【閑話休題】働き始めて良かったこと
【前回までのあらすじ】
1月に開業届を出した時の私の月収は10万円。たがが10万円、されど10万円。稼げるようになって、一番良かったと思ったこととは?
開業届を出して必死に仕事をこなしている一方で、我が家にはもう一つ大きな転換期が訪れていた。
娘の大学進学だ。
当初の計画では、自宅から通える地元の大学に進学する予定だった。
経済的にもそれが一番安心だし、娘もそのつもりで受験に挑んでいたのに…。
しかし、受験は水物。
本命だった前期試験の結果は、無情にも「不合格」…!
頭が一瞬真っ白になったけれど、落ち込んでいる暇はない。娘は気持ちを切り替え、後期試験で見事に合格を掴み取ってくれた。
ただし、その大学は自宅からは通えない「県外の大学」だった。
合格の喜びと同時に、現実的な問題がどっと押し寄せてくる。
県外での一人暮らし。
それはつまり、入学金や学費だけでなく、毎月の生活費や家賃の仕送りがスタートすることを意味する。
「私が家賃を担当する」
もし、私が20年間の専業主婦のままで、あのとき開業届を出していなかったら、この事態にどれほど激しく動揺していただろう。
「家計が苦しくなる」
「本当に学費を出せるの?」
「下にも子どもがいるのに」
そんなネガティブな気持ちであふれていたはず。
しかし、その時の私には、毎月の収入見込みがあったのだ。
「分かった。学費や大元の生活費はパパにお願いするとして、娘の一人暮らしの家賃は、私が全額担当する」
夫に向かって、私はそう宣言していた。
幸いにも進学先は地方の大学だったため、都会に比べれば家賃が安かったのがせめてもの救いだ。
毎月の家賃は4万3,000円。
決して小さくはない固定費だが、今の私なら、毎月確実に生み出せる金額だ。
「私が働くことで、娘の進学を心から応援できた」
「何とか間に合った!」
そう思うと晴れやかな気持ちになれた。
4年間毎月欠かさず振り込み続けた43,000円
それから、毎月25日になると、私のビジネス口座から娘の大家さんの口座へ、4万3,000円が自動振り込みで引き落とされた。
ライターの仕事で「ただの内職みたいだな」と限界を感じて歯を食いしばっていた時も、新しい働き方を模索して悩んでいた時も、その自動振り込みの手続きだけは、毎月淡々と、そして確実に実行されていったのだ。
このお金は、娘が遠い街で安心して温かいご飯を食べ、安心して眠るための場所を守るためのもの。
私がキーボードを叩いて生み出した言葉が、娘のささやかな一人暮らしの空間に形を変えている。
そう思うと、ただの労働の切り売りだと思っていた仕事に、新しい「意味」が吹き込まれていった。
積み重ねた金額は私の頑張りの証
光陰矢の如し、とはよく言ったもので、娘は無事に4年間の学生生活を終え、大学を卒業した。
娘の引っ越しを見届けたあと、ふと、これまでに自分が振り込んできた家賃の総額を計算してみた。
「4万3,000円×12ヶ月×4年間……」
弾き出された数字は「206万4,000円」。
それは、私が自分の力だけで社会から実力を認められ、稼ぎ出し、そして誰かのために使い切った金額の証明。
この206万円は、私にとってただの出費ではない。娘の未来への投資であり、私自身が「経済的に自立して生きている」という、何よりの勲章といえる。
4年間、一度も滞らせることなく、自動振り込みを続けられたこと。
それは私の中に、言葉にできないほどの大きな「達成感」として深く刻まれた。
働く目的のアップデート
「何のために稼ぐのか」
最初はただ、自分の自由にできるお金が欲しかっただけ。
月10万円という壁を超えてみたかっただけ。
けれど、娘の進学をきっかけに、私の「稼ぐ目的」は大きくアップデートされた。
自分の経済力は、大切な家族にピンチや変化が訪れたとき、それを笑顔で受け止めるための「盾」になるのだと知った。
娘を無事に送り出し、大きな達成感に包まれる一方で、私の内なる情熱はさらに燃え上がったのだ。
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この記事は「note創作大賞」に応募するための私のノンフィクションビジネスエッセイです。
専業主婦15年以上から、内職を経て、個人事業主になり、夫に言われた年収をクリアするまでの地方在住引きこもりおばちゃんの成長物語です。
果たして、ただ依頼をこなすだけだった在宅ワーカーが、どのようにして自分だけの価値を生み出すようになっていったのか。
そのヒントは、私が日々書き溜めていたnoteでの「ある宣言」に隠されていたのだ。
──次回予告『【第6話】noteで目標宣言をした効果』へ続く。
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