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🇹🇿タンザニア編11-1| 34時間、砂埃まみれ。世界一周三大悪路との闘い【教科書に載っていない世界一周】

ルワンダを離れタンザニアに入国。貧しいが居心地は悪くない国。しかし、そこに待ち受けたのは気の遠くなるような悪路だった。。。


(この記事は110ヶ国を訪問した筆者が、なかでも最も刺激的だった2001年からの13ヶ月にわたる世界一周を、現在の目線で振り返ったものです)

🌊 激流の向こうは別の世界だった

虐殺記念館の興奮も冷めぬまま、キガリで知り合った日本人旅行者と一緒に男女3人でミニバスでタンザニアとの国境までやってきた。2台乗り継いで10時間もかかった。

そこには茶色く濁った激流が轟音を立てながら流れていた。
滝のような勢いで流れ落ちるその川は、水量も多く見応え十分。橋を渡れば、そこはもうタンザニアだった。

入国審査では、係官は流暢な英語で話しかけてくる。
それまでいた🇷🇼ルワンダはフランス語圏だった。フランス語は勉強してきたものの、やはり英語の方がずっと楽である。
「やっと言葉が通じる国に戻ってきた!」
それだけで緊張が少し和らいだ。

しかも係官は愛想がよく、対応も丁寧。
国境はその国の玄関口であり、その印象は意外と大きい。この入国時点でぼくは、タンザニアという国に好感を抱いた。

🚕 道路のない世界へ

だが国境を越えてすぐに気づいた。
この国はウガンダやルワンダ以上の田舎。国境周辺には人影も少なく、定期バスも走っていなかった。

オンボロのタクシーをチャーターして3人で最寄りの村へ。車窓には赤茶けた大地がどこまでも続いていた。草木もまばらで、時折バオバブの巨木が姿を現す。爆弾でも落ちたかのように複雑に枝分かれしたそのバオバブの姿は、いかにもアフリカらしい風景だった。

舗装道路はほとんどない
雨が降ればぬかるみ、乾けば砂埃になる。わだちがそのまま道路だった。アフリカへ来て初めて実感した。道路を一本作るというのは、とてつもない技術と労力が必要なのだ。

最寄りの村に着いた。木造の粗末な商店が数軒並んでいるだけ。宿もベッドが置いてあるだけの簡素なものだ。

この村には電気がない
夜になると辺りは真っ暗になった。食堂にはロウソクが1本あるのみ。出てきたのは鶏肉のシチューとのことだったが、出された料理が見えないため、ほとんど食欲が湧かなかった。ところが同行の2人は平然と食べ続け、おかわりまでしていた。同じ日本人なのに彼らは逞しい。こんな食事なのになぜそんなに食欲が湧くのか、ぼくには不思議だった。

不思議な形をしたバオバブの木

🚌 一日一便のバスに乗る

翌朝はまだ暗いうちに起床。
バスは4時発だったからだ。しかも一日一便しかない。乗り遅れたらもう一日ここで過ごすことになる。眠い目をこすりながら乗り込んだバスは、赤土の大地をひたすら進んでいく。

昼頃、視界が突然開けた。
世界第二の淡水湖ビクトリア湖だ。数日前にウガンダ側からも見ていたが、こちらの方がはるかに雄大だった。湖面は青く輝き、湖というより海だった。

周辺には巨大な丸い岩が不思議な形で積み重なっている。南インドのハンピーやグレートジンバブエのような巨石地形がここにもあった。巨大な岩と青い湖が織りなす景観は美しく、世界でもなかなか見かけない独特な景観だった。

ビクトリア湖南岸より

⛴️ 湖畔に広がる第二の都市ムワンザ

バスはフェリーでビクトリア湖を横断し、タンザニア第二の都市ムワンザへ到着した。

湖畔に広がる風光明媚な町。
ただし「第二の都市」と聞いて想像するような都会ではない。日本なら村と言った方が近い。

道路沿いに商店が並び、人々が行き交う。
活気はあるが素朴だ。それでも当時の私にとってありがたかったのがネットカフェだ。たった一軒だが、今のようにスマホもWi-Fiもない時代、旅行者にとってネットカフェは外界との貴重な接点だったのだ。

💨 この旅三大悪路との戦い

ムワンザからは、ケニア国境近くの町アルーシャを目指した。

国境以来、アルーシャまで距離にして約1000km。この区間は、今回の世界一周旅行でも指折りの難所だった。

  • 初日 10時間

  • 二日目14時間

  • 三日目10時間

合計34時間。東京から鹿児島までに匹敵するこの距離のほとんどが未舗装路、つまり砂利道だった。

車体は常に激しく揺れ続ける。
それもビッグサンダーマウンテンに乗り続けるような激しい揺れ。それを三日間。窓から吹き込む砂埃で顔も首も真っ茶色になった。服も荷物も砂だらけ。毎晩、途中の村にある粗末な宿へ泊まり、翌朝またバスへ乗る。その繰り返し。

今振り返っても、この区間は世界一周の「三大悪路」の一つだったように思う。一つはチベットから🇳🇵ネパールにかけての国境越え。もう一つは半年後に🇵🇰パキスタンで経験することになる。

⛰️ キリマンジャロは雲の向こう

激しい三日間の激闘の末、ようやくアルーシャへ到着。
ここはアフリカ最高峰キリマンジャロ⛰️への玄関口として知られている。少し期待していたのだが、残念ながら山頂は厚い雲に覆われていた。見えたのは山麓だけ。

もっとも、ぼくはさほど落胆しなかった。
キリマンジャロよりも、
ようやく砂利道が終わった
という安堵の方が大きかったからだ。

タンザニアは不思議な国だった。
舗装道路は少なく、電気のない村も珍しくない。これまで訪れたアフリカ諸国の中でも、生活水準は最も低かったように思う。

それでも人々は穏やかで、旅人にも親切だった。
GDPやインフラでは測れない、国の居心地というものがある。私は少しだけ、この国を好きになっていたような気がする。

数日後、首都ダルエスサラームで事件に巻き込まれるまでは。(続く)


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