【スタグフレーション】米国15%、日本8%。第二次オイルショックで明暗が分かれた本当の理由
前回の記事では、日本が第一次オイルショック時の「狂乱物価」をどう退治したかを振り返りました。
日銀は公定歩合を9%まで引き上げ、戦後初のマイナス成長という痛みを引き受けてでもインフレを断ち切った、という話でした。
実は、この「正攻法を貫いた経験」がもっとも効いたのは、第一次オイルショックの時ではありません。その次にやってきた第二次オイルショック(1979年〜)の時でした。
第二次オイルショックで日米の明暗がくっきり
米国では、1970年代を通じた中途半端な金融政策、いわゆる「ストップ・アンド・ゴー政策」のため、人々は米政府やFRBのインフレ対策をすっかり信頼しなくなっていました。
その結果、第二次オイルショック時にはインフレ率が約15%と、第一次オイルショックを上回る水準に達してしまいます。
一方、日本の第二次オイルショック時のインフレ率はピークでも8%と、第一次オイルショックの23%から大きく低下しました。

最も決定的だったのは、第一次オイルショックの経験から、労使が賃金と物価のスパイラル(ホームメード・インフレ)を避ける必要性を学習していたことです。
「政府と日銀は断固としてインフレを退治する」という信頼があったからこそ、企業も労働組合も冷静な行動をとることができた、というわけです。
第一次の時の「痛みを覚悟で引き締める覚悟」が、第二次の時には信頼の貯金として効いた、ということになります。

さて、今の日本はどうでしょうか?
では、今後もし日本がスタグフレーション(景気後退とインフレの同時進行)に陥った場合、政府と日銀はどう対応するでしょうか?
プロの債券投資家を対象とした調査によれば、以下のように予想されています。
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