【各国の本質③🇴🇲オマーン】地理・宗教・石油がつくった穏健国家
なぜオマーンは中東でほとんど敵をつくらないのか?
中東と聞くと、豊富な石油、急速な経済成長、宗派対立、そして緊張した外交関係を思い浮かべる人が多いだろう。その中で、静かに存在し続けている国がある。それがオマーンだ。
派手な超高層ビルはなく、世界を驚かせる巨大プロジェクトも少ない。それでもこの国は、周囲が揺れる中で安定を保ち、米国ともイランとも関係を維持し、しばしば仲介役を務めてきた。なぜそんなことが可能なのか。その答えは、「地理」「宗教」「石油」という三つの条件の組み合わせにある。

① ⛰️山が多く農地が少なかった
オマーンの国土は山岳が多く、耕地は限られている。大河もなく、大規模農業には向かない。つまり、内陸だけでは十分に豊かになれない環境だった。
その結果、人々は早い段階で海へ向かった。オマーンはペルシャ湾の入口であるホルムズ海峡と、インド洋に面している。ここは古くから交易の要衝だった。農業国家ではなく、交易国家として生きる道を選んだのは、地理的に自然な流れだった。
17世紀以降、オマーンはポルトガル勢力を追い出し、自前の海軍を持ち、東アフリカのザンジバル(現在のタンザニア)まで進出した。中東の国としては珍しく「外へ進出した経験」を持つ国なのである。
② 🕌イバード派という宗教
オマーンのもう一つの特徴は、イスラム教のなかでも少数派のイバード派が多数を占めていることだ。イバード派は、スンニ派やシーア派の対立とは距離を置き、合議や妥協を重視する傾向がある。
もちろん宗教だけで国家の性格が決まるわけではない。しかし、交易で成り立つ社会にとって、過度な排他性は不利になる。異文化と接触し、取引を続けるには、一定の寛容さが必要だ。海洋交易の歴史とイバード派の性格は、互いに相性が良かった。
この組み合わせが、現在の「穏健で中立的な外交」の基礎になっている。オマーンは大国のどちらか一方に強く依存するのではなく、複数の国と関係を保つバランス型の外交を展開している。
③ 🛢石油が多すぎなかった
湾岸諸国の多くは、莫大な石油収入によって急速に発展した。しかしオマーンの石油埋蔵量は、サウジアラビアやUAEほど大きくない。しかも商業生産の開始は1960年代後半と20年くらい遅かった。
これは一見不利に思えるが、結果として国家の性格を安定させた。資源が極端に豊富な国では、急激な都市化や補助金政策によって社会構造が急変することがある。オマーンにはそこまでの余裕がなかったため、段階的な近代化を進めるしかなかった。
つまり、石油が「少なすぎず、多すぎなかった」ことが、過度な依存や急激な変化を避ける要因になったのだ。
⚖️結論:地理・宗教・資源がつくった国家設計
オマーンの本質は、三つの条件が重なった結果として理解できる。
・⛰️山岳地形と少ない農地 → 海洋交易国家へ
・🕌交易経験とイバード派 → 寛容で調整型の社会
・🛢中規模の石油 → 急激な変革を回避
この因果関係が積み重なり、現在の「穏健で安定した国」が形成された。
オマーンは、湾岸で最も豊かな国でも、最も強い国でもない。しかし、地理的制約を受け入れ、宗教的特徴と交易の歴史を活かし、資源の限界を前提に国家を運営してきた。その結果として、目立たないが安定したポジションを確立している。
中東を理解するうえでは、派手な成功例や失敗例だけでなく、「バランスを取り続けた国」に注目することは重要だ。オマーンは、その代表的な例である。
(もしこの記事のどこか一行でも、「なるほど」「考えさせられた」と感じたら、「いいね❤️」を押してもらえると励みになります)
興味があれば以下もどうぞ↓

