思考じゃなく、身体が気づいた護摩行【退職後81日目】
こんにちは。
フリーランス教師・コミュニケーションデザイナーのたかまどです。
働き方の自由、時間の余白、その先に…
先月、メンター直樹さんからお出かけを提案された。
行き先は「お寺」。それだけ。
いや、以前のセッションで話があったんだけど、抜けている💦
直樹さんが行くところには着いていく(笑)
(直樹さんについては、この記事をお読みください)
※以下、宗教的な内容も含まれます。
決して布教ではなく、一人の人間の体験談であることをご確認の上、
読み進めくださいませ。
🌿お寺に到着。お詣りだけじゃない?!
6月だというのに、この日も猛暑。
昼過ぎ。一日で一番暑い時間。
お寺に着くと、ここだけ空気感が違う。
心地よい風が吹き抜ける。「涼しい」
護摩札?
待つ?…うん?
今日は「護摩行」を体験する。
←きっと以前聞いている。忘れている。(2回目)
護摩行(ごまぎょう)とは?
現世での祈願成就を目指して祈りを捧げるという密教の修法。
護摩行またはお火焚きとは燃え上がる炎の前で全身全霊願いを込めて唱える煩悩を炎と一緒に焼き尽くす修行
とりあえず緊張しながら、直樹さんについてく。
なんと…以前に家族でお参りしたときに、とてもよかったそう。
さらに、その後第二子を授かったとのこと。
だから、「たかまどちゃんもつれてきたかった」と。
それだけで、もう十分尊い流れ。
だけど、そこで体験した“護摩行”が、
私の中の【設定】にまでアクセスしてくるとは思わなかった。
🌿炎の前で、身体が語り出したこと
お寺の本堂に入ると、厳かな空気。
個人的には
結構近い隣にずっと憧れだった直樹さんが座っているのかと思うと
ドキドキが止まらない(笑)
…あっ。これが煩悩。
僧侶登場。
リンが鳴る。太鼓が鳴る。
参加者同時にお念仏を唱え始める!!!
最初は集中していたけれど、途中でふらふら…
意識が飛びそうになる。
それでも、なんとか踏ん張っていた――
目の前には、燃えさかる護摩の炎。
僧侶が4人でお経をあげ、願いが書かれた護摩木が次々に燃やされていく。
私と直樹さんもその中にいた。

急に、喉が痛くなった。
え?なにこれ。
まるで、誰かに「そこ!」って指を差されたみたいに、
ピンポイントで痛い。
🔄「設定変更」は、身体からのアクセスもある
猛暑の中だから、熱中症??
喉が渇いただけ??
いや、この痛みはなんか違う。
甲状腺か??
(私は軽度の甲状腺疾患あり)
不思議なのは、護摩行が終わった後。
すっきり、痛みが消えていた。
☕メンターとの時間がくれた、もう一つの設定変更
護摩行のあとも、直樹さんと境内で余韻を味わう。
私の不思議体験ももちろんシェア。
直樹さんは言う。
「甲状腺のこともだけど、心にしまってある言えていないことが
反応したのかな。好転反応だね。」と。
「声に出すこと」「伝えること」に対するブロック。
そうか。
喉=言葉=表現=発信。
私の中にあった言葉のもやもやが
護摩の炎に炙り出されていたのかもしれない。
ゆるやかに語り合う中で、またしても“内側の言葉”が浮き彫りになる。
「設定変更は、自分だけでやるものじゃない。
対話の中で、自然に起きるものもある。」
そう言ってくれてる気がした。
そして、このタイミングで誘ってくれたことにも意味がある。
それは、きっと私の脳が、体が受け入れられるタイミングだったから。
🌈今日の気づき
設定変更って実は、“身体”や“対話”を通して起こることもある。
そして、静かに燃える炎が、内側の声を代弁してくれることもある。
☑こんな風に感じた人へ
何かを感じ取った人…
そんな人は、護摩行って深い体験になるかもしれない。
