「お金」を「いのち」のために学ぶ(雑記)
今回もとりとめのない話です。
前回、こんなことを述べました
「いのち」のために学ぶところから始めるべきだろう
日本社会は飽食の時代と言われて久しく、それでもなおあき足らず「お金」のために学ぶ場面を多く見かけます。いい給与をもらうため、いい就職をするため、いい学校に行くため、偏差値を上げるための学びのイメージが日本社会全体に根付いています。
それが悪いというわけでは決してありません..ただ、学びの原点は「いのち」のためだったはずです。それがいつしか「お金」のためにへとすり替わるリスクが潜んでいるのではないかと思うのです。
「お金」を「いのち」のために学ぶ必要はあります。しかし逆ではない。「いのち」を「お金」のために学ぶのではありません。この順序が狂うと、例えば水俣病のような人災が起こるのではないでしょうか。
今回は「お金」の話です(結局ソッチか〜いっ!)
こんな本を手に取りました。

冒頭に結論があります。
コロナを機に、日本人は・・・
1.何があっても安心して中流でいられる人
2.雇用は守られるが売り上げ・収入が落ちて不安な人
3.一気に中流から落ちて(そもそも中流ではなくて)ものすごく不安な人
に、はっきりと分かれているという事実が、あらためて判明した。
格差が浮き彫りになったと三浦展は言います。
公務員/民間に勤める人、大企業に勤める人/中小企業に勤める人、正規雇用/非正規雇用、契約社員/派遣社員、サラリーマン/自営業、安定した所得/不安定な所得、十分な所得/十分ではない所得、安全な働き方/リスクのある働き方で枝分かれし、安心な人/不安な人/ものすごく不安な人、に分かれている、と。
ただ僕は、コロナ禍を過ぎても、格差を浮き彫りにする動きは止まらないかもしれないと感じています。いま、静かに始まっているインフレのためです。
気になるニュースがつづいています。
値上げの波が家計を直撃
相次ぐ値上げ 家計に「影響している」73%
この2月で、値上げは終わってくれるのでしょうか?
誰にその教育を届けたいのかにしれっとねじ込んでいました。
もしこの構造に強い経済変調がもたらされ(例えば米国インフレ→米国債下落→日本国債下落→日本インフレでも起こり)ようものなら、日本経済は混乱のさなかに格差拡大をさらに加速させるでしょう。
ここ数年、わりと本気で心配しています。
数年前に職場で、上司に伺ったりお金を扱っている部署に問い合わせたりもしました(完全にスルーされましたが)。
そんなものだから、わが身かわいさに単独で学びました。

インフレはここ四、五十年起こっていませんでした。現役世代にとって未経験の現象です。誰も対策をしたことがない。する必要がなかった。でもその経済混乱はやって来るかもしれない。
僕はいま「お金」を「いのち」のために学ぶ必要があると思っています。
