【聖なる経済学】 成長の命令
訳者コメント:
利子こそが、無限の経済成長を必要とし、そのために自然生態系や社会の絆を犠牲にする「マシーン」の原動力です。抽象化された数字であるお金だけに目を奪われていると、その成長に限界はないように見えてしまいますが、現実世界には限界があり、現在私たちはあらゆる方面でその限界に突き当たっているのです。
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成長の命令
この話が現実の経済にどのように当てはまるか、お分かりいただけたでしょうか。利子があるため、負債総額は存在する貨幣の総額を常に上回ります。制度全体を維持するため新たな資金を生み出すには、鶏をもっと殖やす、つまり「財とサービス」をもっと生産する必要があります。その主な方法は、かつて無料だったものの販売を始めることです。森林を木材に、音楽を製品に、アイデアを知的財産に、社会的相互扶助を有料サービスに転換することです。
テクノロジーのおかげで、かつて貨幣と交換されることのなかった財とサービスの商品化はここ数世紀で加速し、今日では貨幣の領域外にあるものはほとんど残っていません。土地であれ文化であれ、広大な共有財産は囲い込まれ、売却されてきました。すべては貨幣の指数関数的な増加に追いつくためです。これが根深い理由となって、森林を木材に、歌を知的財産に転換するなど様々なことが起こるのです。これが理由で(少なくともコロナ前までは)アメリカの食事の3分の2が今や家庭外で調理されるのです[2]。これが理由で、民間療法としての薬草療法が医薬品に取って代わられ、育児が有料サービスになり、ボトル入り飲料水が最も成長率の高い飲料のカテゴリーになったのです。
利子に基づく貨幣に内在する永続的な成長という命令こそが、人生、世界、そして魂を容赦なくお金に転換する原動力なのです。悪循環を完成させるように、人生をお金に転換すればするほど、生きるためにお金を必要とするようになります。お金ではなく高利貸しこそが、諸悪の根源なのです。
もう少し詳しく、この仕組みを見ていきましょう。帽子の男のように、銀行やその他の貸し手は、返済の見込みが十分にある場合にだけ、通常は融資に応じます。この見込みは、将来の収入、担保、または良好な信用格付けに基づくものかもしれません。債務不履行のもたらす重大な結果が、この見込みを強化します。債務の返済は、返済能力だけでなく、さまざまな形の社会的、経済的、法的圧力にも左右されます。裁判所は、契約上の債務義務を履行するために資産の差し押さえを命じることができ、債務者監獄はもはや存在しませんが[3]、債務不履行の債務者は、債権回収業者による絶え間ない嫌がらせや、借家、雇用、安全検査の拒否に苦しめられます。多くの人は債務を返済する道徳的義務も感じます。これは自然なことで、贈与経済においても、受け取った人は与えるようにという社会的、道徳的圧力にさらされます。
信用によって、空間や職業だけでなく時間をも超えて、贈与とニーズを結びつけることができます。信用に基づく貨幣は、現在の商品と未来の商品を交換します。これは贈与の原則と矛盾するものではありません。私は今受け取り、後で与えるのです。
問題は利子から始まります。新たな貨幣発行には必ず利子付きの負債が伴っているので、負債総額は存在する貨幣の量を常に上回ります。貨幣不足は私たちを競争へと駆り立て、絶え間ない構造的な不足状態に追いやります。それはまるで椅子取りゲームのようなもので、誰にも安心できる場所などありません。負債の圧力は、この制度の根深い問題です。一部の人は負債を返済するかもしれませんが、制度全体としては一般的かつ増大し続ける債務状態を必要とします。
根底にある絶え間ない債務圧力が意味するのは、不安や絶望を抱える人々が常に存在すること、つまり生き残るためなら最後の森林を伐採し、最後の魚を捕り、スニーカーを売り、残されたあらゆる社会、自然、文化、そして魂の資本を現金化しようとする人々がいることです。利子に基づく債務制度では、「十分」に達する時など決して来ません。なぜなら、信用は単に「現在の財と将来の財」を交換するのでなく、現在の財と交換するのは「それより多い」将来の財だからです。債務返済のため、あるいは単に生きるために、既存の富を他者から奪う(つまり競争)か、共有財産から「新たな」富を創造するか、どちらかしかありません。
この仕組みを説明するために、具体的な例を挙げましょう。銀行に行って、「銀行員さん、この森を伐採から守るために100万ドルの融資をお願いしたいのですが。私の方法では森から収入は得られないので、利息はお支払いできません。でも、もし返済が必要になったら、森を売って100万ドルを返済することはできます」と言ったとします。残念ながら、銀行員が心の中ではイエスと言いたいと思ったとしても、あなたの提案を断らざるを得ません。しかし銀行に行って、「この森を購入し、ブルドーザーをリースして皆伐し、木材を売って合計200万ドルを得るため、100万ドルをお願いしたいのですが、そのうち12%の利息をお支払いし、私自身もかなりの利益を得ます」と言ったら、賢明な銀行員はあなたの提案に同意するでしょう。前者の場合、新たな財やサービスは生み出されないので、お金は生まれません。お金は新たな財やサービスを生み出す人に渡るのです。だからこそ、自然や社会の資本をお金に換えることに加担するような仕事はたくさんあり、共有財産を取り戻したり、自然や文化の遺産を保護したりする仕事はほとんどないのです。
それを一般的に言えば、債務者が財やサービスを提供するよう絶えず圧力を受けるのは、経済成長(その定義は、貨幣と交換される財・サービスの総量の増加)に向けた自然な圧力なのです。別の見方をすれば、負債は常に貨幣供給量を上回るため、貨幣の創造によって将来さらに多くの貨幣が必要となるのです。貨幣の量は時間とともに増加しなければならず、新たに発行された貨幣は財やサービスを生産する者に渡るため、財やサービスの量も時間とともに増加しなければなりません。
古代ギリシャ時代から知られていたように、お金が見かけの上で無限だということから、私たちが永遠の成長という可能性を信じ込んでいるというだけではありません。実際、私たちの貨幣制度はその成長を必要とし、強制しているのです。ほとんどの経済学者はこの根深い成長圧力を良いことだと考えています。それが革新や進歩に向かって、ますます効率を高めながらより多くのニーズを満たす動機を生み出すと言うのです。利子に基づく経済は変わることのない成長経済であり、非常に急進的な非主流派を除けば、ほとんどの経済学者と、おそらくすべての政策立案者は、経済成長を成功の証とみなしています。
利子付き通貨という制度の全体は、貨幣と交換される財とサービスの量がその成長率に見合っている限り、問題なく機能します。しかし、もしそうでない場合はどうなるでしょうか。言い換えれば、経済成長率が利率を下回った場合はどうなるでしょうか。寓話に登場する人々のように、成長の限界に達しつつあるように見える世界の中で、私たちはこの点を考慮しなければならないのです。
注:
2. 食事の70%は家で食べられますが、そのほとんどが実際には家で調理されたものではありません。その内訳はレストランのテイクアウト、スーパーで買った冷凍食品、スーパーの惣菜などです。デビッド・タマーキン「家庭料理が消えつつあると言うとき、私が意味すること」。
3. 実は、債務不履行による裁判所の召喚状に従わなかった人々が投獄されるという形で、アメリカの一部の州では密かに債務者監禁制度が復活しつつあります。マーサ・ホワイト「アメリカの新たな債務者監獄」デイリー・ファイナンス、2010年7月15日を参照。
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-6-the-economics-of-usury/
翻訳メモ:
endemic:「ある地域に特有の(病気や動植物)」という意味ですが、比喩的に用いられると、「特定の集団や制度にある、共通で根絶困難な、根深く広範な(問題や特徴)」という意味になります。
