2:7:1 の人
2:7:1の法則ってご存知ですかね?人間関係の噺。周囲に10人いれば、2人はあなたに好意的で、7人は中立、若しくは興味関心がない、そして1人はあなたを嫌う人がいるってバランス。この法則が言わんとするところは、全員に好かれよーとせず、気の合う2割を大切にし、嫌う1割なんかスルーしちゃって、気楽にいこーぜブラザー!って具合の、人生お気楽モードの推奨。
確かに、自身の人生経験を振り返ってみても、この2:7:1のバランス、大きく外れてはいないよーな気もします。が、気になるのは、この手の法則に有りがちな盲点として、1人の人を1人格とカウントできないところですよ。昨日の敵は今日の友、だったら逆だってあるよね、とか、ね、同じ人でも好意や敵対心は簡単にグラグラ。
で、僕のお寺のご門徒さんは約50軒、そのうち同じ過疎地の集落で生活されている近隣在住の、昔ながらのご門徒さんは43軒。
この法則に照らしてみると、8~10人くらいが僕に対して好意的なご門徒さんで、約30人くらいはどーでもいーヤツ、そして4~6人に嫌われてる、って感じになる。
う~ん、ホンマ?
実際は、ほぼ全員無関心寄りな気がするんですけど、気のせいかしらんwwww照れ屋さんが多いのかなぁ?wwww
にしても、嫌われるってヒドい噺よ。僕が何かした?住職もロクに勤まってないのに、僕がアナタに何をできるというのだろうか?…あー、だからか。もっと、ちゃんとせーや、ボケ。って感じで嫌われてるのかい?それなら仕方ないのかww
いや、ね、好きも嫌いも、お寺にしたって、仏法にしたって、基本、ご門徒さんが求めてる立場よね。住職が無理強いしてるワケじゃないのよね。だから、コッチもべつにウケ狙って信仰してるんじゃないし好かれなくてもいーけど、だからって嫌われても困っちゃうよね。
人が人を好いたり嫌ったりする理由なんて、ほんとワケわかんねぇよ。
そりゃ、嫌われるよりは、好かれてる方が楽しそうだけど、相手がどう思うかなんて究極どーにもなんないし、どーにもなんないことは、阿弥陀さんに全フリして自分でどーにもする気がない僕は、たとえ100人、1000人、10000人に嫌われても、正直悲しいけど、阿弥陀さんに嫌われるよりはマシだと思ってるんですよ。こんな住職はお嫌いですか?
住職のことは嫌いになっても、仏教のことは嫌いにならないでくださいっ!wwww

