【上田秋成】『雨月物語』─リメイクが原作を超えるとき
※この記事はアフィリエイトリンクを含みます
日本文学の最高傑作のひとつとされる『雨月物語』。
実はこの作品、オリジナルではありません。
元ネタは中国の古典小説です。
現代の感覚で言えば、海外ドラマの日本版リメイク。
あるいは、原作ありきの実写化。
でも、そのリメイクが原作を超えてしまった。
それが上田秋成という作家の、とんでもないところです。
上田秋成とは何者か
上田秋成は1734年、大坂に生まれました。
養子に出され、5歳で疱瘡にかかり指に後遺症が残ります。
養家の紙油商を継ぎますが火事で全財産を失い、医者に転身。
そのかたわらで俳諧、和歌、国学、煎茶と手を広げた「マルチクリエイター」です。
あの本居宣長と国学の大論争を繰り広げたことでも知られています。
宣長が「日本こそ世界の中心」と主張したのに対して、秋成は「オランダの地図を見てみなさい」と切り返した。
視野の広い知識人でした。
浮世草子とはどう違うのか
西鶴のような浮世草子が「いま、そこにある人間の欲望」を描いた文学だとすれば、秋成の『雨月物語』は「物語をどう美しく語るか」を追求した文学でした。
このジャンルを「読本」と呼びます。 会話や勢いで読ませるというより、文章そのものの巧さで読ませる小説です。
秋成の前には、師でもある都賀庭鐘が中国小説の翻案という手法を切り拓いていました。 秋成はその系譜を受け継ぎ、読本というジャンルを一気に文学の高みに押し上げた作家です。
元ネタは中国の古典小説だった
1776年に刊行された『雨月物語』は、全9篇の怪異小説集です。
その多くが、中国の白話小説を元にしています。
ただし、秋成はそのまま翻訳したわけではありません。
舞台を日本に移し替え、登場人物の感情を日本人の機微に合わせて書き直し、まったく別の作品に仕上げました。
Netflixの海外ドラマを日本版にリメイクするように、設定だけ借りて中身は一から作り直す手法です。
しかも秋成の場合、リメイクが原作を超えてしまうことがあるのです。
「浅茅が宿」はなぜこんなに切ないのか
その代表例が「浅茅が宿」です。
原典は中国の『剪灯新話』に収められた「愛卿伝」。
戦乱で引き裂かれた夫婦の物語という骨格は共通しています。
実は秋成の前にも、浅井了意が『伽婢子』でこの話を日本に翻案していました。
つまり秋成版は、いわば「リメイクのリメイク」です。
秋成版のあらすじはこうです。
下総国(現在の千葉県あたり)に暮らす勝四郎は、もともと裕福な家の生まれですが、農業を嫌がって家を傾けてしまった男です。
一旗揚げようと、妻の宮木を残して京へ上ります。
「秋には帰る」と約束して。
ところが関東は享徳の乱で荒れに荒れ、帰るに帰れない。
帰路で盗賊に荷物を奪われ、病にもかかる。
やがて「妻ももう生きていないだろう」と諦め、他の土地に身を寄せて7年が過ぎます。
その間、宮木は言い寄る男たちを退け、ひたすら夫の帰りを待ち続けていました。
ようやく故郷に戻った勝四郎が見たのは、荒れ果てた村。
しかし自分の家だけは残っていて、古い戸の隙間からちらちらと灯りがもれている。
中には、老いた宮木が待っていました。
再会を喜び、二人は一夜を過ごします。
しかし翌朝、目覚めると隣に宮木はいません。
そこにあったのは崩れかけた廃屋と、草に埋もれた妻の墓だけでした。
原典の「愛卿伝」にも似た展開はあります。
でも、秋成が加えたのは日本の風土と季節の空気でした。
夏草が生い茂る荒野。雨雲が低くたれこめる夕暮れ。星明かりにぼんやり浮かぶ、雷に裂かれた松の木。
こうした風景の一つひとつに、宮木が夫を待ち続けた歳月がにじんでいます。
そして、勝四郎という男の描き方も見逃せません。
もともと怠け者で、諦めも早い。でも根っからの悪人ではない。
帰ろうとはしたけれど、状況に流されてしまった「弱い男」です。
だからこそ読者は、帰ってこなかった夫を一方的に責めることができない。
残るのは、ただやるせなさだけです。
恐怖ではなく、切なさが後からじわじわ押し寄せてくる。
この情感は、中国の原典にはないものでした。
秋成は「物語の骨格」を借りて、そこに日本の土地の匂いと、日本人の情の機微を注ぎ込んだ。
だからこそ、リメイクが原典を超えたのではないでしょうか。
なぜ翻案は原作を超えられたのか
現代では「リメイクは劣化コピー」と言われることが少なくありません。
でも秋成の仕事は、その逆を証明しています。
自分の土地の言葉で、自分たちの感情に寄り添って語り直す。
そうすることで、物語は新しい命を得ることがある。
実際、溝口健二が1953年に映画化した『雨月物語』はヴェネツィア映画祭で銀獅子賞を受賞しました。
優れた翻案は、時代を超えてさらに翻案される。物語の連鎖は止まりません。
浮世草子が切り拓いた「読む文学」を、秋成は中国古典の翻案という手法でさらに高みに押し上げた。
読本はここで、ひとつの頂点に達したのかもしれません。
ちなみに「雨月物語」というタイトルの由来は、秋成自身が序文に記しています。
「雨が上がり、月が朧にかすむ夜に書き上げた」と。
その幻想的な空気感までもが、作品そのものを包み込んでいるようです。
円城塔(訳)『雨月物語』(河出文庫・古典新訳コレクション)
芥川賞作家・円城塔による2024年の新訳です。
原文の雰囲気を大切にしながらも、現代の読者がするする読めるように丁寧に言葉が補われています。
216ページとコンパクトなので、古典に構えてしまう人にもちょうどいい一冊。
そしてこの本自体が、ある意味では「翻案の連鎖」の最新版です。
中国古典を秋成が日本語に翻案し、その秋成の文語体を、現代の小説家がいまの日本語に翻案している。
雨月物語の物語がいまも書き継がれていることを、読みながら体感できるかもしれません。
Amazonのアソシエイトとして、Takashi@国語の塾講師は適格販売により収入を得ています。
文学史マガジンはこちらです。過去の記事が全て無料で読めます。
以下は有料マガジンです。小説が読めるようになるためのマガジンです。
500円で今後の追加記事も含めて読めるようになります。文学史が面白かったと思う人はぜひこちらも応援よろしくお願いします。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援よろしくお願いします!
いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!