【方丈記】承認されなかった男が書いた“無常”のルポルタージュ
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「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」
(川は流れ続け、水は常に入れ替わる。昨日と同じように見えても、そこにあるのは、もう昨日と同じ水ではないのだ)
この一文で始まる鴨長明の『方丈記』は、1212年に成立した作品です。
鎌倉時代初期。武士政権が安定へ向かう一方で、京都は度重なる災害と社会不安に揺れていました。
文学史では『枕草子』『徒然草』と並ぶ三大随筆の一つとされます。
位置づけとしては、その二つ目。
平安の『枕草子』と、鎌倉時代の終わりに書かれたの『徒然草』をつなぐ、ちょうど中間に置かれる作品です。
他の2作品に比べるととても短いのですぐに読み終えることができます。古文だけで読み通したことがない人の一冊目としてもおすすめです。
けれども『方丈記』は、単なる随筆というよりも、時代の揺れを記録したルポルタージュと考えるとよいです。
届かなかった男
作者は鴨長明(1155頃〜1216)。
下鴨神社の家に生まれ、和歌に優れ、藤原俊成や藤原定家らと交流を持った文化人です。
当代一流の歌人たちと同じ空間にいた人物でした。
後鳥羽院からも新古今和歌集を編纂するための役所「和歌所(わかどころ)」の寄人(職員)にスカウトされたほどです。
寄人というのは藤原定家などの選者をサポートする仕事です。
1205年に成立した新古今和歌集にも10首選ばれています。
しかし彼は、家職の継承問題で思うようにいかず、決定的な地位を得られませんでした。
評価の世界に身を置きながら、中心には届かなかった人です。
その後、発心して出家します。
この“発心(ほっしん)”という出来事は重要です。発心とは、漢字の通り「(仏道を求める)心を、発する」という意味です。
長明は『方丈記』以前に、仏道に目覚めた人々の説話を集めた『発心集』を書きました。
成立は1208年頃と考えられています。
「推し」に振り向いてもらえなかった男
1211年、長明が50代後半の頃、彼は人生最後の大勝負に出ます。
当時の鎌倉幕府の将軍・源実朝は、京都の文化に憧れる熱狂的な和歌マニア、いわば「和歌ガチ勢」でした。
長明にとって、実朝は自分の才能を認めてくれるかもしれない「最強の推し(パトロン候補)」。
彼はわざわざ京都から鎌倉まで会いに行き、和歌のレクチャーを試みます。
いわば、推しに直接自分を売り込む「対面イベント」です。
しかし、結果は切ないものでした。
源実朝には、その頃すでに藤原定家という最強の師がついていました。
「どこへ行っても、誰に会っても、結局俺の居場所なんてないんだな」
この1211年の空振りがあった翌年(1212年)、彼はあの三メートル四方の庵で『方丈記』を書き上げます。
推しにすら拒絶されたからこそ、あの突き放したような無常観が生まれたのかもしれません。
つまり順番は、
1208年頃『発心集』
1211年 源実朝に会いに行く
1212年『方丈記』
「他人の発心」をまとめ、将軍の和歌の師匠にもなれないとわかった数カ月後に「自分の無常観」を書いたことになります。
崩壊都市・京都
『方丈記』の中盤は、平安時代の終わりにあった災害の記録が中心です。
安元の大火(1177)
治承の辻風(1180)
福原遷都(1180)
養和の飢饉(1181〜1182)
元暦の大地震(1185)
平清盛による福原遷都が人為的な災害として混じっているのが皮肉が効いていて面白いですね。
一時期、都が平安京でなくなったことでさらに荒れ果てることになりました。
これらは箇条書きにされることが多いですが、長明は具体的に描写します。
火が町をのみ込み、風が家を吹き上げ、飢えた人が道に倒れる。
都は何度も壊れました。
その現実を見つめた末に、あの冒頭の一文があります。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」
これは仏教の基本思想「諸行無常」を、文学に変換した言葉です。
流れる評価
現代は、承認が可視化される時代です。
フォロワー数。再生回数。偏差値。
私たちは数字で評価され、その数字に一喜一憂します。
けれども数字もまた流れます。
昨日の高評価は、今日には更新される。
昨日の失敗も、やがて埋もれていく。
「もとの水にあらず。」
この言葉は、現代にもそのまま当てはまります。
評価が流れるものなら、それを絶対視する必要はないのかもしれません。
小さな自由
長明は最終的に、方丈の庵に住みます。
一丈四方、約三メートル四方の小さな住まい。四畳半のミニハウス。
『方丈記』というタイトルの由来にもなっています。
必要最低限の持ち物。
自然のそばでの生活。
巨大な都が崩れるのを見た人が、巨大な仕組みに依存しない生き方を選んだのです。
ちなみに、世の中の中心から離れて、静かに暮らすことを隠遁(いんとん)生活といいます。
隠遁生活をする人のことは隠者と呼ばれ、隠者文学の代表者としては他に西行や兼好法師などがいます。
最後の矛盾
しかし、この物語には続きがあります。
すべてを捨て、三メートル四方の庵で「静かな自由」を手に入れたはずの長明は、筆を置く直前、激しい自己矛盾に襲われます。
「静かな暮らしを愛し、この庵に執着していること自体が、ひとつの『欲』ではないか」
仏道に生きるなら、場所や生活スタイルにすら執着してはいけない。
なのに自分は、この質素な庵での暮らしを「心地よい」と感じ、執着してしまっている。
結局、彼はその答えを出せないまま、念仏を唱えて筆を置きます。
悟りきった聖人ではなく、最後まで「自分のこだわり」に振り回される、あまりにも人間臭い独白です。
この「悟りきれない弱さ」は、現代でいうと「デジタルデトックス中なのにスマホが気になる」ような感覚に近いと思います。
戻らない時代へ
『方丈記』は、鎌倉初期という転換期の精神史を記録したルポルタージュでした。
川は戻りません。
都も戻りません。
評価も戻りません。
戻らないのなら、その流れを前提に生きるしかない。
無常とは、絶望の宣言ではありません。
変化を受け入れた上で立ち位置を選び直す、現実的な態度です。
承認されなかった男が書いたこの記録は、
皮肉にも800年残りました。
承認されなかった男が、最後に「自分のささやかな暮らし」にすら執着してしまったその姿は、どこか愛おしく、救いがあります。
私たちは、数字や評価から自由になろうとしても、また別の何かに執着してしまう生き物です。けれど、その迷いこそが、私たちが今ここで生きている証なのかもしれません。
流れる世界の中で、何を拠り所にするのか。
あるいは、何に執着してしまうのか。
それを確かめるためにこそ、いま『方丈記』を読む意味があるのだと思います。
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三大随筆の一つ目、枕草子の記事はこちら。
新古今和歌集には鴨長明の和歌が10首入っています。意外なことに恋の歌もあります。
鴨長明が会いに行った実朝の記事です。
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