【教科書に載っていない世界一周】2-3〜歩いて学んだ世界経済〜中国東部(蘇州〜杭州編)
🏯 マルコポーロも訪れた蘇州
上海からバスに4時間揺られて着いたのは「東洋のベニス」と呼ばれる水の都・蘇州(そしゅう)。
かつてマルコポーロがその美しさを絶賛。明代(みんだい約500年前)には人口100万人を超える世界屈指の大都市。
町を歩き、塔に登り、渡し舟にも乗ってみた。しかし…残念ながら、あまり魅力を感じられず早々に次の町へ行くことを決意。
向かったのは杭州(こうしゅう)。移動手段として選んだのは1400年前・隋(ずい)の時代に作られた大運河を行く寝台船だった。(現在は単なる小さな川と化している)

🚢 想定外の船旅
「とりあえず一番安いチケットにしよう」
と何も考えずに購入。ところが、乗船した瞬間に後悔した。
漁船を少し大きくした程度の小船で、客室はたった3畳。そこに現地客3人と押し込まれた。錆びついた二段ベッド二台と、小さな扇風機が1つだけの蒸し風呂状態。
引き返す間もなく船は蘇州を出発。隣室からの大音量のラジカセと話し声が一晩中響き渡り、一睡もできないまま杭州で朝を迎えた。。。
耳栓を持ってきた自分を心から褒めた。船内の外国人は僕ひとり。この経験で、押し込められたボートピープルの暮らしが少しだけ理解できた気がした。
🌸 『世界で最も美しい街』杭州
マルコポーロが「世界で最も美しく華やかな街」と称した杭州。700年前には南宋の都として栄え、人口は100万人近くにのぼったという。
なかでも有名な西湖(さいこ)のほとりに広がるのはまるで上野公園のような、それを何倍にも拡大したようなのどかな景観。
とはいえ、中国の街並みはどこも似たり寄ったり。その素晴らしさは、正直僕にはあまりわからなかった。。。

🚌 衝撃!中国式バスの時間厳守
だが、ここで面白い発見があった!
「中国人は時間にルーズ」という先入観をくつがえす衝撃的な出来事だった。
ある現地の1日観光ツアーに参加した。
自由行動の前に、車掌が
「時間通りに出発するので、定刻までに戻ってきて下さいね」
とサラッとアナウンスした(ような気がする)。
その後、観光を終えてバスに戻ってくると、バスは紛れもなく定刻通りに出発した!
ところが車内を見渡すと、ちらほら空席が。。。
ツアーバスなのに人数確認することなく出発したのだ。
ツアー客の半分以上を占める中国人は既に着席。外国人参加者の何人かは、中国人の時間感覚を甘くみていた。
出発直後、ふとバスの後ろを眺めると、ある白人女性が必死に走って追いかけてきている。数分の差で集合に遅れ、置き去りにされたようだ。運よく信号待ちのバスに追いつき、飛び乗ってきた彼女の鬼のような形相は今でも忘れられない。。。
中国では、このように定刻通りにバスが発車するシーンに頻繁に遭遇した。無慈悲なようだが、おかげで時間通りの運行ができているようだ。中国では、「遅れた人は自己責任」「払い戻しもなし」というルールが徹底していた。この国では皆、5分前集合が当たり前になっていた。
日本のように「お客様は神様」という文化は世界では非常に稀だ。ほとんどの国では「店主が神様」、バスでは「運転手が神様」なのだ。どこの国でも乗客は運転手の顔色をうかがっており自分もそれに慣れることになる。
ここでは日本の常識は、世界の非常識なのだ。
⛰ 世界トップクラスの景勝地・黄山
「中国で一番オススメの観光地は?」
現地の人に聞くと、決まって同じ答えが返ってきた。「黄山(ホワンシャン)だ。ここだけは絶対に行け!」
杭州からバスで約7時間。
それまで名前も聞いたことがなく、正直あまり乗り気ではなかった。
ところが着いてみると…とてつもない大正解だった。
山とはいえ標高は2000m弱とそれほど高くない。しかし、いったん山頂に登って見下ろすと、わたのような雲海が広がり、切り立った絶壁が足元に迫る。命知らずのロッククライマーでさえ息をのむような、足のすくむ光景。
それが、どんな観光客でも安全に歩ける登山道から見られるのだ。杖をついた80歳のおばあちゃんまで普通に登っていた。こんなすごい景勝地は日本にもないし、世界でも稀だった!

🛠 中国の国力を感じた瞬間
黄山を登りながら思ったのは
「この登山道、どうやって作ったんだ?」
という場所ばかりだったこと。
高さ30mはあろう大岩を真っ二つに切り裂いたところに階段が。。
登れそうにない崖も迂回路を作り、一段ずつ手作りの階段に。。
幅はバラバラだが、人力でコツコツ作られたような階段。。。
道の脇には掃除係が常にいて、ゴミはどこに行っても落ちていない。自然を損なわず、延々と続くこの遊歩道を見ると膨大な人口=無尽蔵の労働力こそ中国の国力の源だと実感した。
🗽 NYテロ事件では中国も大騒ぎ
2001年9月12日。
普段はホテルのテレビをほとんどつけない僕だが、この朝はどういうわけか「久しぶりにTVを見よう」と思った。阪神淡路大震災の朝、海外で偶然TVをつけて地震を知った時の記憶がふと蘇ったからだ。
すると画面には炎上するビル。NYの世界貿易センタービル(WTC)だった。
アナウンサーの表情から、これは映画ではないとすぐにわかったが、中国語のため詳細は聞き取れず。。。
街へ出ると、新聞の一面はどれも煙を上げるWTCの写真。そして10日後には、その映像がなんとDVDになって街角で売られていた。さすが商魂たくましい国だ。
💥 遠く中国から見た事件
事件の前から、タリバンやビンラディンについてはひと通り調べていたので「犯人はおそらく…」と予想がついた。数日後、その通りだと報じられた。
中国から傍観していると、これは「テロ」というよりもアメリカ政府と一部イスラム勢力の闘争に見えた。善悪ではなく、「両者の争いに一般のアメリカ国民が巻き込まれた」そんな印象だった。
📩 日本からのメールと、旅を続ける決断
事件直後、日本の家族や友人からメールが次々届いた。
「危ないから日本に帰ってきて」
しかし考えてみれば…
危機管理に甘い日本よりも国家統制が行き届き治安の良い中国の方が安全なのではないか。しかも中国はアメリカの同盟国ではないので、テロの標的になる可能性も低い。
「日本にいるあなたこそ気をつけて!中国よりも日本の方が危ないよ」
と返信を送り、旅を続けることにした。この事件のせいで後にルートは大きく変更を迫られるのだが、この時点ではまだ知る由もなかった。
9/7 9上海:夜行列車22時間
9/9 10蘇州:高速バス4時間
9/10 11抗州:夜行客船12時間
9/12 12黄山:ローカルバス7時間

