🇰🇷韓国編1-1| 「海の向こう」で日本を感じた【教科書に載っていない世界一周】
(この記事はこれまで110ヶ国を訪問した筆者が、そのなかで最も刺激的だった2001年からの13ヶ月にわたる世界一周🌏を、現在の目線で振り返ったものです)
🇰🇷 韓国ってどんな国?
日本から一番近い外国―それが大韓民国(韓国)だ。
国土は日本の4分の1、現在の人口は日本の半分弱の5,200万人。
ニュースやイメージだけではわからない、本当の韓国。
それを知るには、自分の目で見て、歩くしかない。この旅はそんな韓国から始まった。
🚢 韓国プサンに到着し、孤独を味わう
フェリーで海を越え、最初に渡った釜山(プサン)は当時人口380万人。2025年現在は更に50万人も減少している。ソウルに次ぐ「第2の都市」だ。
コンテナ取扱量世界5位(23年)の釜山港は輸出大国である韓国の「物流の心臓部」だ。
だだ、その町は、予想とはかなり違っていた。
山の斜面にへばりついたような、坂だらけの街並み(長崎に似ている)。港は広いのに人通りが少なくて静か。看板はぜんぶハングル文字!英語も日本語もほとんど通じない。
「なんか寂しいな。。。」
旅の初日は、にぎやかなスタートになると思っていた。
だけど港の周りを見渡しても旅行者は全くいない。現地の商人やビジネスマンのような人しかいないのだ。旅人としての孤独感は、想像以上に強かった。
🛏 クーラーなしで蚊が舞う“昭和感のある宿”
最初は節約しなくてはと、安い宿に泊まった。 部屋は何となく80年代の日本の民家というような雰囲気の、ベットだけの質素な部屋。
蚊はぶんぶん飛んでくる。クーラーはない(でも外は真夏の暑さ)。室内には扇風機だけ。そんな部屋なので、夜なのに暑くてTシャツは汗でびしょ濡れになった。
「クーラーって日本では当たり前だけど、世界では違うんだ」
この日から1年間、世界各地でそれを実感することになる。
🍲 韓国料理で復活
翌日、気持ちを切り替えて、サムゲタンを食べに行った。 鶏をやわらかく煮込んだスープで、栄養たっぷりな薬膳料理。
さらに、よもぎサウナ&アカスリにもチャレンジ! 身体がホカホカして、気分もスッキリした。その夜はオンドルという韓国式の部屋に宿泊。床に布団を敷くスタイルで日本にいるみたいで居心地が良かった。
🏯 慶州(キョンジュ)は日本の田舎町のようだった
バスで向かった次の町は「慶州」。人口20万人くらいの街で、かつて「新羅(しらぎ)」という国の首都だった都市。街の至るところに古墳がいっぱいある世界遺産都市だ(冒頭の写真)。
韓国は昔から日本と深い関わりを持っている身近な国。お寺や漢字文化、仏教や儒教も、実はお互いに影響を与え合ってきた。ここで驚いたのは景色だ。「ここは、新潟か群馬なのでは!?」と思うほど山も田んぼも、セミの鳴き声まで、まるで日本の田舎そっくりなのだ!
世界遺産のお寺(仏国寺)も見た。色は日本よりカラフルだったが、建物の感じや空気感はやっぱり似ていた。

🌏 つながってる世界は飛行機ではわからない
韓国と日本は「近くて遠い国」とよく言われる。 実際、言葉も文化も違う部分もあるが、一方で、布団で寝る文化、田んぼとセミが鳴いてる夏の風景、日本人の口に合う料理(韓国は世界でもかなり美味しい方だと感じる)など、共通する部分も多い。
旅をして、目で見て肌で感じると「世界はつながってるんだ」って思えることができた。それは、飛行機では気づけなかったかもしれない。今回のぼくの旅は、なるべく「陸路」でまわることを心がけた旅。海は船か飛行機で越えることになるが、道のある先はバスが鉄道などで移動する。そうすると、世界が連続したものであることが見えてくるのだ!
世界一周というと壮大なものというイメージがあるけが、実は「隣町へ行く」っていう行為の連続に過ぎない、ぼくはそう思っている。
✈️【つづく】次回は北朝鮮が見える場所へ――!?
次の目的地は、北朝鮮との国境へ。
今でも戦争の終わっていない国の“境界線”を見にいった。そこには日本からは思いもしなかったような景色が。
次回もお楽しみに!
🧳【今回のルート】
* 8/23:富山 → 福岡 (電車4本・6時間)
* 8/25:福岡 → ①プサン (フェリー3時間)
* 8/27:プサン → ②慶州 (高速バス2時間)
慶州 → ③ソウル (高速バス5時間)
* 8/29:ソウル → ④仁川 (電車1時間)
→ 中国・大連へ (フェリー)

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