見出し画像

【井原西鶴】『好色一代男』と浮世草子─江戸の"リアル"を描いた文学

※この記事はアフィリエイトリンクを含みます

西鶴さいかくは「古典作家」ではない

「井原西鶴」は江戸時代、元禄文化の浮世草子の作者。代表作は『好色一代男』。

いかにも「古典」という感じがしますが、実態はまったく違います。 西鶴は、江戸時代の「売れっ子エンタメ作家」でした。

前回の記事で、江戸時代に本が「買うもの」になった話を書きました。 その時代に、最初に「売れる小説」を書いた男が井原西鶴です。

元禄という「バブル」と、一日二万三千五百句の男

西鶴が活躍した元禄(1688〜1704)は、ひとことで言えば「バブル」の時代です。
大坂を中心に商人が富を築き、町人が文化の主役になりました。
松尾芭蕉、近松門左衛門と並んで「元禄の三文豪」と呼ばれる西鶴は、この空気のなかで生まれました。

もともと西鶴は俳諧師です。
談林派という「面白ければなんでもあり」の一派に属していました。

1684年、大坂の住吉大社で「矢数俳諧」という俳句の耐久レースに挑み、一日で二万三千五百句を詠んだという記録が残っています。
一日は86,400秒なので、約3.7秒に一句。
句の質は正直怪しいのですが、この「過剰さ」が、やがて小説の世界で爆発します。

『好色一代男』という爆弾

1682年、西鶴はデビュー作『好色一代男』を出しました。
これが「浮世草子」─江戸の大衆小説の始まりです。

主人公・世之介の恋愛遍歴を54年間にわたって描いた全54章。
この「54」は『源氏物語』の54帖に合わせた数字です。

ただし中身はまるで違います。
宮廷の雅な恋ではなく、遊女や町娘との生々しい関係。
西鶴がやったのは「文学の主語を書き換える」ことでした。

貴族ではなく町人。理想ではなく欲望。
「今ここにいる人間のリアル」を書く─それが浮世草子の本質です。

江戸時代に『源氏物語』がどう読まれていたのかは以下の記事でも書きました。

三つのジャンルで人間を描き尽くす

西鶴の作品は大きく三つに分かれます。

好色物
『好色一代男』『好色五人女』など、人間の欲望を描く作品です。『好色五人女』は実在の事件がモデルで、今でいう実話ベースのドラマです。

町人物
『日本永代蔵』『世間胸算用』など、金と欲の人間ドラマを描いた作品です。『日本永代蔵』は商人たちの成功と失敗を描いた短編集で、いわば「江戸の金持ち父さん貧乏父さん」。

武家物
『武道伝来記』など、武士の義理と意地を描く作品です。ただし理想のヒーローではなく、義理と人情の板挟みで苦しむ生身の人間です。

人間を動かすあらゆる「動機」を、西鶴は三つのジャンルで書き分けたのです。

「浮世」が意味を変えたとき、文学も変わった

「浮世」はもともと「憂き世」─仏教的な「つらいこの世」でした。
それが江戸時代に「浮き世」─「浮かれて楽しいこの世」へと転じます。

この一字の変化に、時代の空気がそのまま表れています。

浮世草子以前、文学は「ここではないどこか」を描くものでした。 宮廷、合戦、異界。
西鶴はそれをひっくり返して、「目の前にいる人間」を書きました。

しかも、その本は「商品」でした。 読者が面白いと思わなければ売れない。売れなければ次は出せません。
作品であり商品でもある小説のあり方は、西鶴の時代にすでに始まっていたのです。

御伽草子から出版文化へ、そして浮世草子へ。
文学の担い手が貴族から町人に広がり、描く対象が理想から現実に移っていった。
その変化の中心にいたのが、井原西鶴という一人の作家でした。


西鶴の面白さは、江戸で完結しません。近代に入ってからも、作家たちは西鶴を読み直し、書き直してきました。
その一例として、太宰治が近代の文章で語り直したのが『新釈諸国噺』です。 古典が「語り直し」によって別の命を持つ瞬間を、太宰の筆で体験できます。

Amazonのアソシエイトとして、Takashi@国語の塾講師は適格販売により収入を得ています。


文学史マガジンはこちらです。過去の記事が全て無料で読めます。

以下は有料マガジンです。小説が読めるようになるためのマガジンです。
500円で今後の追加記事も含めて読めるようになります。文学史が面白かったと思う人はぜひこちらも応援よろしくお願いします。

いいなと思ったら応援しよう!

Takashi@国語の塾講師 よろしければ応援よろしくお願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!