スマホの「決済画面」は二段階認証で守れ。国語に使える『ファスト&スロー』
「あとで読む」に保存したのに、結局読まないままになってしまう。
通知が来て開いた瞬間、何のために開いたのか忘れてしまう。
記事の本文より、タイトルやコメント欄を見て「だいたい分かった気」になってしまう。
どれも悪いことではありません。むしろ現代の生活は、それでも回るように設計されています。
説明書が必要なサービスは面倒に感じられて普及しにくいので、スマホは「直感的に進める」方向に最適化されてきました。
ふだんは省エネで進めて大丈夫です。
というか、省エネで生きていかないと情報の洪水ですぐにおぼれてしまう大変忙しい時代に私たちは生きています。
ただ、ここで一つだけ「別ルール」の世界があります。
重要な場面―たとえば決済です。
ふだんの操作はワンタップで進むのに、決済だけは二段階認証が出てきます。面倒でも、そこでだけは確認が必要になります。ミスしたときの損失が大きいからです。
この「ふだんは省エネでよい。しかし決済画面だけは別」という切り替えを、思考の仕組みとして見通しよく説明してくれるのが、ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』です。
カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。『ファスト&スロー』は、その研究のエッセンスを一般向けにまとめた一冊です。
「頭の良し悪し」ではなく「設計」
カーネマンの議論が面白いのは、人間を道徳で裁かないところにあります。
「怠けているからミスする」「集中力がないからダメだ」といった精神論に寄せません。
人間はこういう仕組みで動くので、こういう間違いが起きる。ならば仕組みに合わせて運用や設計を変えるべきだ、という発想が一貫しています。
『ファスト&スロー』の核は、人間の思考を二つのモードで捉える点にあります。
直感的で速い「システム1」と、注意と労力を要する「システム2」です。
もちろん、脳の中に本当に二つの装置があるという意味ではありません。思考の性質を理解するためのモデルです。
システム1:速く、軽くて、だいたい当たる
システム1は直感的で速く、努力がいりません。自動的に動きます。日常の判断のほとんどは、実際にはこのモードで処理されています。
たとえば、表情から相手の機嫌を読み取る。会話の流れをつかむ。短い文章の意味を一瞬で理解する。危険な雰囲気を察する。こうした処理は、いちいち論理的に計算していません。気づいたら結論が出ています。これがシステム1です。
システム1の強みは、スピードと省エネです。一方で弱点もあります。根拠が薄くても、それっぽい結論に飛びつけてしまうところです。しかも厄介なのは、その「それっぽさ」が高いほど、自信が強くなりやすい点です。
システム2:遅く、重いが、検証できる
システム2は注意と労力を使います。計算、論理、検証、条件の保持、反省的な見直しなどは、システム2側に寄ります。
システム2の強みは、間違いにブレーキをかけられることです。システム1が出した結論に対して、「本当にそうでしょうか」と問い直せます。ルールに照らして点検できます。余計な追加情報を排除できます。
ただし弱点もはっきりしています。重く、疲れます。そして容量が小さいのです。時間制限、緊張、睡眠不足、マルチタスクなどが重なると、露骨に働きが弱くなります。だから人間は、基本的にシステム2を節約しながら生きています。
基本戦略は「まずシステム1、必要ならシステム2」
現実には、多くの判断はこう進みます。まずシステム1で答えを出し、その答えがそれっぽければ採用します。
違和感が強いときだけ、システム2で点検します。
この戦略は合理的です。システム2を常時回すのは燃費が悪すぎます。
ですから、ふだんは省エネで進めてよいのです。
問題が起きるのは、システム2が必要な場面でも省エネのまま突っ切ってしまうときです。
つまり「決済画面なのに、ふだんのワンタップ感覚で進む」状態が起きます。これが失敗の典型パターンになります。
スマホは、システム1に最適化して勝った
スマホは、人間の基本戦略に寄せたから勝ったのです。
ワンタップで進みます。スワイプで切り替わります。入力は予測が助けてくれます。候補が先に出てきます。迷う前に選択肢が提示されます。
つまり、努力を要求しません。システム1で回るようにできています。
だから普及しました。そうしないと面倒に思われて使われないからです。
これは文明の合理です。ただし合理には副作用もあります。ふだんの生活がシステム1で快適に回りすぎると、「システム2が必要な場面」が相対的にしんどく感じられます。
わざわざ立ち止まるのが億劫になります。確認がコストに見えてしまうのです。
だから決済画面だけ二段階認証
ふだんは省エネでよい。変換候補にそのまま乗っても生活は回ります。
けれど決済だけは別です。損失が大きいので、二段階認証を挟みます。
(ワンクリック決済も普及しているのが怖いですね・・・)
この「決済だけ別ルール」は、システム1・システム2の使い分けにそのまま置き換えられます。
ふだんはシステム1でよい。しかし、ミスの損失が大きい局面ではシステム2を呼ぶ。しかも常時オンではなく、短時間だけ起動する。これが現実的で、強い運用です。
大切なのは、システム2を「根性」ではなく「設計」で出すことです。いつ起動するかを決めておけば、迷いが減ります。
迷いが減るほど、システム2の燃費は良くなります。
国語の二段階認証は「長考」ではなく「照合」
入試国語は、いわば「決済画面」の連続です。 普段の読書は省エネ(システム1)で構いませんが、設問という「決済」の瞬間だけは、直感を疑ってかかってください。
ここで必要なのは、長い精読ではなく、数秒の「二段階認証(照合)」です。
以下の記事で、引っかかる選択肢の罠を〇〇ホイホイとして、5パターンに分類しました。
どのパターンに自分が一番引っかかってきたか、によって注意すべき部分を変える必要があります。
二段階認証に、根性は要りません。 違和感を覚えたら、「本文のどこ?」とペンを本文に戻してください。
この短時間の照合を入れるという「設計」だけで、システム1の暴走による失点は劇的に減らせます。
自己を知り、設定をととのえる
スマホは便利で、便利であることが正義です。直感的に使えることは文明の勝利です。その代わり、私たちは「ふだんは省エネで進む」ことに過剰に最適化されています。
だからこそ必要なのは、システム2を使う場面を設計することです。
ふだんは軽く進める。重要な局面だけ立ち止まる。
これができると、国語に限らず、現代の判断ミスはかなり減らせます。
『ファスト&スロー』が教えてくれるのは、「賢くなる方法」よりも先に、「人間はどう動くのか」という現実です。
その現実に合わせて運用を変えることが、いちばん強い方法だと思います。
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