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【聖なる経済学】 あなたの分が増えれば私の分は減る

訳者コメント:
欠乏のメンタリティを手放し、お金を手放せば、金運がアップしますよ、という怪しげなネズミ講が、ネズミ講でしかないのは、現在の貨幣制度が欠乏のメンタリティでできたネズミ講だからです。


あなたの分が増えれば私の分は減る

今日いたるところに蔓延している貪欲、競争、不安の根本的な原因は、私がよく目にするニューエイジの教えと矛盾しています。それは例えば「お金は単なるエネルギーの一形態です」「誰もが豊かさの態度さえ持てば金銭的に豊かになれます」といった教えです。教師たちが「お金について制限となる信念を手放しなさい」「欠乏の考え方を捨てなさい」「豊かさの流れに心を開きなさい」、あるいはポジティブ思考の力で金持ちになりなさいと言うとき、彼らは重要な問題を無視しています。彼らの考えは正当な源から発したものです。私たちの世界の欠乏は私たちの集合的な信念の産物であって、根本的な現実ではないという認識です。しかし、それらは今日の貨幣システムと本質的に矛盾しています。

リン・ツイスト著『ソウル・オブ・マネー』から、この種の考え方を分かりやすく説明した例を挙げましょう。

お金そのものに善悪はなく、お金自体に力があるわけでも、力がないわけでもありません。お金に対する私たちの解釈、お金との関わり方にこそ、本当の害悪があり、そこにこそ自己発見と自己変革の真の機会が見つかるのです。[20]

リン・ツイストは先見の明のある慈善家で、善のためにお金を使うよう多くの人々に促してきました。しかし、お金に困窮している人が彼女の言葉を聞いたら、どんな気持ちになるか想像できるでしょうか。本書の初版が出る数年前、私が無一文だった時、スピリチュアルな善意の友人たちがやってきて、私の問題は「欠乏の態度」だと言ったことに、腹が立ったのを覚えています。ラトビアやギリシャのような国全体の経済が崩壊し、何百万人もの人々が破産した時、そのすべてを彼らの態度のせいにするべきでしょうか。貧しく飢えた子供たちはどうでしょう。彼らにも欠乏心理があるのでしょうか。

その本の後半で、ツイストは有害な欠乏心理について次のように述べています。「それはまるで子供の椅子取りゲームのようだ。参加人数より椅子が1つ少ない。あなたの意識は負けないこと、そして最後に椅子がないまま一人取り残されないようにすることに集中するのだ。」[18]

しかし、私が述べたように、貨幣制度はまさに椅子取りゲームであり、必然的に誰かが取り残される狂乱の争奪戦です。しかし深いレベルでは、ツイストは正しいのです。貨幣制度は私たちの欠乏という態度から生まれたものであり、その態度にははさらに深い基盤があって、それは私が「自己の物語」と「世界の物語」と呼ぶ、私たちの文明の基本的な神話とイデオロギーなのだという点で、彼女の言うことは正しいのです。しかし、私たちは貨幣に対する態度を変えるだけではいけません。貨幣そのものも変えなければならないのです。なぜなら、貨幣は結局のところ私たちの意識を具現化したものだからです。究極的には、自己への取り組みは、世界における取り組みから切り離すことはできません。それぞれが互いを映し出し、互いの手段となるのです。私たちが自分自身を変えるとき、私たちの価値観と行動も変わります。私たちが世界で働くときには内面的な問題も生じ、それに向き合わなければ力は失われます。このようにして、私たちは地球規模の危機に魂の側面を感じ取り、アンドリュー・ハーヴェイが「聖なる行動主義アクティビズム」と呼ぶものが求められているのを感じるのです。

現在の貨幣制度は、何世紀にもわたって私たちの文明を支配してきた欠乏の心理構造メンタリティの表れです。この心理構造が変われば、貨幣制度も新たな意識を体現するように変化するでしょう。現在の貨幣制度では、ごく一部の人々しか豊かに暮らすことは数学的に不可能であり、その理由は貨幣創造の過程が制度的な欠乏状態を維持しているからです。ある人にとっての繁栄は、別の人にとっての貧困なのです。

「繁栄プログラミング」の原則の一つは、自分が裕福になるには他人が貧しくなければならない信念から生じる、罪悪感を手放すことです。つまり「私の分が増えればあなたの分が減る」という信念を捨てるのです。問題は、今日の貨幣制度ではそれが真実だということです。私の分が増えれば、実際にあなたの分が減るのです。常に貨幣よりも多くの負債があり、金銭化された領域は、自然、文化、健康、魂を犠牲にして成長します。お金に関して私たちが感じる罪悪感は、十分に正当なものです。確かに、お金で美しいもの、価値ある組織、崇高な目的を作り出すことはできますが、これらの目標を念頭に置いてお金を稼ぐことを目指すなら、ある意味で私たちはピーターから奪ってポールに与えていることになります。

誤解しないでいただきたいのですが、私は決してあなたが豊かさの流れに心を開くことを妨げようとしているのではありません。むしろその逆です。なぜなら、十分な数の人々がそうすることで、貨幣制度は新しい信念に合わせて変化するからです。今日の貨幣制度は〈分断〉という基盤の上に成り立っています。それは、私たちが〈他者〉である宇宙の中にいる個別ばらばらの主体であるという認識の、原因であると同時に結果でもあります。豊かさに心を開くことができるのは、この自己観アイデンティティを手放し、本当の繋がりのある存在の豊かさに心を開くときだけです。この新しい自己観は、高利貸しとの関わりを一切望みません。

ここに、「繁栄プログラミング」の欠陥、ひいては現在の貨幣制度の欠陥を示す極端な例があります。数年前、ある女性が私に「ギフティング」という特別な組織を紹介してくれました。彼女はその会員でしたが、その仕組みは基本的に、まず招待してくれた人に1万ドルを「贈与ギフト」します。あなたは次に4人を見つけ、それぞれ1万ドルを「贈与ギフト」してもらい、さらにその4人がそれぞれ次の4人にギフティングの概念を伝え、それぞれが1万ドルを「贈与ギフト」するというものです。最終的に全員が3万ドルの収入を得ます。プログラムの資料では、これは普遍的な豊かさの現れだと説明されていました。必要なのは、正しい解放的な態度だけです。言うまでもなく、私はその機会に飛びつきました。というのは冗談です。代わりに私はその女性に、「でも、あなたは友達からお金を奪っているだけじゃないですか」と尋ねました。

「いいえ」と彼女は答えました。「ギフティングの原則を心から信じている限り、彼らも最終的には3万ドルを稼ぐことになるでしょうから。」

「でも彼らはそのお金を〈彼らの〉友人から集めるのでしょう。いずれ参加者は尽きて、最後に参加した人たちは1万ドルを失うことになるでしょう。つまりこの人たちから、あなた方は実質的にお金を奪い、盗んでいるのであって、それをギフティングという言葉で行っているのです。」

驚かれるかもしれませんが、その女性から二度と連絡はありませんでした。彼女の憤慨と否定は、貨幣経済全体の受益者のそれと酷似しており、貨幣経済自体が彼女のネズミ講と構造的に類似しています。それを理解するには、1万ドルの参加費がそれぞれ利子付きの負債として設定されていると想像してみてください(実際そのとおりなのです)。あなたは自分の下にさらに人を引き込まなければならず、さもないと財産を失います。「底辺」の人々が極貧生活を免れる唯一の方法は、貨幣経済にさらに多くの人を引き込むことで、例えば植民地化、おっと、「自由貿易のための新たな市場を開拓する」ってことですね、あるいは経済成長、つまり人間関係、文化、自然などをお金に転換することを通じてするのです。これは避けられない事態を遅らせるだけですが、避けられない事態、つまり富の二極化の激化は、成長が鈍化するやいなや、その醜い姿を現します。借金を抱えたまま取り残された人々には、それを返済する手段がありません。他にお金を取れる相手もおらず、新たなお金に換えるものもないのです。それが、これから見ていくように、現代文明が直面している経済、社会、生態系の危機の根源なのです。


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注:
17. リン・ツイスト、『ソウル・オブ・マネー』、19頁。
18. リン・ツイスト、『ソウル・オブ・マネー』、49頁。

原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-6-the-economics-of-usury/

翻訳メモ:
scarcity mentality:欠乏心理。mentalityは心理構造と訳していますが、複合語では短さを優先しました。

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