏訪湖で糸魚川−静岡構造線と交わり、そこから大きく東に折れてフォッサマグナ(地溝)の下に潜り込んで関東方面に延びています。
一方の糸魚川−静岡構造線は、フォッサマグナの西縁を、諏訪湖から新潟県糸魚川市に向かいます。
さて、北川露頭を辞し、数分走ると分水界でもある分杭峠(ぶんくいとおげ)です。
ここ分杭峠は、断層の関係で磁場ゼロ空間が発生するとの都市?伝説のある場所なのですが、このこと後で知ったものだから、普通に通過してしまいました。残念です。
さらに山道を対向車とすれ違うこともほとんどなく、しばらく行くと、美和湖(美和ダム)が見えてきます。
ここで少し休憩し、あとはひたすら北へ、北へと運転に専念しました。
やがてだんだん山が低くなり、谷が開け市街地が見えてきます。諏訪湖は、もう目と鼻の先。
こうして茅野市、諏訪市の市街地を経て、岡谷市の諏訪湖畔の公園駐車場に入ったのでした。
諏訪湖着は、午後7時頃だったでしょう。(車中泊マップで他候補地を見て回っていたので遅くなった)
少し落ちついてから湖畔を逍遙しますと、先ほどまでの薄暮の名残りは消え、湖周の山影も水面もすっかり暗くなっていました。
今回の記事(写真多め)は、上記道中記になります。湖畔の月と夜明け(車中泊)、そして早朝の諏訪大社参拝の様子などをリポートします。
1 分杭峠(ぶんくいとおげ)
分杭峠は大鹿村と伊那市の境にある峠です。
その呼称が示すように、ここは江戸時代の支配領地の境(大鹿村=天領と伊那市=高遠藩)だったらしい。

分杭峠は標高1,424メートル。さっすが日本の屋根・アルプス。
しかしながら無知ゆえになにげに分杭峠を通り過ぎてしまいました。
峠を越えると、これまでと逆方向の北へ流れる三峰(みぶ)川を横目にする秋葉街道です。


2 南アルプス村(道の駅)
三峰川沿いに街道を北上していくと、「道の駅 南アルプス村」の看板あり。
桜咲く湖岸も見える。暫時休憩です。








あとから思うと、美和湖畔で車中泊してもよかったかもしれない。
それほどに素晴らしいロケーションの、静寂の南アルプス村でした。
3 杖突街道(つえつきかいどう)
杖突峠(つえつきとおげ)は、伊那市と茅野市の境にあるR152号の峠で、標高は1,247メートル。この道を杖突街道ともいう。
杖突、とは、なんとも言い得て妙というか、的確というか。面白い呼称だと思う。
しかし実は、ここでも杖突峠の標識に気付かず、通過してしまった。←予習しない人
杖も突かず峠の茶屋でも一服しなかったが(笑)、窓から見る杖突街道の風景はどこか懐かしく、また爽やかに目に焼き付くのでした。






4 諏訪湖畔(車中泊)
こうして杖突街道を抜けると、急に視界が広がり、市街地が見えてきました。


(ここから諏訪湖畔です)
諏訪湖畔のとある公園の駐車場を今夜の宿と決めました。
寒からず暑からず。なんとも気持ちよい疲れ。
夜の帷(とばり)が下りてきた湖畔を散歩します。








車中メシはスパイシーハヤシメシです。あとお菓子類。
ゆっくり寝れそうです。精神はハイですが。


ランタン消しましょうぞ。
ぐうぐうぐうう、、、
未明。
狭い車内ですが、気持ちよく目覚めました。
もちろん湖畔をまた散歩します。
ぼちぼち明るくなってきています。








しずまりの諏訪湖を歩く卯月かな
5 諏訪大社(本宮)
諏訪湖に来たからには、ここを辞する前に、当然ご挨拶に参ります。








御柱(おんばしら)
本宮一之御柱である長さ五尺五丈(約17米)直径1.2米(目通り)の樅の木である
御神徳の更新を祈る氏子の魂を結集した御柱である上社綱置場(御柱置場)より二十数キロの行程を数千人の氏子の奉仕により曳航されるので裏側は磨り減っている
…
(看板より)



無知な私は、諏訪湖のことをもっと知りたい、、、知るべき、と、自分に課題を与えることにした。←言い訳かよ笑
「中央構造線・フォッサマグナを巡る車中泊の旅5「北アルプスとフォッサマグナミュージアム」へとつづく
2025.4.17~4.18
(投稿 2025.5.15)
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