若い頃の試行錯誤は、還暦の頃に結実する〜古田織部の「織部焼」と、私の「時間工学」
最近、漫画『へうげもの』全25巻を読み返しています。
連載が始まったのは、もう20年ほど前です。
主人公は、戦国武将の古田織部。
織部は武将であると同時に、千利休亡き後の茶の湯の世界で、大きな影響力を持った人物です。
ただし、『へうげもの』に描かれている織部は、格式ばった立派な文化人ではありません。
美しい器を見れば、欲しくてたまらなくなる。
珍しいものを見つければ、子どものように目を輝かせる。
権力者に仕えながらも、自分の美意識を捨てられない。
迷い、悩み、失敗し、ときには欲に振り回される。
非常に人間臭い人物として描かれています。
だからこそ、私は織部に引かれるのかもしれません。
自分は、何を残したいのか
物語の後半で、織部は考え始めます。
自分は、これまで何をしてきたのか。
何を大切にして生きてきたのか。
自分は後世に何を残したいのか。
そして、それをどのような形で表現するのか。
若い頃の織部は、戦国武将らしく武士として大大名になることを夢見ています。
でも、圧倒的な権力を持つ信長や秀吉の前に、自分の無力さをひしひしと感じます。
そして、自分の立ち位置を考え直し。
名物と呼ばれる、珍しい茶器や美しいものを追い求めます。
しかし、年齢を重ねるにつれて、単に物を集めるだけでは満足できなくなっていきます。
人のつくった価値を評価するだけではなく、自分自身の価値観を形にしたい。
自分は何者なのかを、自分の作品で示したい。
行きた証を残したい。
その思いが、少しずつ強くなっていきます。
そして、還暦を迎える頃にたどり着いたものの一つが、緑色の釉薬を使った「織部焼」でした。
クスッと笑える茶の湯
織部焼の器は、きれいな左右対称ではありません。
形がゆがんでいる。
模様も大胆です。
常識的に考えれば、出来損ないに見えるものもあります。
しかし、そのゆがみに味がある。
見ていると、どこかおかしい。
思わずクスッと笑ってしまう。
格式や権威だけではなく、遊び心があるのです。
千利休が確立した、静かで研ぎ澄まされた茶の湯とは、また違う世界です。
人を緊張させる茶の湯ではなく、少し肩の力が抜ける茶の湯。
完璧さではなく、不完全さを面白がる茶の湯。
織部は、長年かけて自分の中に蓄積してきた美意識を、一つの形にしたのでしょう。
若い頃からの試行錯誤が、還暦の頃になって結実したのです。
私も社会人生活40年を迎えました
私も今年、社会人生活40年を迎えました。
パナソニックに28年間勤務し、
その後独立して、研修講師や経営者向けのコンサルティングを続けてきました。
振り返ってみれば、実にいろいろな仕事をしてきました。
経営戦略。
業務改革。
組織づくり。
人材育成。
営業支援。
決断力。
タイムマネジメント。
顧客との関係づくり。
人を見抜くこと。
一見すると、それぞれ別の仕事に見えます。
私自身も、若い頃から「将来は時間工学をやろう」と考えていたわけではありません。
その時々で与えられた仕事に向き合い、目の前の課題を解決してきました。
工場の業績を立て直す。
大きなプロジェクトを動かす。
社内外の関係者を見極める。
限られた人員と時間で成果を出す。
部下を育てる。
経営者の悩みを整理する。
売上が伸びない原因を考える。
忙しいのに成果が出ない理由を突き止める。
その都度、必要なことを考え、実行してきました。
当時は、すべてが一つにつながっているとは思っていませんでした。
すべての中心に「時間」があった
ところが、40年間を振り返ってみると、共通しているものがありました。
それが「時間」です。
限られた時間の中で、何を優先するのか。
誰に時間を使うのか。
どの仕事を自分が行い、どの仕事を人に任せるのか。
どの会議に出席し、どの会議には出ないのか。
誰と付き合い、誰とは距離を置くのか。
どの決断を急ぎ、どの決断は待つのか。
私はずっと、限られた時間をどこに配分すれば、最大の成果が生まれるのかを考えてきたのです。
予定を効率よく詰め込むことではありません。
単に仕事を早く処理することでもありません。
時間は、経営者が持っている最も大切な経営資源です。
その時間を、成果につながるように設計する。
私は自分が長年取り組んできたことを、「時間工学」と名づけました。
こう考えると、松下幸之助ほど時間を上手に使った経営者はいないことに気づきます。
お金がない、学歴がない、体は弱い。
それなのに、一代で松下電器(現パナソニック)を築き上げたのは、他人の時間を上手に生かしたからでした。
ですので、私は幸之助の事績を「時間」を切り口に整理しました。
時間管理ではなく、時間工学
時間工学は、一般的な時間管理とは違います。
手帳の使い方を教えるものではありません。
朝早く起きることを勧めるものでもありません。
仕事をすべて効率化すればよいという考え方でもありません。
経営者が持つ時間を、経営成果につながるように設計する。
そのためには、仕事だけを見ていても不十分です。
人を見る必要があります。
顧客を見る必要があります。
組織を見る必要があります。
将来を見る必要があります。
返信が遅く、約束を守らない顧客に、どれだけ時間を奪われているのか。
部下に任せられる仕事を、なぜ社長が抱え続けているのか。
売上にはつながらない会合に、なぜ毎週参加しているのか。
意思決定を先送りすることで、どれほど大きな機会損失が生まれているのか。
時間の問題は、予定表だけを見ても解決しません。
人間関係、仕事の選び方、組織の仕組み、経営者自身の決断まで含めて考える必要があります。
これが、私の考える時間工学です。
ばらばらだった経験が、一本につながった
「時間工学」という言葉が定まったことで、私がこれまで取り組んできたことが、一本の線につながりました。
経営戦略も、時間工学。
人材育成も、時間工学。
決断力も、時間工学。
顧客を選ぶことも、時間工学。
人を見抜くことも、時間工学。
一見ばらばらに見えた経験には、すべて共通の原点があったのです。
自分のコアが定まると、言葉に説得力が生まれます。
「私は何をしている人なのか」
「なぜ、この仕事をしているのか」
「これまでの経験が、今の仕事にどうつながっているのか」
これらを、無理なく説明できるようになります。
そして何より、自分自身への確信が高まります。
これまでの40年は、決してばらばらではなかった。
遠回りでもなかった。
すべてが、時間工学にたどり着くために必要だった。
そう思えるようになりました。
自信ではなく、自身にもなる
自分のコアが確立すると、自信が生まれます。
しかし、それだけではありません。
自分自身が定まります。
何を仕事として引き受けるのか。
何を断るのか。
誰と付き合うのか。
どの分野を深めるのか。
何を後世に残したいのか。
判断に迷ったとき、戻ることのできる原点ができます。
私の場合、その原点が時間工学です。
新しい仕事を依頼されたときにも、時間工学につながるかどうかを考えます。
新しいサービスを考えるときも、経営者の時間を守ることにつながるかどうかを考えます。
発信内容を考えるときも、時間という経営資源をどう生かすのかという視点に戻ります。
原点ができると、活動の幅を狭めるのではありません。
むしろ、さまざまな活動に一貫性が生まれます。
若い頃には、コアは分からない
若い頃から、自分のコアが明確な人は、ほとんどいないと思います。
自分は何が得意なのか。
何を仕事にするべきなのか。
社会に何を残したいのか。
そんなことは、簡単には分かりません。
だから、若いうちは試行錯誤します。
思いどおりにならない仕事もある。
失敗もする。
評価されない時期もある。
上司や顧客とぶつかることもある。
自分には向いていないと思い、別の道を考えることもある。
一貫性がないように見える時期もあります。
しかし、それでいいのです。
若い頃は、材料を集めている時期だからです。
人と出会う。
仕事を経験する。
失敗する。
悔しい思いをする。
成果を出す。
誰かに喜ばれる。
誰かに裏切られる。
そうした経験の一つひとつが、後になって自分の仕事をつくる材料になります。
還暦は、終わりではなく結実の時期
還暦というと、人生の一区切りという印象があります。
仕事を終える年齢。
第一線から退く年齢。
ゆっくり余生を過ごす年齢。
昔は、そのように考えられていたのかもしれません。
しかし、自分が還暦を過ぎてみると、少し違います。
むしろ、ここからが本番なのではないかと感じます。
若い頃には、経験が足りません。
40代や50代は、仕事や責任に追われます。
自分の人生をゆっくり振り返る余裕もありません。
60代になって、ようやく自分が積み重ねてきたものの意味が見えてきます。
あの仕事は、このためにあった。
あの失敗から、これを学んだ。
あの人との出会いが、今につながっている。
ばらばらだった点が、線として見えるようになります。
古田織部にとって、それが織部焼だった。
私にとっては、時間工学でした。
自分のコアは、過去の中にある
自分の強みが分からない。
自分のコアが分からない。
何を専門にすればいいか分からない。
そのように悩む人は少なくありません。
すると、新しい資格を取りたくなります。
新しい肩書をつくりたくなります。
流行している分野に、自分を合わせたくなります。
もちろん、新しいことを学ぶのは大切です。
しかし、自分のコアは、外から持ってくるものではないと思います。
あなたの過去の中に、すでに材料があります。
これまで、何に一番時間を使ってきたのか。
何度も繰り返し頼まれてきたことは何か。
どんな場面で、人から感謝されたのか。
どんな問題を見ると、放っておけないのか。
うまくいかなくても、なぜか続けてきたことは何か。
そこに、あなたのコアの原石があります。
ただし、若い頃には、その意味が分かりません。
経験が一定量たまって、ようやく共通点が見えてきます。
だから、時間が必要なのです。
人生の妙味は、後から意味が分かること
人生では、そのときには意味が分からないことがたくさんあります。
なぜ、あの部署に配属されたのか。
なぜ、あの仕事で失敗したのか。
なぜ、あの人と出会ったのか。
なぜ、あの道を選ばなかったのか。
その瞬間には、答えが出ません。
理不尽に感じることもあります。
無駄な時間だったと思うこともあります。
しかし、何十年か経って振り返ると、意味が見えることがあります。
あの経験があったから、今の自分がある。
あの遠回りがあったから、自分にしかできない仕事が生まれた。
あの失敗があったから、人の痛みが分かるようになった。
人生とは、後になって意味が分かるものなのかもしれません。
若い頃の試行錯誤が、還暦の頃に結実する。
古田織部は、自分の美意識を織部焼として形にしました。
私は、社会人生活40年の経験を、時間工学という言葉に結実させることができました。
もちろん、これで完成ではありません。
織部焼にも、さまざまな器があります。
時間工学も、これからさらに磨き、深め、伝えていく必要があります。
しかし、原点はできました。
何かに迷えば、ここに戻ることができます。
若い頃には分からなかった自分のコアが、還暦を過ぎてようやく見えてくる。
時間をかけたからこそ、たどり着ける答えがある。
これもまた、人生の妙味なのでしょうね。
