会社を「丸ごと」買うか、「いいとこ取り」で買うか
M&Aをやっていると、よく聞かれます。「株式譲渡と事業譲渡、どっちがいいんですか」と。 私はどちらも、たくさんやってきました。そのうえでの結論は、身も蓋もないですが、ケースバイケースです。 ただ、それで終わると教科書なので、その「ケースバイケース」の中身と、最後に、いちばん大事だと思っていることを書きます。
【まず、何が違うのか】
ざっくり言えば、こうです。 株式譲渡は、会社を「丸ごと」買う。事業譲渡は、「いいとこ取り」で買う。 株式譲渡は、株を買うので、会社はそのまま。資産も、契約も、社員も、許認可も、基本そのまま引き継げる。代わりに、借金も、簿外債務も、過去のトラブルも、まるごとついてくる。 (別の記事で横領の話を書きましたが、株式譲渡というのは、その会社の過去ごと引き受ける、ということでもあります) 事業譲渡は、欲しい資産や事業だけを選んで買える。いらない負債やリスクは置いていける。代わりに、許認可は原則引き継げず取り直し。契約は相手の同意を得て巻き直し。社員も転籍の同意がいるし、消費税もかかる。 安全に見えて、手間と時間というコストを払う、ということです。
【私が見ている判断軸】
どちらにするかは、いくつかの軸の総合判断です。私が見ているのは、だいたいこのあたり。 ・譲渡後の純資産(最終的に、何が手元に残るか) ・任せられる社長候補がいるか(現体制ごと残すのか、自前の人を入れるのか) ・許認可や、譲渡前の契約を引き継げるか(CoC条項=チェンジ・オブ・コントロール。株主が変わると、取引先が契約を見直し・解除できる、という条項の有無も含めて) ・組織風土、社内規定、給与体系の違い(丸ごと引き継ぐのか、自社に合わせて巻き取るのか) これらを並べて、総合で決めます。一つの軸だけでは、決まりません。
【売り手と買い手で、望みは逆になりがち】
ややこしいのは、売り手と買い手で、望むスキームが逆になりやすいこと。 売り手は、株式譲渡で丸ごと手放したいことが多い。事業譲渡だと、会社の“抜け殻”が残るし、手続きも煩雑だから。 買い手は、リスクを避けて、欲しいところだけ取りたいことが多い。 だから、スキーム選びそのものが、最初の交渉になります。
【いちばん大事なこと】
ここまで書いておいてなんですが、私が本当に大事だと思っているのは、「どっちが正解か」ではありません。 両方の選択肢を持って、交渉に臨めるか。これです。 先方の希望は、あくまで希望です。「株式譲渡で」と言われても、その奥には、たいてい本当の意図がある。連帯保証を外したい、社員の雇用を守りたい、税の負担を抑えたい——希望の言葉の下には、必ず理由がある。 その意図を汲んで、別のスキームでも同じ目的をカバーできる提案ができれば、契約形態は、ひっくり返すこともできます。 だから私は、最初から手札を一つに絞らない。 「株式か、事業か」を当てにいくゲームじゃなくて、相手の本当の望みを、どの形なら一番きれいに叶えられるか。そういう作業だと思っています。
正解は、ケースバイケース。 でも、両方の手札を持っているかどうかで、たどり着ける答えの数が、変わります。
