【構造分析】「職場あるある」から構造を読んでみるー職場の構造6パターン
※本記事では「責任配置」という語を使用していますが、現在は概念整理のため、「役割構造」という表現に更新しています。
はじめに.なぜ、どの現場でも同じ停滞が起きるのか?
◎頑張っているのに、現場がうまく回らない。
頑張れば頑張るほど疲弊し、関係が硬直し、状況が動かなくなる。すると人は、つい「悪い人探し」をしたくなります。
あの人の伝え方が悪い
この人が主体的でない
当事者がやる気を出さない
チームが未熟だ
ただ、私がここで強調したいのは、
「個人の問題として説明できてしまう」こと自体が、
「構造に引きずられた見え方」なのではないか?
という点です。
人を変える前に、まず構造を疑う。
これが、本記事全体をつらぬく立場となります。
◎「停滞パターン」の高い再現性
同じような「現場を停滞させる力学」が、学校でも、福祉でも、行政でも、職場でも、あらゆる現場で形を変えて繰り返されています。それぞれの現場で、私たちは「なんとなくうまくいかない」感覚を抱えたまま日々の業務を回しています。
難しいのは、解決策が一通りではないことです。現場の数だけ事情があり、処方箋は一本化できません。
ただし、「解決への”汎用的な足がかり”は存在する」と考えています。それが、現場を「構造」として捉えなおすことです。
この記事では、万能な解決策は提示しません。その代わりに、 「よく起きる停滞の型(パターン)」 の分類を試みます。
それによって、現場をゆるやかに動かすための「視点」を提供できればと思います。
◎なぜ型(パターン)から入るのか。
理由は単純です。
場を停滞させている構造のパターンが見えると、
自分の現場に応用できるからです。
1️⃣「うちの現場もこれだ」と気づける
↓
2️⃣気づけると、変えるべき対象が
「人」から「構造」に移る
↓
3️⃣構造が見えれば、
介入点(変えられる最小単位)が見えてくる
↓
4️⃣現場において、それぞれの個別性に合わせて
実践できる
構造的な思考フレームの強みは、ここにあります。
◎正しさはなぜ固定化するのか
認知心理学によれば、以下の要素がその説明として適当でしょう。
人は不確実性を嫌い、曖昧な場面では「確実そうな人」に判断を寄せたくなる。
判断や対立のコストを下げるために、集団は「頼れそうな個人」に意思決定を集約しやすい。
その結果、正しさは称賛とともに集中し、やがて固定化する。
たとえば「それって冷たくない?」「協力的じゃないよね」という言葉は、論点の検討を一気に「人格評価」へショートカットする。
つまり場の停滞はその現場が愚かなのではなく、集団が「短期的に楽になる」方向へ最適化した結果として起きるのです。
ただし、それは長期的には学習と代替性を奪い、現場を停滞させていくのです。
◎構造視点のリスク
ここで扱う類型は、誰かを悪者に認定して裁くためのものではありません。むしろ、「誰も悪者にしない」ための観察フレームです。
また、これは現場の複雑さを雑に単純化するためではありません。複雑さを扱うために、まずは 「繰り返し出現する”善意の苦しさ”」を、いったん型として整理をしようとする試みです。
一方で、構造を見るときには構造化バイアス(すべてを構造で説明できると思いやすい)にも注意が必要になります。
現実には、人格・技量差・発達段階などの個人属性も影響します。
ただし、個人属性もまた、現場の構造(関係・役割・期待など)を形づくる因子になり得ます。
ここに、教育・支援の知見が関わってきます。
※本記事は「正しさ固定化」記事の続編(ケースで構造を見える化する回)です。
1.類型整理(停滞の6パターン)
読み方:
まずここで「自分の現場に近い型」を見つけてみてください。
その型の事例に進むと、「人」ではなく「配置」の論点で考えやすくなります。
(A)場の集中:「正しさ」が特定個人に集まる
A-① 正しさの集中
有能・誠実な人に案件が寄り、周囲は「見てもらう」「任せる」が合理化していく構造。A-② 正しさの固定化
判断・暗黙知が特定の人に固定され、代替不能化して「その人待ち」が常態になる構造。
(B)正しさの道徳化:議論が「人格評価」に変換される
B-③ 異論封鎖
反対意見が「冷たい」「協力的でない」と道徳語で処理され、本来の論点が検討されなくなる構造。B-④ 自己犠牲規範
抱え込みや過剰責任が称賛され、無理が正義化して、裁量と学習が育たなくなる構造。
(C)場の沈黙・硬直:学習が止まり、問題が「人」に回収される
C-⑤ 学習停止
言っても変わらない空気が定着し、沈黙が合理的になって、代替案が消える構造。C-⑥ 不可視化(人格回収)
制度・役割・負荷の歪みが見えず、起きた問題が「能力/性格」のせいとして処理される構造。
6類型がつくる「停滞の連鎖」
この(A)~(C)を配置すると、次の流れが見えてきます。
「関係構造」が固定化する
↓
場の「責任配置」が偏る
↓
固定化された環境が「行動誘因(動き方の合理性)」化する
↓
生まれた問題が「人格」へ回収される
つまり、「正しさ」が集中→異論が封鎖→自己犠牲が美徳化→学習が止まる→トラブルは個人の「人格」へ処理されていく連鎖です。
次節では、あえて「人」に原因を求める形(属人的帰着)も併記しながら、事例を構造分解してみます。
2.事例の構造分解
A類型)場の集中
学校はその特性上、関係構造が曖昧になりやすく、責任配置が偏在しやすい現場です。特殊技能を持つ人に業務が集中したり、特定の仕事が「牙城」になったりすることもあります。
私自身も、得意分野に応じて業務の偏りが生まれやすい立場にいました(私は生徒支援が得意です)。
A-①「正しさの集中」型:有能な人に案件が寄る
事例A-①:生徒対応が属人化
【状況】
クラス運営が上手な教員Aに、「課題を抱えた子ども」が集中している。管理職や同僚は「Aさんならうまくやってくれる」と信頼を置いている。Aは、児童生徒―保護者―学校間の調整役/火消し役に回り続けている。
【結果】
・Aが心身ともに疲弊し、メンタル不調で休職
・組織に対応ノウハウが蓄積されず、他教員の経験が不足
・代理担任に誰もなりたがらない状態が生まれる
【トラブルの属人的帰着(よくある語り)】
・Aさんに任せすぎだ
・他の教員は何をしている(指導力がない)
・配置が不公平だ
↓(ありがちな最終責任)
Aが抱えすぎなければよい
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【この型にみられる構造】
・「善意の信頼」が結果責任の集中を生む
・「やらない」ことが合理的になる評価・業務形態
・「うまくやってくれる人が安心」という正義化(安心の道徳化)
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【構造視点】
そのAさんへの「信頼」を、任せる以外の形(共有・分解・育成)で職場全体に活かせないか?
A-②「正しさの固定化」型:判断が独占される例
事例A-②:生徒指導主任の暗黙知独占化
【状況】
家族対応・トラブル対応で管理職の信頼が厚いベテランB。会議で情報共有はされるが、基本は事後報告で、実際の判断はB依存となっている。
【結果】
・若手が育たない
・B不在で現場が混乱する
・組織的合意形成が育たない
【トラブルの属人的帰着(よくある語り)】
・Bさんの判断ミスだ
・Bが情報や判断を抱え込みすぎ
・後進育成を怠っている
↓(ありがちな最終責任)
Bが主任でない方がよい/管理職は配置を考えるべき
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【この型にみられる構造】
・「善意の信頼」が判断主体の集中を生む
・分担・共有できないのは個人の資質だ、という行動誘因
・経験値の高い人が判断するのが合理的、という関係構造
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【構造視点】
そのBさんの判断は、他の誰かが「試しにやってみる」余地があるか?
B類型)正しさの道徳化
学校では職務の特性上、倫理語がよく使われます。その結果、生徒に語るのと同じ語彙で、教員間の評価が行われやすいです。
私自身も、生徒への指導言語と同じ語彙で指導を受けた経験があります。
B-③異論封鎖型:正論が遮断・断罪するのに使われる
事例B-③:成績会議への異論
【状況】
成績会議で「進級に向けて、手厚い支援をお願いしたい」と発言があった。職員Cが「基準未達なら原級留置も検討すべき」と異論を出したところ、周囲から「指導する気がないの?」「協力的じゃない」と反応が返ってきた。
【結果】
・会議の空気が緊張し、表面的合意だけが進む
・進級基準や校内の教育システムの問題は未検討のまま
・職員集団の集団同調圧力が可視化した
【トラブルの属人的帰着(よくある語り)】
・Cは配慮が足りない
・Cは指導力に自信がないから言う
・周囲は甘い/基準意識がない
↓(ありがちな最終責任)
Cが配慮すればよい/周囲が感情的すぎる
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【この型にみられる構造】
・進級基準と支援責任が未整理な責任配置
・道徳語が議論に入り、異論が人格評価に変換される関係構造
・制度議論が心理的コストを伴う行動誘因
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【構造視点】
いま否定されているのは「提案内容」か、それとも「提案者」か?
B-④自己犠牲規範型:「熱意」が正義化される
事例B-④:管理職の抱え込み
【状況】
赴任した管理職Dが「最終責任は私が持つ」と宣言した。しかし実際は現場判断を抱え込み、夜遅くまで残業を続けている。職員は「責任感がある」「熱意がすごい」と称賛する一方、戸惑いもある。
【結果】
・職員の裁量が育たない
・管理職が疲弊する
・組織の意思決定が属人化する
【トラブルの属人的帰着(よくある語り)】
・Dは管理職なのにマネジメントが下手だ
・職員が未熟だから任せられない
↓(ありがちな最終責任)
管理職が交代すればよい/職員が成長すればよい
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【この型にみられる構造】
・判断主体が集中する責任配置
・権限と責任が非対称になる関係構造
・裁量設計が偏在する制度的行動誘因
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【構造視点】
各ポジションにおいて、「熱意」を持って果たすべき役割は何か?
C類型)場の沈黙・硬直
職場文化が固まってくると、さまざまな問題が個人に回収されていきます。
私自身も「エース教員」を見て「自分はあそこまでできない、管理職からも気に入られてないし」と挑戦しなかった経験があります。
C-⑤学習停止型:沈黙が合理的になる
事例C-⑤:会議での沈黙構造
【状況】
職員会議で、決裁権を持つ校長Eが先に結論を言うことが多い。職員は追随する構図が定着し、反対意見は減ってきている。
【結果】
・職員会議が形式的になる
・職員同士の対話や議論が減少する
【トラブルの属人的帰着(よくある語り)】
・あの人はワンマンだ
・何言っても無駄
↓(ありがちな最終責任)
校長が交代すればよい
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【この型にみられる構造】
・職員会議の判断主体が曖昧な関係構造
・判断責任と結果責任が一致しない責任配置
・評価主体と判断主体が同一になりやすい労務構造
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【構造視点】
この場で、立場が弱い人が安心して「未完成な意見」を出せるか?
C-⑥不可視型:構造が見えず、人格に回収される
事例C-⑥:成果が出ない学級
【状況】
問題行動が多い生徒が複数いる学級で、担任Fが対応に追われる。他学級からは「学級崩壊」と揶揄されている。職員会議ではFに「優しすぎる」「もっとしっかり指導を」と責任追及が起こった。
【結果】
・Fが職員集団から孤立
・心身の不調が出る
【トラブルの属人的帰着】
・Fが優しすぎる/甘い
・担任として向いていない
↓(ありがちな最終責任)
Fが担任を交代したらよい
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【この型にみられる構造】
・「学級状態=担任の個性」と帰属バイアスが発動しやすい
・責任と評価が未分化(責任の属人化)
・行動誘因が制度(業務/評価/労務)のエラーにある
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【構造視点】
その問題は「人を替える・変える」以外に方策はないか?
※注意:制度・権限構造の違いによって具体的な力学は異なります。
3.構造の普遍性
ここで扱った現象は、学校に特有のものではありません。支援の現場でも、同型のことが起きます。組織設計一般として見れば、これは「関係構造」「責任配置」「行動誘因」のエラー――つまり構造的課題です。
人を変える前に、まず構造を疑う。
その問いから、「構造視点」を進めたいと思います。
ここまでで、「停滞の型」は見えてきたかもしれません。しかし、型が見えるだけでは、現場は動きません。
重要なのは、「では、自分は何を見ればよいのか?」ということです。停滞を「構造」として見るとは、具体的にどこを観察することなのか。
私は、現場を見るときに、3つの層を確認しています。
関係構造
責任配置
行動誘因
それぞれがどう絡み合い、どこで歪みが生まれているのか。
次の記事では、
私が現場を分解するときの思考プロセスを公開します。
人を変える前に、まず構造を疑う。
▶ 「現場を『構造で見る』とき、私は何を見ているか」
さいごに.
ここで扱った類型は、誰かを裁くためのものではありません。
むしろ逆で、「誰も悪者にしない」ための観察フレームです。
現実の出来事は、個人差(パーソナリティ)/技量差/発達段階などの影響も受けます。ただし、これらの個人属性もまた、構造を形づくる因子になり得ます。
教育・支援の視点から、個人属性への理解を深めることも重要
だと考えています。例えば、発達心理学、社会心理学など、人の内的構造についての知見を学ぶことも重要です。
⏹️本記事は、マガジン
「壊れない現場 ― 教育・支援を『構造視点』で翻訳設計する」
の一部です。教育や支援の現場で起きる出来事を、個人の資質や努力に回収せず、関係構造・責任配置・行動誘因(=構造)から読み解き、現場を構造として翻訳し直す視点を順に整理しています。
このシリーズでは、
違和感 → 構造分析 → 構造視点 → 構造翻訳 → 構造設計 → 実装
という流れで、壊れない現場を構造から考えていきます。
はじめて読む方は、以下の記事からご覧ください。① 善意も熱意もあるのに、うまくいかない
② 問題は「人」ではなく「構造」にある
■ 壊れない現場 ― 構造視点シリーズ(マガジン一覧)
