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『限界地方政治~民主主義崩壊を読み解く6つの視点~』から考える「SNS時代になぜ地方議員は狙われるのか」

『限界地方政治~民主主義崩壊を読み解く6つの視点~』の選挙ウォッチャーちだいさんと畠山理仁さんが担当した第4章と第5章をまとめて。菅野完さんの第6章、黒猫ドラネコさんの第2章に続いて。4章の導入では「NHK党と立花孝志氏」、5章では「河合ゆうすけ氏やへずまりゅう氏などの無頼系候補者」について取り上げているが、どちらもテーマは同じである。それは「地方議員の成り方」である。もっと言うと「地方議員はおいしい。SNSの時代は比較的容易に地方議員になり、多額の歳費を享受できる」ということである。これは、私自身も地方議員という当事者であり、地方議員になって初めて知ったことであり、今も頭を悩ませ、提起している問題である。ネタバレさせずに、地方議員に関する基礎知識と問題提起のみ書き残しておく。

日本という国は資本主義社会であり、明治以来、中央集権体制を築き、富国強兵、殖産興業の下、西欧列強に追いつこうと頑張ってきた。国を背負う優秀な人材を育成するため、大学をつくり、優秀な官僚をはじめ行政機関を支える人材を育ててきた。他の人よりも勉強して競争に勝って良い大学に行き、再度競争に勝って官僚、検察、裁判官、学者、医者などになることが、多くの日本国民に植え付けられてきた誰もが納得する「勝ち組」コースとなっている。ほぼすべての日本国民が意識を共有しているが、西欧から遅れを取った日本以外のアジアの国々も、戦後は同じような道を辿っている。

このような競争を前提とした資本主義社会に倣わないものが、極端に言えば、地方議員(国会議員も)だと思う。議員は選挙を通して有権者から選ばれるが、その過程において、学校も試験も何にもない。そして選挙に一旦通ってしまえば、墓場で毎日運動会をしようと、死ぬこともないし、病気になって休んでも、その期間は議員生命が奪われることもない。年齢制限以外は、まさに「ゲゲゲの鬼太郎」状態である。

話がゲゲゲにつられて完全に逸れたが、この本で問題となっているものが「歳費」である。基礎自治体には、村、町、市、中核市、政令指定都市、特別区などがあるが、議員の歳費も自治体の人口によってベースは決まっている。よって、一般の会社員などと比較すると、一般市から政令指定都市における議員の歳費は高いだろう。年収で1千万円との記載があるが、あながち間違っていない。皆さまも自分の住む自治体の議員の報酬を、政務活動費や費用弁償、視察費などを含めて調べてほしい。

告白するが、私は17歳の時、はじめて訪れた広島で政治を志したが、37歳の時に、都議選にまず出てみろと言われるまで、そして秘書の時に区議選に出るのはどうかと言われるまで、地方議員が何をやっているかについて1ミリもわからなかった。そもそも何かに困って役所に行ったこともなければ、議会を傍聴したこともなかった。一方、ビジネスでは経産省や厚労省、農水省など霞が関には何度も訪れたことがある。地方における二元代表制の仕組みが何たるかもよくわからなかった。私がよく投稿で「区議を経験しておいてほんとうによかった」「秘書を経験してほんとうによかった」と書くのは、海外経験と同様、身をもってしか気づかないことが本当に多いからである。それだけ民間とはなにもかも違いすぎる。逆にこうした経験から、日々の政治活動でも、区政だ、都政だ、国政だと分けたり、役割分担などしたことはない。そうしたことに興味がないし、有権者にとっては意味がない。つまり、そこに政治の本質はないからだ。区議会議員の役割としてはおそらく間違ってはいるが。

話を戻すと、近年、この地方議員に目をつける人が増えている。かつての無頼系(泡沫)候補は、優秀で、ある程度蓄えがあり、ただ人と異なる発想や動機で、さらなる発信力を求めて選挙に立候補していたので、首長選や衆院選など大きな選挙に出る場合が多かった。当然負ける。広域自治体の選挙までは、一発ではほぼ勝ち目はない。(政党をつくって戦う場合は、参議院選挙の全国比例でまず1議席を取るということが王道となっているが、今回は割愛する。)よって、大選挙区制度である基礎自治体の選挙が狙われる。

また、都市以外の地方では、人口減少で地方議員の成り手はどんどん減っている。ここでいう「成り手」とは地元の名士のことだ。地方では人間関係が濃いので、簡単には出られない。特に家父長制度でガチガチの田舎で、女性が出馬することは、ハードルが異常に高い。どんな目で見られるかわからないという力が働く。人間関係に縛られているから「成り手」がいないのであり、別に空気を読まなければ容易に当選するだろう。無投票すらありうる。定員割れもザラだ。その間隙をついて、落下傘で無頼系候補が出るということである。

冒頭に、資本主義社会にそぐわないのが基礎自治体の議員と書いたが、彼らの狙いの1つが、歳費なのである。だが、私から言わせれば歳費はなんにもおいしくない。実は、基礎自治体の議員の歳費というのは、上がらないのである。役職手当は、期数や獲得票数で決まっているものではない。政党をベースとする会派が独占している。多数派を形成できず、ただ外でギャンギャン騒ぐだけの議員は、一生、議長や副議長になれることはほぼないのである。ベースが高いと思う人にはいいが、安いと思う、つまり、それほど民間での市場価値も高くキャリアアップも見込め、かつ日々の活動を一所懸命になっている人にすれば、やればやるほどコストはかかってしまい割に合わないのである。私の周りの大企業で働く友人で、まず地方議員を目指す人はゼロであることははっきり書いておく。よって、志が高い人にとっては、「長くは続けられない」ということになる。それが基礎自治体における選挙制度と議員の本質、制度自体が要請しているものかもしれない。

自己顕示欲を満たし広告収入というもう1つのドライバーを持つ迷惑系YouTuberやネトウヨ系インフルエンサーであれば、地方議員になって歳費だけもらえればいいだろう。無理して、首長や広域自治体の議員の選挙に挑むモチベーションもそがれていく。

またこれはすべてのそうした人にあてはまるかもしれないが、一旦楽をして実力以上の歳費を得るというおいしい思いをしてしまうと、高みに挑戦するという志を失うどころか、その地位を守るためだけに行動してしまう人間になる。歳をとればとるほど、そうした人間だらけになる。まるで墓場で運動会状態である。

議会は行政との両輪であり、行政職員は試験を通して選ばれるため、ある程度の質が担保されている。議会がカオスになり、質が下がり、保身の人間ばかりになると、職員の士気も下がり、乱れる。議員のチェック機能が働かないと、不正も粉飾も起きる。大学時代の友人からたびたび聞く話である。

当事者にもかかわらず、とりとめもなく書きすぎた。こうした基礎知識をもとに、ぜひ『限界地方政治』を読んでいただきたい。菅野完さんの第6章がずば抜けて上手いが、ちだいさんの第4章と畠山さんの第5章こそがこの本のテーマであり、民主主義崩壊の問題を映し出している。

高野はやと@江東区