【人道支援ハイチ】つれづれなるままに〜正義はあるか、覚悟はあるか〜
みなさんこんにちは
人道支援家のTaichiroSatoです。
やるせない思いで帰宅した今日。
気持ちの整理のため、思うがままに文字におこしてみます。
ギャングが支配するこの街
数日前に少し状況を書いたものをこちらに貼っておくので興味のある人は見てみてほしい。
道の遮断とその影響
ギャングが物流をも支配し、物流はストップ。
医療消耗品も例外なく止まっていて、
残りの在庫を計算しながら週間、月間の予定を立てる。
道が寸断される。
そしてそんな中、
外傷からの急性腎不全で緊急透析が必要な患者が緊急入院した。
手術を終え、腎臓の値を調べる。
数値は、かなり厳しい。
本人は痛みや全身の状態が悪いが、なんとか会話ができる状態。いつどうなってもおかしくない状態で、モニターに映る心臓の波形を凝視する僕。
あまり時間はなさそうだ。
今この時点で、病院には透析をできる機材はない。
選択肢は、2つ。
・ギャングの支配を通り抜け、透析機械をこちらの病院に運ぶか
・患者を搬送するか。
チームの意思決定には、強引さも必要なときがある。
緊急の会議が開かれる。時間に猶予がほとんどない状態で、出てくる回答はどれも明るいものではなく、患者も医療チームも追い詰められてくる。
とにかくできる治療を。
議論と並行して治療をするが、やはりこのままの治療には限界がある。
患者の状態は悪化していく一方で、再び医療チームからチーム全体へプッシュを入れる。
しかし、返答は変わらない。
僕は、意思決定にも関わっているし、自分が最終決定をする立場になることもあるわけで、総合的なチームの意思決定を尊重する。それに反対と声を上げるつもりはない。意思決定には根拠が必ずあるからだ。
ただ
このままでは
この患者は、このまま更に具合が悪くなり鼓動が力尽きるときを待つことになる。
暴力の流れ着いた先にいた人が、
銃によって生命の危機に陥り、
支配によって治療のチャンスを奪われる。
意識のしっかりした患者だ。
透析が必要だが、今うちで透析をするすべがない。
しかし、いつ透析ができるか、透析ができるかどうかだって、僕たちのチームは提案することができないのだ。
僕らはいったいどんな顔で患者に伝えればいいのだろうか。
どんな言葉を選んだらこの状況を患者に理解してもらえるのだろうか。
患者からの質問にどう答えたらいいのだろうか。
なんて家族に伝えたらいいのだろうか。
あなたは銃によって怪我をしました。
ギャングによって道は遮られ、あなたに必要な治療を今受けることができません(そしてそれは命に関わる治療なのです)。
医師から、患者家族に現地語で説明される。
その空間は、
息を吸っても吸っても、
酸素が体に入っていくことを拒んでいるような、
息苦しさと、
まばたきを許されないような、
目の乾きに襲われる。
時間も空気の流れも止まる。
患者は、じっと天井をみつめ、言葉を失う。
家族の顔を僕は見れなかった。
活動地の鉄則と不平等
現地には現地の選択がある。
それはどこで活動するときも、人道支援の鉄則と言えるものかもしれない。
しかし。
しかし、だ。
生きることを選択すること、
生きたいと声に出すこと、
治療を継続して受けるという意思表示すら認められないこの現実を、僕はどうしても認めることはできない。
説明から程なくして
僕たちのチームは次の患者の説明に向かう。
20代のその患者は、片足の切断という治療選択をする他ない状態になってしまった。
プライバシーには最大限の配慮しているが、場所の確保に限界があり、前の患者の説明が聞こえていたのではないかと思う。
これからの長い人生、その患者は片足のない生活が始まるのだ。医師からその説明がされる。
患者は涙を流して絶望し、
家族は涙一つ見せずに患者に語りかけている。
命を守るために足の切断が必要なのだと。
何度も何度も繰り返していた。
そしてそれは、前の患者の耳にも届いていたはずだ。
片足という大きな代償のかわりに命を守るための治療を受けれる一人と、命のための治療を受けることすらできない一人。そしてその家族。
どちらに対しても、僕にはかける言葉がない。
そして彼らは、じっと僕らを見つめる。
昨日は、壮絶に闘った とある患者 が不本意な形で集中治療室を退出した。その時家族は涙も出ず、ただただ大きな白い袋をさすり、去っていった。
今この集中治療にいる患者の誰もが、そのことを体験している。
そして、息つく暇もなく、新たに子供と中年男性が運ばれてきて、彼らへの集中治療が始まる。
僕らはそうやって
気がつくと外は真っ暗になっていて
まばたきをすると朝が来て
また新しい患者を受け入れる。
ここに来る一人でも多くの患者に、
そしてその家族に、
希望を持ってもらいたい。
生きてもらいたい。
きれいに世の中に収まらなくていいから、
治療を選択することができて
生きたいと患者が言えるような世界であってほしい
よく知らない人のこと
僕はギャングの人たちのことをよく知らない
彼らちは彼らの考え方がある。
そして、考え方に基づいた行動があり、
きっとそこには彼らの正義があるのだろう。
だが彼らも
毎日、僕の目の前で
生きる選択を奪われようとしている患者のことをよく知らないだろう。
ギャングのメンバーの家族が子供たちが
今回の道の遮断のように
彼らのアクションによって
生きるという選択を奪われたとしても
それでも彼らは彼らの正義を貫けるのだろうか
道を遮断し続けることができるのか
何かを起こせば、反対に歪みもでる
すべての人に都合のいい世界なんてない
そこに正義はあるか
彼らの正義 と 僕らの正義
その正義を貫く覚悟はあるか
現実から目を背けず戦う覚悟はあるか
〜おわりに〜
いつも厳しい説明をし、次の患者の対応へと消えていく集中治療チームを心理サポートチームが献身的に患者のサポートに当たってくれている。最近つくづく思う。人は自分の思いを誰かに聞いてほしいのだ。自分の思いを、誰かに受け取ってもらいたいのだ。心理サポートチームはしっかりと患者一人一人の思いを受け取って回る。彼らなしには僕らのチームの活動はなし得ないだろう。日頃の彼らの患者やその家族に対する姿勢に最大の感謝をこの場をかりて送る。ありがとう。
Best,
Tai
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いつも記事を読んでいただきありがとうございます!!記事にできる内容に限りはありますが、見えない世界を少しでも身近に感じてもらえるように、自分を通して見える世界をこれからも発信していきます☺これからも応援よろしくお願いします🙌