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【聖なる経済学】 マイナス金利:歴史と背景

訳者コメント:
富める者、資本家がお金を貸し渋り、儲かるところにだけ投資をすることで、富の一極集中が進み、貧富の格差が拡大していく様は、ローカル鉄道路線が次々と廃止に追い込まれる中で、巨額の資金を投じてリニア新幹線の建設が進められているのに似ています。鉄道は交通手段、お金は交換手段。どちらも経済を回し社会を一つにまとめる役に立っています。どちらもみんなのものだったはずです。しかし採算性という考えで運用すると、一極集中するのが自然の成り行きです。「儲け」、つまり右肩上がりの成長を必然化しているのは利子であり、お金から一極集中の性質を消すには利子を逆転する他ありません。そのことを、20世紀初頭の経済学者シルビオ・ゲゼルは理論化していました。第一次大戦後に発生した恐慌の中で、主流通貨が機能しなくなったとき、ゲゼルの理論を使った代用通貨は成功を収めましたが、短期間のうちに政府当局によって禁止されていきます。その理由は、政府の権力欲でした。


歴史と背景

穀物や牛など初期の商品貨幣は、確かに劣化を受けるものでした。穀物は腐り、牛は老いて死に、農地でさえ手入れを怠れば荒れ地に戻ります。また、一種のマイナス金利を組み込むことで、劣化という現象を模擬した金属貨幣制度もありました。そのような制度の荒削りな例として、中世ヨーロッパで広く用いられたブラクテアート制度があります。この制度では硬貨が定期的に回収され、割引いた率で改鋳されました[2]。イングランドではサクソン王が6年ごとに銀貨を改鋳し、回収した4枚につき3枚を発行したため、年間約4%の減価率となりました[3]。これは事実上、貨幣の貯め込みにペナルティを課し、貨幣の流通と生産資本への投資を促しました。使い切れないほどのお金を持っていれば、たとえ無利子であっても喜んで貸し出すでしょう。なぜなら、硬貨を長く保有すると価値が下がるからです。この制度によって必ずしも貨幣供給量が減少したわけではないことに注意が必要です。なぜなら、領主はおそらくその差額を経済に再投入して自身の支出を賄うだろうからです。したがって、この貨幣に対するマイナスの金利は一種の税だったと言えます。

マイナス金利貨幣の先駆的な理論家は、ドイツ系アルゼンチン人の実業家シルビオ・ゲゼルで、彼はそれを「自由貨幣フリーマネー」(独:Freigeld)と呼びました。私も彼に敬意を表してその名称を使います。彼が1906年の代表作『自然的経済秩序』で提唱した制度は、紙幣に額面の何パーセントかのスタンプ(印紙)を定期的に貼り付けるというものでした。これにより、貨幣資産に維持コストが実質的に課せられることになります。あらゆる実物商品と同じように、このような貨幣は「劣化」します(その率は、貨幣の有効性を維持するために必要な印紙の額によって決まります)。例えば、1ドル紙幣の有効性を維持するために毎月1セントの印紙が必要な場合、その価値は年間12パーセントの割合で減価することになります[4]。

ゲゼルはデマレージを課す通貨という考えに、私とは異なる方向からたどり着きました。彼が執筆していたのは経済成長の望ましさを疑問視する者がほとんどいなかった時代で、ゲゼルは先見の明があったとはいえ、地球や技術が成長を永遠に支えられないかもしれないと疑ったことは(私の知る限り)ありませんでした[5]。彼の主な関心は、不公平で不当な富の分配を是正することにあり、当時はかつてないほどの貧困が、かつてないほどの豊かさの中で起こっていたのです。彼はこの原因を、貨幣の所有者が持つ巨大で不公平な優位性にあるとしました。彼らが所有していたのは「蓄積可能な商品であると同時に貨幣媒体でもあるもの」だったのです。他の商品は(おそらく土地を除いて)金や他の通貨と同じように蓄積することができません。腐敗したり、錆びたり、劣化したりし、盗難や陳腐化の危険にさらされ、保管や輸送にもコストがかかります。彼は次のように書いています。

金は我々の商品の性格に合わない。金と麦わら、金と石油、金と鳥糞グアノ、金とレンガ、金と鉄、金と皮。その溝を埋めることができるのは、荒唐無稽な空想、怪物のような幻覚、「価値」という教義だけである。麦わら、石油、鳥糞グアノなど商品全般を安全に交換できるのは、誰もが貨幣と商品のどちらを所有しているかに無関心なときだけであり、それが唯一可能であるとすれば、貨幣が我々の製品に内在する欠点を全て有する場合だけである。それは明らかなことだ。我々の商品は腐り、朽ち、壊れ、錆びるので、貨幣が同じく不快で損失を伴う性質を持つ場合にのみ、迅速で、安全で、手軽な交換が可能になるのだ。そのような貨幣を商品よりも好む者など誰もいないからだ。

新聞のように古くなり、ジャガイモのように腐り、鉄のように錆び、エーテルのように蒸発する貨幣だけが、ジャガイモ、新聞、鉄、エーテルを交換する道具としての試練に耐えることができる。このような貨幣は買い手にとっても売り手にとっても商品より好まれるものではないからだ。そのとき我々が商品と貨幣を交換するのは交換手段として貨幣が必要だからであり、貨幣を所有することで利益を得るのを期待しているからではない。[6]

しかし今日でも、ゲゼルの時代と同様に、お金は商品よりも好まれます。交換手段を出し渋ることができるため、お金の保有者は利子を徴収できます。彼らは実物資本の保有者に比べて特権的な地位を占めます(ましてや、時間を売って働く者と比べればなおさらで、仕事にありつけない日には100%の時間が失われます)。その結果として富の二極化がますます進むのは、誰もが実質的にお金の所有者に貢ぎ物を差し出しているからです。

ゲゼルの主張の必然的な帰結は、交換を行う手段そのものに料金を支払うのは不公正だということです。ゲゼルの信念は、交換したいという単純な欲求だけで十分だというものでした。もし私があなたに必要なものを提供できるなら、それを与えたり受け取ったりする手段に、なぜ料金を払わなければならないのでしょうか。なぜ贈り物ギフトを受け取る恩恵に料金を払わなければならないのでしょうか。これが、ゲゼルの貨幣が「フリー」という称号にふさわしい理由の一つです。後述するように、減価する通貨に基づく信用制度は、無利子融資を可能にします。私たちは依然として融資を返済しなければなりませんが、もはやその対価を支払う必要はありません。その意味で、貨幣は無料フリーとなるのです。

ゲゼルが貨幣の減価を提唱したのは、価値貯蔵手段としての貨幣と交換手段としての貨幣を切り離す手段になると考えたからです。貨幣が実物資本よりも好まれることは、もはやなくなります。その結果、交換すべき財(商品)は豊富にあるのに交換手段となる貨幣が不足することで生じる、人為的希少性と経済不況は終焉を迎えるだろうと彼は予見しました。彼の提案は、強制的に貨幣を循環させるものでした。もはや貨幣の所有者は、貨幣を経済に投入するのを手控え、実物資本の収益率が金利を上回るほど希少性が高まるのを待つ動機がなくなります。これが、ゲゼルの貨幣を「自由貨幣」と呼ぶ第二の理由です。富裕層の支配から〈自由〉になったお金は、今日のように巨大な資金プールに凝り固まるのではなく、自由に流通するようになります。

ゲゼルは、貨幣が利子を持つ特性を繁栄の阻害要因と捉えました。財が過剰に供給され、資本投資の収益率が最低利子率を下回ると、貨幣の所有者は投資を渋るようになります。取引に必要な貨幣は流通から消え、生産力過剰というおなじみの危機が迫り、逆説的に大多数の人々にとって財が不足するという事態が生じます。

1906年の貨幣制度は、今とは全く異なるものでした。ほとんどの通貨は、少なくとも理論上は貴金属に裏付けられており、今日のような貨幣基盤に対する信用の大幅な膨張は存在しませんでした。実際、ゲゼルの見解では、信用は貨幣の代用品、つまり通貨がない状況で事業者が取引を行う手段でした。しかし今日では、信用と貨幣はほぼ同じものです。現在の経済理論では、信用を貨幣として使用することは肯定的な発展とみなされていますが、それは交換手段への需要に応じて貨幣供給量が有機的に拡大縮小することを可能にするからです。しかしこれまで見てきたように、利子付き信用は貨幣経済の成長に反応するだけでなく、それを強制もするのです。さらに現在の形では、ゲゼルの時代の貨幣に劣らず希少性に縛られています。

20世紀後半にはほとんど忘れられていましたが、ゲゼルの思想は1920年代と1930年代に広く支持され、アーヴィング・フィッシャージョン・メイナード・ケインズといった著名な経済学者にも影響を与えるほどになりました。フィッシャーは米国でゲゼルの思想を精力的に広め、ケインズは珍しく称賛を与え、ゲゼルを「不当に軽視された預言者」、その業績を「極めて独創的」と評しました[7]。第一次世界大戦後の混乱期に、ゲゼルは1年足らずで消滅した不運なバイエルン共和国の財務大臣に任命されました。1920年代には、ゲゼルの友人が発行したスタンプ紙幣「ワラ(Wära)」がドイツで流通しましたが、ドイツでも他の国と同様に、本格的に普及するには経済恐慌の後押しが必要でした。集団生活であれ個人の人生であれ、危機なしに本当の変革が起こることはめったにありません。

1931年、あるドイツの炭鉱経営者が、閉鎖していた炭鉱を再開するため、従業員にワラで賃金を支払うことを決めました。彼はまた、ワラを誰もが燃料として使える石炭と交換することに同意したため、地元の商人や卸売業者はワラを使うことを受け入れました。炭鉱町は繁栄し、その年のうちにドイツ全土で少なくとも1000の商店がワラを受け入れるようになり、銀行もワラ建ての預金を受け入れ始めました[8]。このことで、ワラは当局の目に留まりました。脅威を感じたドイツ政府は、裁判所でワラを違法と宣言させようとしましたが、それが失敗に終わると、緊急命令でワラを禁止しました[9]。

翌年、不況にあえぐオーストリアのヴェルグル市は、ゲゼルの理論とワラの成功に触発されて、独自のスタンプ紙幣を発行しました。ヴェルグルの通貨は、あらゆる面で大成功でした[10]。道路が舗装され、橋が建設され、滞納されていた税金が支払われました。失業率は急激に低下し、経済は繁栄し、近隣の町々の注目を集めました。世界中から市長や役人がヴェルグルを訪れるようになりましたが、ドイツと同じように、中央政府がヴェルグルの通貨を撤廃し、町は不況に逆戻りしました。

ワラとヴェルグルの通貨はいずれも月1%のデマレージを課していました。当時の記録では、これが通貨の流通速度の速さの要因とされていました。利息を生み出して増加するどころか、富の蓄積は重荷となりました。これは、遊牧する狩猟採集民にとって持ち物が重荷であるのと同じです。ゲゼルが理論化したように、損失を生む性質を持った貨幣は、価値の貯蔵手段として他の商品より好まれることがなくなりました。しかし、これらの通貨がもたらした活性化の効果がデマレージによるものであって、貨幣供給量の増加や、ヴェルグルの通貨のような地域通貨がもつ地域経済化の効果ではなかったと証明することは不可能です。

この頃に登場し、現在も使用されている別の通貨として、スイスの「WIR(ヴィア)」があります。この通貨は協同組合銀行によって発行され、加入者が支払い手段として受け入れるという相互合意によってのみ裏付けられています。ゲゼルの理論の支持者によって創設されたこの通貨は、当初はデマレージが課されていましたが、第二次世界大戦後の高成長期に廃止されました[11]。後述するように、非常に高い経済成長環境ではマイナス金利は必要ありません。今日、成長の時代が混沌とした結末を迎えようとする中、マイナス金利は再び魅力を増しています。

米国では、1930年代初頭に「緊急通貨」と呼ばれる多くの通貨が発行されました。銀行破綻の蔓延により国家通貨が消滅する中、市民や地方自治体は独自の通貨を作りました。結果はまちまちでした。ゲゼルの設計を取り入れたものはごくわずかで、週ごとや月ごとではなく、取引ごとに手数料を課していました[12]。これはデマレージとは逆の効果をもち、貯め込みではなく流通を罰します。しかし、1933年には少なくとも100の都市が独自の印紙通貨を発行する準備をしており、その多くはゲゼル式の正しい形でした[13]。さらに、アーヴィング・フィッシャーの支援を受けて、全国で10億ドルの印紙通貨を発行する法案が下院と上院の両方に提出されました。これと、提案された多くの州や地域の通貨は、週2%というはるかに高いデマレージ率を設定しており、事実上1年で通貨が自己消滅する仕組みになっていました。これはヴェルグル通貨や現代の提案とは全く異なるものですが、基本的な概念が真剣に検討されていたことを示しています。以下は、1933年のコスティガン・ラフォレット失業救済法案(S.5125)に対するバンクヘッド・ペッテンギル修正案からの抜粋です。

財務長官は、米国通貨を印紙付き通貨証書の形で刻印し、印刷させるものとする。当該証書は額面1ドルとし、発行額は10億ドルに限定される。当該証書は、裏面に印紙を貼付する欄を確保できる適切な大きさとする。…当該証書の表面には、概ね以下の文言を記載するものとする。「この証書は、公私を問わず、すべての債務および賦課金、関税、税金の支払いに1ドルの法定通貨として使用できる。ただし譲渡日には、裏面の日程に記載されている譲渡日以前のすべての日付の2セント印紙を貼付しなければならない。」

上院法案5125号は採決にかけられることなく、その1か月後、ルーズベルト大統領はニューディール政策を開始する際の大統領令によってすべての「緊急通貨」を禁止しました。ベルナルド・リエターによれば、彼がそうした理由は、地方通貨や州通貨が恐慌の終結に有効ではないからではなく、中央政府の権限が失われることを意味するからでした[14]。

今日、私たちは同じような危機の瀬戸際に立たされており、中央集権的な統制を強化することで旧世界を一時的に支えるか、統制を手放して新世界へと踏み出すかという、同様の選択を迫られています。誤解しないでください。自由通貨制度の影響は計り知れないほど深く、経済、社会、心理、そして精神といったあらゆる側面に及ぶでしょう。お金は私たちの文明を根本的に定義づけるものであり、お金の根本的な変化を伴わずに、真の文明の変革を達成できるなどと望むのは、あまりにも甘い考えです。


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注:
2. ケネディ、マーグリット。「利子とインフレのないお金」、セヴァ・インターナショナル、1995年、40ページ。
3. ザルレンガ、スティーブン。『失われたお金の科学』、ネバダ州。アメリカ金融協会。2002年、253ページ。
4. 印紙がなければ、実質的な価値は88セントになるでしょう。
5. ゲゼルの著作のうち英語に翻訳されているものはごくわずかです。彼の膨大なドイツ語の著作の中で、生態学的なテーマに触れている箇所があるかどうか、ぜひ知りたいところです。
6. ゲゼル、シルヴィオ。『自然的経済秩序』。第4章1節。
7. ケインズは、彼の古典的名著『雇用・利子および貨幣の一般理論』の第23章でゲゼルについて論じています。彼はゲゼルの論理は妥当だが不完全だとし、「問題の本質に迫れていない」と述べています。ゲゼルが他の形態の貨幣の流動性プレミアムを考慮していないという彼の主な批判については、後の節で取り上げます。
8. これは当時のニュース報道によるものです(例:コールセン「ワラ」)。
9. フィッシャー、アーヴィング。『スタンプ紙幣』、第4章。
10. 『貨幣の終焉と人類の未来』で、トーマス・グレコは、1934年の雑誌『集団経済年報』に掲載された3つの同時代の記述を引用しています。アレクサンダー・フォン・ムラルト著「ヴェルグルの減価貨幣実験」、M・クロード・ブルデ著「ヴェルグル実験に対するフランスの見解:新たな経済の聖地」、そしてミヒャエル・ウンターグッゲンベルガー著「ヴェルグル実験の最終結果」である。グレコは、この通貨の成功がデマレージによるものだという主張に異議を唱えています。
11. ヴュートリッヒ、「グローバリゼーションの代替案」。
12. チャンプ、「スタンプ紙幣」。
13. フィッシャー、『スタンプ・スクリップ』、第5章。
14. リエター、『マネー崩壊』pp. 156–160。

原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-12-negative-interest-economics/

翻訳メモ:
withhold:出し渋る。与えないでおく。
goods, commodity:goodsの訳は、経済用語では財ですが、一般的消費者の目には商品です。一方、commodityの訳は商品ですが、どちらかというと小麦や原油のように大量に取引される無個性な原料というイメージです。本書は経済学の本なので、財という言葉を主に使うようにします。
circulation of money:貨幣の流通。circulationは循環という意味がありますが、経済用語では「流通」で定着しています。
artificial scarcity:人為的希少性。scarcityを欠乏と訳すか悩みますが、経済用語なので希少性とします。


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