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【教科書に載っていない世界一周】〜4-8🇮🇳インド最終回:日本のパスポートが突然通用しなくなった日(後編)


(この記事はこれまで110ヶ国を訪問した筆者が、2001年からの13ヶ月にわたる世界一周🌏を、現在の目線で振り返ったものです)

今回は、以下の前編の続きになります。

😵‍💫茫然自失で倒れる

本当にインドを出国できるのか。できるならいつ飛べるのか。それすら分からない。旅は、完全に暗礁に乗り上げた

空港を出ると朝日が昇り始めていた。今朝まで滞在していたビーチへ再び戻り、空いている宿を探したが、なかなか見つからない。気落ちしているなか、南インドの炎天下で探し回ったせいか、熱中症になったようだ。頭痛と吐き気に襲われ、ようやく見つけた宿のベッドに倒れ込んだ。

滞在したコバーラムビーチ

🇳🇬10年前のナイジェリア

「出国拒否」は実は初めてではない。多くの国を旅すると時々起こる。日本発着便で発生することはまずない。発生するのは第三国間の空路だ。

さかのぼること10年前、西アフリカ・ナイジェリアでも、出国を拒否され、揉めている間に、帰国できなくなってしまった。その時も出国スタンプを押してもらったあと。航空会社スタッフの勘違いで、予定していたフライトに乗らせてもらえなかったその後3ヶ月間は全く予約が入らない状況。先進国のように補償してもらえることなどなく、本当に帰国できない事態に陥った。日本大使館も協力してくれ、あらゆる可能性を試みたが無駄だった。最終的には、たまたまのツテを辿り、地元の有力者に頭を下げて、特別ルートで帰国することができたが、普通はどうすることもできない状態。その有力者が航空会社(エジプト航空)のCEOと知り合いだったことが幸いしたのだ。

旅先が増えれば、トラブルも比例して増える。そして新興国ほどルールは通用しなくなり、(有力者との)コネが力を持つようになる。それが旅の現実なのだ。

エジプト経由で向かったナイジェリア

🔓嫌疑が晴れる

今回はインドだった。アフリカと比べると、(詐欺はあっても)治安はよく、美味しい食べ物もある。しかし「自分が日本人であること」を証明できないことで、旅人としての自信は失われていった。

翌々日、再び空港へ行き、出国審査の事務所の扉を開けると
「例の件か。大使館での確認は取れた
もう問題はない。君はもう出国して構わない
とあっさり出国を認めてくれた。謝罪などはなかった。

📂係官が教えてくれた“真相”

このあと、親しくなった係官から「出国を拒否」された背景を詳しく聞くことができた。それは次のようなものだった。

① 偽造日本パスポート事件
ちょうど3か月前、この空港で集団密航事件が発生していた。なんと偽造された日本のパスポートを使い、20人もの密航者が”日本人”として渡航を試みたことが発覚。それ以来、日本人への審査が極端に厳しくなっていた。日本では報道されていない大きなニュースだった。

② 入国スタンプの不鮮明さ
ネパールから入国した際のスタンプのインクが薄く、しかもマイナーな北インドの田舎国境のスタンプだったため、係官が見慣れておらず、スタンプの見分けがつかなかった。

③ 中央アジア諸国のビザ
ぼくのパスポートにあったウズベキスタン、キルギスタンのビザが引っかかった模様。NY同時多発テロの直後であり、多くの国はイスラム原理主義者に警戒を募らせていた。ウズベキスタン、キルギスタンは無関係だが、ヒンドゥー教徒の彼らにはアフガニスタンやパキスタンとの区別がつかないようだった。

テロリスト疑惑
当時のぼくは、髪も伸び、アレルギーで顔もただれ、少し日本人らしくない風貌。彼らが見慣れた小綺麗な日本人旅行者とは異なり、「素性の分からない東洋人」に見えたらしい。彼らは、ぼくをテロリストの可能性がある人物として見ていた。

🎓学んだこと

今回の「出国拒否」は、ある意味では不可抗力だった。ほとんどが向こうの事情によるものである。しかし本当に、避ける方法はなかったのだろうか。そう考え、自分の行動を振り返ってみた。

出入国審査では、係官の心象が想像以上に重要だ。無愛想な係官にへりくだって愛想を振りまくことには、正直なところ抵抗があった。しかし彼らは国境に立つ「絶対的な権力者」でもある。出入国の可否は、法令だけでなく、彼らが抱く印象に左右される部分も決して小さくない。

もし最初から笑顔でより柔らかく接していたなら、余計な疑いを持たれることはなかったかもしれない。そう考えるようになった。それ以来、旅人の運命を握る出入国官には、意識して丁寧に愛想よく接するようにしている。そのおかげか、その後この手のトラブルに巻き込まれることは、減ったように感じている。

🧭旅の哲学

この経験で、ひとつ確信したことがある。
旅というものは、計画通りに進むものではない。むしろその逆で、旅人は常に、国家や社会環境、そして偶然の上に立たされている存在なのだ。

パスポートは万能ではない
フライトチケットを持っていても、必ず乗れるとは限らない。
正しさも、常識も、国境を越えればいとも簡単に崩れてしまう。

このあとも、僕の旅は何度も止められることになる。
空港で、国境で、警察で、街角で。
そのたびに、同じことを考える。

多くのことが計画通りになる日本とは違い、
世の中は自分の思い通りにはならない」という現実を、
何度も学び直す行為、それが旅なのかもしれない。

そして、この“学び”は、ここで終わりではなかった
その後も僕を待っていたのは、楽しく有意義な経験と同時に、別の顔をした日本ではあまり体験することのない「世界の理不尽さ」だった。

次章へ続く。次は中東編です。

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