それでも星へと手を伸ばす『グレート・ギャツビー』
※ネタバレ有りです!ご容赦ください!
はじめに
スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』。1925年に刊行されたアメリカの小説です。今年で刊行から100年!
フィツジェラルドの最高傑作、アメリカ文学史に残る傑作、といった評価を受けています。
自分はここ30〜40年以内くらいに出版された現代文学を読むことが多く、古典を読むことはあまり無かったのですが、たまには名作と呼ばれているものも読んでみるか!と手に取ってみました。そしたらこれがとても面白かった!描写の美しさ、ギャツビーの人との関わり方などなど、魅力いっぱいの小説でした。恐らく再読するたびに新しい魅力を発見するタイプの小説なので、とりあえず初読感想を残しておきます。
ざっくりあらすじ
舞台は1920年代、黄金時代と呼ばれたころのアメリカ・ニューヨーク。アメリカ中西部からニューヨーク郊外のウェスト・エッグへと引っ越してきたニック(語り手)。ある時、隣町に住む友人であるトムとデイジー夫妻に食事に招かれるのですが、そこでこの2人の関係が上手くいっていないことを知ります。そんな中、夜毎に自宅で盛大なパーティーを開く謎めいた男・ギャツビーと知り合い…といった所から物語が展開していきます。
好きポイント①文章
何度も読み返したくなるような美しい文がたくさんありました。どのページを開いてもうっとりしてしまう…。冒頭とラストの文は原文でも格調高く、名文として知られているそう。個人的に特に気に入っているのは第一章のラスト、ギャツビー初登場のシーン。
その人物は両手をポケットにつっこみ、そこに立って、空に細かく散った銀色の星をじっと見上げていた。……彼ははっとさせられるようなしぐさで、両手を暗い海に向けて差し出した。そして遠目ではあったものの、彼の身体が小刻みに震えていることがはっきりと見て取れた。……そこには緑の灯火がひとつ見えるきりだった。……それから再びギャツビー氏の方に視線を戻したとき、そこにはもう誰もいなかった。
ここ、本当に大好きで、何度も読み返しています。前のシーンでは、学生時代から変わってしまった友人との、仕事やら人間関係やらのドロっとした会話でうんざりしていたニック。この文の直前では、郊外の夜が描写されていて、特に蛙の大合唱が盛大なオルガンのように響いているのですが、ふと隣の屋敷を見ると、音もなくギャツビーが姿を表しているのです。で、ギャツビーが姿を消すと、ニックは夜の喧騒へと引き戻される。この演出が、映像的でめちゃくちゃかっこいい…。
そして、この一節、一連の動作だけでギャツビーがどういった人間なのかを示し、この後ギャツビーがたどる運命を示唆しているのも切なくて美しい…彼は緑の灯火を手にすることができないのだ。
好きポイント②ギャツビーのデイジーとの関わり方
物語中盤で、ギャツビーの目的がかつての恋人であるデイジーを取り戻すことである、と明かされます。ギャツビーは最後まで一貫してデイジーを取り戻すために行動するのですが、ギャツビーの言動に僕はめちゃくちゃ共感してしまいました。というか100年の間にこれを読んだ男性のほとんどはギャツビーに対して「お前は俺か」と思っているのではないかしら…。
ギャツビーが毎晩のように盛大なパーティーを開いているのも、デイジーにふらっと来て欲しかったからだと、ある人物が推測するシーンがあるのですが、僕はここで一気にギャツビーという人間に親近感を抱きました。というのも、僕は中学〜高校にかけて、好きな人の気を引くために、友達と話す時、「ここは面白い所だぞ」という部分を彼女に聞こえるように、わざと大きな声で話したりしていたのです。絶対に直接話したほうが仲良くなれるのに、それをするだけの勇気がないから、彼女の近くで存在感を示すんですね。多分相手の眼中にも入っていないのですが…。
それから、ニックに協力してもらって、デイジーとお茶をするシーンがあるんですが、ここでの振る舞いも「分かる分かる…」と頷きながら読んでいました。まだ待ち合わせの時間にもなってないのに「遅すぎる!きっと来ないんだ」と焦ったり、彼女が来たら来たで(別になんでもないですよ〜)と余裕綽々な感じを出したり…。まるで自分の10代の頃を見ているようでした。
好きポイント③馴染めない人たちの物語
物語終盤で、ニックは次のように回想します。
結局のところ、僕がここで語ってきたのは西部の物語であったのだと、今では考えている。トムもギャツビーもデイジーも、ジョーダンも僕も、全員が西部の出身者である。たぶん我々はそれぞれに、どこかしら東部の生活にうまく溶け込めない部分を抱え込んでいたのだろう。
多分この部分で書かれていることが、刊行から100年経ってもこの小説が読まれている理由なんだろうと思いました。近代的な、大衆社会での暮らしの歪さ、みたいな…。
ギャツビーは毎夜華やかなパーティーを開く大金持ちで、たくさんの人々から慕われているように見えましたが、彼の死後、その葬儀に来るものはほぼ誰もいませんでした。昨日までの人気者が、些細なきっかけで見向きもされなくなる(あるいは敵意を向けられる)というのは今でもよくあることだよな、とこのシーンを読んでいて思いました。こういった大衆の態度が気に入らなくて、終盤ではニックと一緒に憤りながら読んでいました。
おわりに
読み終わった勢いのまま書いたのでとりとめもないですが(特に③についてはまだ消化しきれていない)初読感想でした〜。
この小説、ニックによる回想録的な書き方をされているのですが、それを踏まえると『グレート・ギャツビー』というタイトルも素敵ですね。社会ですれた他の人々とは違い、真っ直ぐ緑の灯火へと手を伸ばすギャツビー。彼に対するニックの想いが「グレート」という言葉に込められているのかな、とか想像したりしています。
