🇦🇪UAE編7-1| スイートルームから安宿へ—中東のホテルはなぜここまで豪華なのか【教科書に載っていない世界一周】
今回は以下を中心にお伝えします。
・🇦🇪UAE7首長国の筆頭アブダビとはどんな国か
・🏨中東のホテルではいかに贅沢なサービスが提供されているか
・🏢VIP待遇を受けていた会社を辞めたことに後悔はなかったこと
(この記事はこれまで110ヶ国を訪問した筆者が、2001年からの13ヶ月にわたる世界一周🌏を、現在の目線で振り返ったものです)
🏙️ドバイの裏にある“UAEの親分”アブダビ
小綺麗な田舎町マスカットを飛び立ったガルフ航空は、わずか1時間でアブダビに到着した。だが、その1時間で見える景色はがらりと変わった。
そこにあるのは大都会の高層ビル群。鏡張りのタワーが太陽光を反射し、碁盤の目のような街路には整然と車が並ぶ。
「陽光ふり注ぐ南国の大手町」
そんな表現がぴったりの街だ。
🛢️砂漠から生まれた連邦国家
アラブ首長国連邦(UAE)は、1971年に旧イギリス保護領だった7つの王国が集まって作られた連邦国家だ。アラビア半島の先端、ペルシャ湾に面し、国土の大半は砂漠。
転機は1958年。商業規模の石油が発見されたことだった。それまで真珠採取や小規模交易に依存していたこの地域は、石油収入によって急速に都市化。オアシスを中心に道路が整備され、港が整い、近代的な都市が築かれていった。その中心にあるのが、アブダビとドバイだ。
🏛️“陽光のビジネス街”アブダビ
首都アブダビは半島の先端にある。青いペルシャ湾にそびえる摩天楼は、ニューヨークやシンガポール、パナマと同じように美しい。
高層ビルが密集するビジネス街には、スーツ姿のビジネスマンが行き交う。観光都市ドバイのようなブランドショップやテーマパーク的な派手さは全くない。
だが、この街には別の側面がある。面積はUAE全体の約85%。国内石油の大部分を抱え、人口は約300万人。そしてUAEの大統領は、代々アブダビの首長が務めている。つまり、UAEの政治と資源の中心はここアブダビなのだ。
💼営業部門のドバイと財務本部のアブダビ
ドバイが世界に向けて華やかな都市像を発信する「営業部門」だとすれば、アブダビはその「持株会社+財務本部」のような存在といわれている。
2009年に世界金融危機の影響でドバイが債務問題に直面したときも、支えたのはアブダビだった。
豊富な石油収入を背景に、アブダビは世界最大級の政府系ファンドを通じて、世界中に資本を分散投資している。不動産、株式、インフラ、その投資先は世界中に散らばる。
石油を掘って終わりではない。石油を“資本”に変え、国の収益資産へと転換している。だからUAEは安定している。アブダビは“中東の大手町”であると同時に、UAEという国の心臓部だった。

☕湾岸の豪華なホテルサービス
少し脇道にそれる。
世界一周に出るずっと前、会社員だった私は、中東を担当していた時期がある。その際、いくつかの5つ星ホテルに宿泊する機会があった。そのなかでも、今でも忘れられないのがクウェートのシェラトンホテル(王族がフランチャイズとして経営)だった。
どれほど凄かったか。
そこは宿泊者の国籍を事前に調べ、その国から当日の新聞のコピーを取り寄せてくれていた。ぼくの場合も、その日の日本経済新聞のコピーが、机の上にそっと置かれていた。タブレットなど無い当時、とてもありがたかった。
それだけではない。リラックスできるようバスローブに加え、日本人には特別に「浴衣」までもが部屋に用意されていた。
湾岸戦争の数年後であったにもかかわらず、破壊されたホテルとは思えないほど、館内はまばゆいほどピカピカに再建され、設備も申し分ない。クウェートの財力を思い知らされる。各部屋には泡の出るジャグジー。テーブルには山のようにフルーツとお菓子が並び、「ご自由にどうぞ(無料)」のカードが添えられていた。
極めつけはモーニングコール。前日に頼んでおくと、翌朝その時間になると、ボーイがドアをノックしてくれる。
「これが当ホテルのモーニングコールです!」
そう言って、コーヒーとクッキーを運んできてくれるのだ。電話のベルではなく銀のトレイがやってくる。
こんなサービスが含まれているのに一泊$200程度だった(1990年代)。
🏨中東ホテルの“過剰サービス”の理由
中東の多くの都市は観光地というよりビジネス拠点だ。顧客の中心は、出張で何度も訪れるビジネスマン。一度満足すれば、何度も戻ってくる。
だからホテルは、リピーター獲得のためにサービスを競い合う。それが、あの“嬉しい過剰サービス”の背景だった。
毎月のようにアブダビへ出張していたぼくが当時泊まっていたホテルも、数回宿泊しただけで自動的にアップグレードされ、いつの間にか部屋は2部屋もあるスイートルームに変わっていた。チェックアウトの際には高級万年筆のお土産まであった。
空港に降り立てば、映画で見るような"細長い黒塗りのベンツ"が自分一人のために迎えに来る。車内ではお絞りとシャンパン(イスラム圏なのでノンアル!)まで準備され、ほろ酔い気分でホテルに到着。
いま思えば別世界のような、分不相応なよい時代だった。

🎒今はただの安宿旅行者
かつてのぼくにとって、アブダビは“庭”だった。なので今でも地理には詳しい。だが、会社を辞めて無収入の旅人となった今となっては、知っているどのレストランも値段が高くて入れず、シャンデリアのまぶしすぎる高級ホテルも高すぎて泊まることはできなかった。
安宿など見当たらないアブダビを、着いたその日のうちに後にし、乗合タクシーでドバイへ向かった。
スイートルームから安宿へ。新しいものを手に入れるためには、手放さなければならないものもある。日本を離れて4ヶ月目のぼくに後悔はない。
(トップ写真はアブダビ市街地の遠景)
12/12 56アブダビ: マスカットより飛行機1時間
57ドバイ: 乗合タクシー2時間
12/20 ナイロビ(ケニア)へ
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