賀状~ん2
閃き一閃。
賀状を作る。
住職を引退した(ハズ)の父(前住)任せにして、放置してきた住職としての仕事がふたつあって、ひとつは、寺の新聞(寺報)の作成。これは、紙媒体減量を目指す僕の方針と合わないのと、父の趣味的意味合い(老化防止・認知症予防への期待)も含めて、住職の法話原稿を毎月投稿する形で継続して編集をお任せしてきた。そしてもうひとつが、年賀状。これも、僕自身が既に足を洗ってしまった風習なので、寺の関係や住職の立場上で送付しなければならない先様があれば、父作成の年賀状で誤魔化してきたが、その父も近年、老化と物価高騰を理由に賀状引退を宣言した。さて、今年はどーしたものか…。と考えていて、賀状、作ろうということに相成った。
理由はミッツ・マングローブ(ww最近見ないね)。
ひとつは、父がやめたから。突然何もなしというのもどーかと思った。ただ、年賀状は値上がりも考慮して、フツーのポストカードで作った年賀挨拶状にしてみることにした。
ふたつめの理由にもなるが、そもそも正月三日に地域の全ご門徒宅へ新年挨拶に廻る『挨拶廻り』をやっていて、その折に留守宅などあれば、訪問したことを知らせる挨拶カードを配っていたので、それを兼ねたものにすれば無駄がないと考えた、しかも、どーせ門徒全戸に配布するなら、新年早々本堂に繰り出しする年回法事の連絡文も書いておこうと閃いた。
と、いうのも、つい先日参加したウチの寺が所属する教区の研修で、本山の研究機関の職員の講話があって、各末寺のご門徒離れが進むなか、特に年回法事の通知連絡については、お寺側から郵便などで連絡してもらう方が満足度が高い傾向が顕著であったという噺を聞いたからだった。
年回法事については、毎年元旦に本堂に繰り出し表が張り出され、正月参りのついでにそれを確認して、住職と一杯やりながら、今年の法事の打ち合わせをするのが通例であったが、これも門徒の家庭内で家長から家長へと引き継ぎが為されてこなかった文化であり、正月参りも繰り出し表を確認する行為もハイペースで激減している以上、止む得ないのかもしれない。が、本山の示す満足度の高さという表現は、どこか門徒が顧客化するのを増長させそーな雰囲気を孕んでいて些か引っ掛かりもする、が、背に腹だ。
法事自体が勤まらないご時勢、自分の大切な家族の法事は、その昔、各家庭で管理されていた過去帳(記録)などで、自ら確認して、準備に余念なく備えられてきたことであったが、上膳据膳で何から何までゲスト体制で勤めて(もらって)、その(念仏の)意味が届くのだろうかと心配しつつも、一件一件の繰り出しをカードに個別に記載していった。
…で、思いつきで始めた作業だったのでやりだしてからバカだと思い知った。丸々半日くらいかかった。五十軒くらいの門徒の法事繰り出しを写すくらいとナメてたが、最近勤められていない繰り越された法事、本当は去年までにやるはずだった法事も、忘れないでねという願いを込めて全部記載していったら、やたら時間と手間がかかってしまった。でも途中でやめるワケにもいかず、何とかやりきった。とりあえず準備完了。
で、最後の理由。とあるアイディアを思い付いた。ケチって年賀状を使わなかったので、オリジナルのくじ番号を付けてみた。で、正月三日に配布し、同月末に勤まるお寺の御正忌報恩講法要の際に、抽選会をして当選者に何かプレゼントをするというイベントだ。
期待するところは、ご門徒にも面白がって頂きながら、毎年減少する御正忌報恩講法要へのお参りの切っ掛け作りというアプローチにしたい想いもある。ま、子供だましではあるが、何か今までと違うことをひとつでもやって、少しだけでもマンネリ化のブレーキが踏めたら良しとしよー。
…で、当選賞品を何にするか、次はそこが問題だ。年内頭を抱えることにした。

