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【後編】~なりきり作家の旅 オタワ春夏編~世界は優しさ以上で想像不可能!? きっと“なんとなく”で出来ている⑦


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第23章 オタワ

  

生け花と盆栽


 マイケルとの最後を迎えてから数日が空いた。
 代わり映えしない日々も、たまには鮮やかな1日がやって来るのだから人生は面白い。

今日は、レニーと生け花の展示を見に行く日。
生け花と聞いたときはてっきり日本の古風なモノを想像していたけど、実物はなんとも斬新な造形をした展示が並んでいる。
豪勢に飾られた作品たちは、生け花というよりはフラワーアレンジメントに近い。
カナダ人向きにカスタマイズされたのだろう。
 私みたいな歴史の浅いミーハーには、作品に込められた厳かさよりも、見て分かる派手さを押し出すカナダナイズのほうが楽しめるのが正直なところ……。
 本場を経験している瑠美さんに言ったら、苦い顔をされそうだ。

「レニーは知ってる? 瑠美さんは生け花もできるんだよ」
「ルミはなんでもできるね。以前にも僕らにお茶を披露してくれたし」
 瑠美さんの多彩さにはいつも息を呑んでいる。
 なんでもそつなくこなせるシゴデキに憧れないと言えば嘘になる。
 しかしレニーはそんな瑠美さんよりも、私の現状に羨んでいた。

「キミはルミより幸せだろう?」
「どうして?」
「独身で自由だ」
 レニーの言葉には、隠しきれない重みが込められていた。
 後悔を思わせるような、そんな苦しい重み。
「……旦那さんを見たことあるけど、優しそうな人で瑠美さんも幸せそうだったよ」

 けど、私が見たのは瑠美さん夫婦の表面的なモノだけ。実体まではわからない。
 それにチュニジアの大橋さんに愚痴をこぼすくらいには、夫婦円満というわけではないらしい。
 とはいえ彼女たちの幸福を、他人である私たちが品評するのもおかしな話である。

「ボブは知ってるよね?」
「私の今の担任でしょ。その人がどうかした?」
「いい奥さんがいて幸せだと、彼には僕がそう見えているらしい。どこの家も決して人の前ではいつもの姿を見せないから、ボブの見立てが間違うのも仕方ないけどね。けど僕は声を大にして言いたい。結婚はロクなモノじゃないと! 特にキミのような自立している人は、結婚なんてしないでボーイフレンドと一緒に住むくらいの距離感がいいと思うよ」
 経験者は語る……なのかな。

 ボブといえば、彼にも自作の小説を読んでもらおうとしばらく前に渡している。
 グエンからいろんな人に読んでもらったほうがいいという、アドバイスを実践した結果なのだが……。

「でも結局、一週間経ってもまだ読んでいないって。もう読む気がなさそうだから諦めて返してもらったよ」
「あぁ、ボブには豚に真珠だからね。読んでもらうにしても、人は選ばないと。その価値がよくわかっていない人に渡しても無駄なだけさ」
 それを思うと、忙しい合間を縫って読んでくれたローナはやっぱりいい先生だ。

 生け花鑑賞もほどほどに、レニーは家の用事で先に帰ってしまう。
 一人になった私はあてもなくぶらついていると、生け花の主催者である菊川さんとバッタリ出会い、そのまま話を聞くことができた。

 菊川さんの見た目は小柄で、内面もなんだか繊細そうな男性だ。
 25年間日本で暮らし、もう25年間はカナダに住んでおり、ちょうど人生の半分ずつを2つの国で過ごしているという。

「日本でお花をやっていたときは協会派閥やら何やらがあってね。簡単には上には上がれなかったけど、カナダは実力社会だからやればやっただけ認めてくれるんだ」
「私が生け花をあんまり見たことないからかもしれないですが、どことなくフラワーアレンジメントと似てますよね?」
「これらは僕のアイディアでミックスしたんだ。日本だと決まったやり方にこだわっていろいろうるさいけど、こっちではそんなの気にせず綺麗であればいいって感じだからね。基本をわかっていればなんとかなるから、あとは真似したり、自分流にしたりなんとでもなる」

 へぇ、歴史が深いだけがいいとは限らないんだ……。
 生け花のアレコレを知らない外国なら、歴史よりも見た目に着目されるのも納得というもの。
 しかし展示会を開くほどの実力があっても、菊川さんに入って来る生け花の売り上げは微々たるものらしい。
 では彼の主たる収入は何かといえば、自作した絵を売ったお金とのことだ。
 そんな彼は来週にも展示をするらしい。今度は盆栽を中心としたものを。

 確かレニーは来週、グレゴリーの世話をするために家から出られないと言っていた。
 となると誘うとすれば瑠美さんか。彼女ならこの手の分野に造詣が深いし、気に入ってくれるだろう。
 しかし生憎と留守電になってしまったため、一応のメッセージは添えておく。
 瑠美さんがダメでも、一人で行こう。

 夜になって、レニーのほうから電話があった。
 雑談ついでに盆栽の展示に行く旨を伝えると、彼は私が想像するよりも過敏に1人の可能性を気にしていた。

「ルミ以外に誘う相手はいないのかい? かつてのクラスメイトのトシやキヨコは?」
「瑠美さんは生け花をやっていたから盆栽も興味あるかと思って誘っただけ。別に一人で行っても主催者さんとお話しできるし」
「一人で盆栽かぁ……。じゃあ、その後家にEメールをやりに来る?」

えっ、一人で盆栽を見に行くのってそんなにおかしい?
 私は世界を一人で歩いて旅してきたのに、なんで盆栽は一人で見に行って楽しめないと思うのだろう。 
 ……不愉快だ。 

 それにさりげなく自分の家に誘い込もうとするのも鼻に付く。
 展示会の日はシンシヤが留守だと聞いているけど、それでもレニーの家にはもう行きたくないと伝えてある。
 彼女がいる・いないの問題ではないのだ。

 でもレニーにはきっと悪気の欠片すらないのだろう。
 ただ純粋に私を家に誘っているだけ。私の神経を逆なでしている自覚すらないのだから、もう手に負えない。

「私は一人でも楽しめる!」
 腹の底から湧き上がる憤りに任せて声を荒げ、勢いのままに受話器を叩きつける。
 私が何で怒っているか、レニーにはきっと理解できないだろう。
 電話ではなく、直接会って話していれば私の表情などで察することはできたかもしれない。

 カナダは個人主義の国なのに、どうしてかレニーは自分の意見を押し付けがちだ。最近は特に……。



暖簾に腕押し


 レニーとの電話があってから少し空いて。今度は瑠美さんからの電話がかかってくる。
要件は、私が日中に留守電を入れた、今度催される盆栽展示会についての返事だった。

 一緒に行ってくれるかも? なんて淡い期待は、期待止まり。
 生憎とその日は先約があるらしく、行くことはできないそうだ。

 先約があるなら仕方がない。
元より急な誘いだったのだ。一人で行くのも覚悟の上だったし、それについては問題ではない。
問題なのは、先程のレニーとの電話で私の心に悶々とした気持ちが蓄積してしまっていること。
この気持ちを誰かに話さずにはいられなかった私は、瑠美さんからの要件を聞き終えてすぐにレニーについての話題に移った。

「そんなことが……。レニーって基本的に寂しがり屋だから、奈々ちゃんも一人でいるのが寂しいんじゃないかって心配してるのよ。当人からしたら余計なお世話なんだけど、周囲には中々伝わらないものよ」
「瑠美さんも経験あるんですか?」
「それはもう何回も。例えば社会人のときね。お昼くらいは一人で食べたいと思っていても『瑠美ちゃん、こっちで一緒に食べよう』って親切で言ってくれる人がいたの。やっぱり一人でいると寂しいって、周りからは思われるみたい」
「一人=“寂しい”わけじゃないですからね」
 むしろ常日頃誰かと一緒というのは気疲れしそうなものだ……。

「奈々ちゃんはレニーとはタイプが違うから。絵を描いたり、小説書いたり。そういう自分の世界で楽しめるタイプなのよ。レニーはきっと、わたしには弱い部分を見せない。けど奈々ちゃんにはさらけ出している。逆にレニーも奈々ちゃんの嫌なところを見てるわけだから人間関係っておもしろいのよ。レニーだって人間なんだから、四六時中いい人でいられるわけじゃないもの。例え相手の嫌な部分が目に付いても、そういうのはお互い様だと思わないとね?」

 そっか……。
 私、いつのまにかレニーを『そういうキャラ』に当てはめてしまっていたんだ。実在する相手に対して、理想というフィルターを覆い被せて。
 ……いや、レニーだけじゃない。これまで出会ってきた人にも、無意識の内に理想のフィルターを被せていたんだ。

「奈々ちゃん言ってわよね、ボブ先生が小説読んでくれなかったって。他にも、ローナ先生から集中攻撃を受けたとも。今でも当時の怒りは収まってないかもしれないけど、そういうのもいつの日か良い思い出になるから」

 思い出かぁ。
 瑠美さんの言う通り、ボブの件は言わずもがな。ローナとのいざこざだって和解したとはいえ、当時の憤りすべてが解消できたわけではない。
 それでも振り返ってみれば、今では怒りよりもむしろローナへの感謝のほうが大きくなっていることを実感する。

 年長者との会話はハッとすることの連続だ。
 目の前のことで視野も思考もいっぱいだった私に、瑠美さんは俯瞰という新たな気付きを与えてくれる。

 モヤモヤが晴れたことに礼を言って、電話を切る。
 しかし受話器を置いてすぐ、今度は別の感情が湧いて来る。

 瑠美さんはこれほどまでにレニーについてフォローしてくれていたのに、当のレニーは、私を持ち上げるためとは言え、瑠美さんが不幸であるような言い草だった。
 『キミのほうが幸せ』だと、わざわざマウントを取るような言い方までして。

 ……やるせない。
 どうして瑠美さんをそんな風に悪く言うの?
 素朴な疑問が次第に不満に変わり、日頃の鬱憤が我慢の利かないところまで膨れ上がった私は、衝動に任せるままレニーに向けて再び受話器を取っていた。

 瑠美さんのことをそんな風に言って欲しくない……。
 あなたの家に行きたくないのを知ってるくせに、誘わないで欲しい。
 一人で過ごすのは好きでしていることだし、これも創作活動の一環なの!

 始めこそ冷静を努めようとしたけど、虚しい努力だった。
ヒートアップしていく語気を感じながら、それでも頭に上った血が自制を促すことは無い。
 一通り話し終えた頃には、押し留めていた想いの丈すべてをレニーへとぶつけていた。

 ついさっきぶりの電話が掛かって来たかと思えば、再び怒りをぶつけられたのだ。レニーからしたら肝を潰すような思いだったに違いない。
 それでも彼は文句の1つも言わず、ただひたすらに謝っていた。
 ……私は別に、彼の謝罪が欲しくて電話したわけじゃないのに。

 一方的に謝られていると、なんだかこちらが悪者になったような気分になってくる。
 どうして何も悪くないはずの私が、こんな不快感を味わわなくてはならないのか。

 元はと言えば、彼が謝るようなことをするのが悪いんじゃん。
 またやっても謝れば済むって思ってるんでしょ。だから何度も同じ過ちを繰り返しちゃう。あるいは自分が悪いという意識がなくても、穏便のために頭を下げる。
 ねぇ、レニー? あなたが言ってくれてるその謝罪、それは一体何に対してのモノなの……?

 謝るのは簡単じゃない。だけど出来さえすれば、これほど便利なモノもないように思う。
 自分が折れることですべてが上手くいく。心のどこかでそう思ってるんじゃないの?
 私……レニーの謝罪が、自分の意見を押し通す努力を放棄しているようにしか聞こえないよ。
 そんな卑怯なレニーは、見たくないのに。

 あまりにも聞き慣れてしまったレニーの「I'm so sorry.」は、私にいろんな思いを巡らせた。
 しかしできたのは頭の中に思い浮かべるだけ。英語で伝える術を私は持っていない……。

「キミは怒っているときも、幸せなときもすごくはっきりしていてわかりやすい。何かのフリをしたり、ごまかすことがないところがいい」
 度重なる謝罪の後に、レニーがそう言葉を残す。

 どうやら彼と私とでは、見ている視野の広さが比較にすらならないらしい。
 ……レニーとは、いつまで経っても対等に喧嘩ができない。



自分軸


 一週間後の今日は、約束していた菊川さんによる盆栽展示会の日。
 先日同様の会場に赴くと、丁度菊川さんによる盆栽のデモンストレーションが行われているところだった。

 雄大に緑を湛えた松の木に、菊川さんが丁寧にハサミを入れて整形を施していく。
 ……見る人が見れば、圧巻の一言に尽きるのだろう。
 しかし私は見るべき知見を持たないミーハーもいいところ。一目しただけでその華やかさがわかる生け花のほうに見応えを抱いてしまうのが正直な感想だ。

 レニーは多分わかっていたのだ。私が一人で盆栽を見に行っても時間を持て余してしまうことを。
 だからこそ彼はあれほどまでに気にしていたのだろう。
 それからは時折盆栽をぼうっと眺めては、時計を眺めたり、時間をいかに消費するかばかりを考えていた。

 そして迎えた展示会終了時間。
 挨拶のために菊川さんの元へと向かうと、出迎えた彼はほのかに苦笑を浮かべていた。
「お花より地味だから、若い人が見ても退屈じゃない?」
 まさか……見透かされてる?

 とはいえ、流石に「はい、そうです!」なんて答える度胸なんて持ち合わせていない。
「いえいえ……この渋さが落ち着きますよ。日本庭園の緑を思い出して懐かしい気持ちです」
 咄嗟に出たそれっぽい感想も、決して丸っきりの出まかせと言うわけではない。
 盆栽を見ていて抱いた懐古の気持ちは本物だ。

 いかにもな感想に、それでも菊川さんは私の本音を聞き分けたのだろうか。
 菊川さんは頷きながら一言――
「僕の家のガーデンはまさに日本庭園だから、よければ見に来る?」
 そんな提案に、私が答えるものはもちろん。
「行きます!」
 この二つ返事以外にあり得ない。

 旅の出会いは一期一会。何が起きるかわからないから、一人旅って辞められないんだよねぇ!

 ──後日。
足の無い私のために、菊川さん自ら車で家に迎えに来てもらうという好待遇を受けることになっていた。
また彼のサービス精神は何も迎えだけに収まるものではなく。
道すがら高級なパン屋に寄ったかと思えば、4段も積まれた背の高いホールケーキをプレゼントしてくれる。

 何の偶然か、後ほんの数日で私の誕生日。
 特段誕生日について話題になんて出していなかったのに、期せずして少し早めのバースデーケーキを貰ってしまった。
 さらには、ついでと言わんばかりにデニッシュ8種も付け加える極太っ腹ぶり。

「こちらはほんのお気持ちです。どうぞ持って帰ってお食べ下さい」
 そこまで言われてしまったら、いまさら遠慮するのは却って失礼というもの。

 しかし私一人では到底食べきれない量だ。
 ……けど、レニーと食べたらあっという間になくなるなぁ。
 食卓を囲む面子を頭に思い浮かべて、真っ先に登場したのはレニーの満面の笑みだ。

 なんて想像も程々に、菊川さんの家に着くまでの間は彼についての深堀りタイム。
 菊川さんは、日本では地図を描く仕事をしていたという。
 何度も描いて染みついた手癖により、定規を使わなくても緻密な地図が描けるそうだ。
 ほほう……。私の場合、定規を使っても地図になるか怪しいなぁ。

 地図の他にも、菊川さんは普通の絵も嗜んでいるらしい。
 「見たい」とせがむ私に、彼は彩り豊かに描かれているフクロウが描かれたポストカードをくれた。
 一目見ただけでも、その絵が正確なデッサンで描かれているものだとわかる。
 精密で細かく、写実的。私が普段描いているような、色で遊ぶ抽象画とは正反対の絵だ。
 感動で息を呑むような絵に、私の乏しい語彙では『すごい』と、薄っぺらい感想を述べるのが精一杯……。

「やっぱり作品って、多くの人にもらってこそだと僕は思うんだ。作者本人が気に入る・気に入らないにかかわらずね。けれど作品すべてが万人から気に入られる必要もない。見てくれた人の中で、10%でも『好き』って言ってもらえたら満足さ。自分が失敗したと思ったものでも誰かは良いと思ってくれるし、自分で良いと思っていても誰かにはそうでもないことだってある。好みなんて人それぞれだから」

 似たようなことはグエンも言っていた。
 やっぱりプロの創作家というのは、得てして同じような哲学に至るものなのだろうか。
 残念ながら私はまだ、そこまでの境地には至れていない。

「アイディアが浮かばないときはどうしてるんですか?」
「スランプに陥ったときは、人の作品を見てやりたい気持ちになったらやる」
 よかった、そこは私とおんなじだ。
 私も、読んだ本から気になった言葉を覚書きして、そこから着想を得ることをよくするから。

「僕の母親は『画家なんて怠け者がなるものだ』って言う。けれど僕から言わせてもらえば、彼らは怠けてるんじゃなくて、次に描くものを考えているだけ。まぁ母親の言いたいこともわかるけどね。よっぽど才能がある人じゃないと食っていけないと思ったんでしょ。でも画家は毎日描き続けていないとなれない」
「やっぱり才能より努力なんですね」

 グエンという本物の画家を目の当たりにしてつくづく思う。
 彼女は暇さえあれば絵を描いている。そうでなくても、常日頃から絵に関する事柄を頭の中で思い描いているように思う。
 もはや画家という職業というより、画家という生き物と言ったほうが適切なのかもしれない。

「だんだん上手くなっていくそのプロセスを楽しめるから、楽しい努力だよ。それに芸術は内発的な楽しみだから、僕のように動機が内向きなタイプには働いているだけで幸せになれるんだ。人が作ったモノだけをいいと思っている限りは、どうしたって搾取の構造にもなるし」
「満足の在り方も、お金を出すだけの一方向より、自分からの発信も行えたほうが充実しますよね」

 これまで度々作品を披露してきた身として、菊川さんの持論は素直に頷ける内容だった。
 好きなモノを買う。これだって心は満たされるけど、自分の作品で他人を喜ばせることの満足感と言ったら、アレは味わった者にしかわからない至上の快感だ。

 菊川さんからの待遇は車の中でも至れり尽くせり。
 繊細で小さなことでも気が回る彼。そこまで気が行き届いていたら恋人の一人や二人いそうなものなのに、彼はここ何年も女っ気がなく犬2匹と暮らしているらしい。

 自分のやりたいことで生きていると、誰かを愛すよりも夢のほうに比重が傾いてしまうものなのかも。
 やっぱりアーティストって、どこか自己愛が強そう……。
 偏見だけど、私についての深堀りをしようとしない辺り、あながち間違いじゃないのかも。

 車窓からの景色は、やがて自然が豊かでのどかな風景へと変わり、しばらくして菊川さんの家へと到着する。
 家に訪れて早々向かうのはもちろん、部屋の中ではなくご自慢の庭園。
「わぁ……ッ!」
 そこはまさに、懐かしき和の国の景色そのものだった。

 ここがカナダであることを忘れるくらいに、日本の景観・風情が揃えられている。
 砂利が敷かれた飛び石を越えて行けば、見えてくるのは石に囲まれた小池と、手入れされた木々たち。
 筧からは清涼な水が水面に波紋を立たせ、柔らかな緑が広がる苔の庭は、完成された自然を見事なまでに演出している。
 遺伝子の奥に眠る日本人の感性が、これでもかと懐古の喜びに震えているのがわかる。

「たまに鹿やイタチが、そこで実っているりんごや池の水などを飲みに来るんだよ」 
 曰く、りんごや池は動物のために置いているようなものらしい。
 ここへ来る野生の動物も、菊川さんからすれば飼っている感覚なのかな。

 てっきり私は、菊川さんが自分のこと以外は何も興味がないナルシストな人だと決めつけていたけど、こうして話を聞いているとそんな独り善がりな人物でないことは身に染みてわかった。
 花や動物にも目を向けられる、視野も懐も広い人。
 人は見かけによらないとはよく言うけど、会って間もない言動の印象だけでも判断すべきじゃないよね……。
 また1つ、改善すべき悪癖が見つかったようだ。

 人生を豊かにするのは、何も人間のパートナーだけに限った話ではない。
 植物や動物と一緒に生きるのだって、立派で素敵なことではないか。

 庭園を満喫した後は、縁側で菊川さんお手製のサンドイッチを頂戴する。
 文句の付けようもない料理で小腹を満たした後は、引き続き彼の創作物の観賞会。

 庭園や絵画は言わずもがな。それ以上に感銘を受けたのは、彼の生き方そのものだ。
 自然との共存は言うのは簡単だけど、菊川さんレベルまで生活に落とし込めている人はそう多くない。
 完璧という陳腐な言葉でしか言い表せないのが悔しいけど、それ以外に彼の生き様を言い表す語彙が私にはない。
 作品を巡る中でも、私はただひたすらに称賛の言葉を連呼していた。

 ただこうして『完璧』を目の当たりにしていく中で、ふと疑問に思うことがある。
 菊川さんの人生に“挫折”はなかったのか、と。

「菊川さんは自信がなくなったり、評価されなくて落ち込んだりしたことはなかったんですか?」
「自分が本当に満足できた作品であれば、評価されなくても気にならない。承認欲求の方向性だね。僕の欲求は自分に向いているから、自分の感覚を信じて最高の作品を仕上げる。そして他でもない“自分”から評価をされたい。他人からの評価を判断の基準にしていると動けなくなる。仮に仕事として僕の作品が周りから認められていなくても、僕は今のように創り続けるだろうね」

 創作家としてあるべき姿がそこにあった。
 菊川さんはきっと怠惰とは縁遠い存在なんだ。自分で研鑽を続けられ、目標も常に高く持ち続ける。
 そんな人が作った創作物なんだ。他人から見ても一目も二目も置かれるのは当然の話だった。
 私のような、なんちゃってクリエイターとは意識も格が違う。

「菊川さんのセンスがいいから、他者からも満足されるんですよね」
「センスについては否定しないけど、それも自分からの承認があってこそだから。僕が作るのは、自分を満足させたいから。その過程で周りにも満足を届けられるなら儲けものだ。けど決して周りだけのために作ることはないよ。承認を外側に求めていると、その人たちに自分の欲求を埋めてもらわないといけないでしょ? そうなったら最後、僕は“自分”からの承認を得られない」

 新たな視点だった。
 菊川さんは、真っ直ぐと自分を中心にした評価軸の持ち主なんだ。
 先程一方的に断じてしまったナルシストや、単なる自己愛者ともまるで違う。

 彼はただ純粋に、自分のために生きている。
 しかし決して自分だけのために生きているわけではない。
 動物にも自然にも。はたまた私に対しても、菊川さんは礼節を尽くしてくれていた。

 きっと彼こそが芸術家のあるべき姿なのだ。
 何人たりとも脅かすことのできない、確固たる“自分軸”。
 ……私には圧倒的に足りない要素だ。



個人主義と利他主義


 菊川さんの積もる話も一区切りついた頃。時計を見ればそれなりの時間が経っていた。
「長居させちゃったね。送ってくよ」
 彼からの送迎の申し出に、私は即答でお願いする。
 せっかくの厚意だもの。甘えられるところにはとことん甘えて行かないと!!

 車に乗り込む最中、菊川さんの家に一人の女性がやって来た。
 菊川さんはその女性と面識があるらしく、顔を合わせてすぐに挨拶をしていた。
 一連の様子を眺めていた私に、菊川さんが耳打ちをしてくれる。
「ご近所さんだよ」
 耳打ちしてすぐ、今度はそのご近所さんに私のことを紹介する菊川さん。

 彼の紹介に合わせて、軽い会釈を交えながら挨拶を述べる。
 ただ突然のこと過ぎて、私の挨拶は最低限のものでしかなかった。
 ……人見知りが口数を減らす。もう何度も似たようなシチュエーションには出くわしているのに、予期してないとすぐこれだ。
 互いに知らない者同士ならもっとやりようがあったのだろうけど、知り合いの知り合いとの顔合わせはどうにも苦手だ。

「この子はあんまり英語が話せないので」
 私の口数の少なさに、菊川さんがすかさずフォローを入れてくれる。
 波風を立てないように気を回してくれたのだろう。
 彼の対応はありがたい反面……自分の中でどこか引っかかるものがあった。

 1年以上も日本を離れているくせに、私は未だに英語でうまく話せていない。

 ……えっ? 本当に?
 菊川さんはああ言っていたけど、私が話せないのって人見知りによるものだよね?

 フォローをありがたいと思うのと同時に生じた違和感。
 始めこそ拮抗していた両者であったが、菊川さんの言葉を反芻している内に違和感のほうが強くなっていく。
『菊川さんに私の何がわかるって言うの?』
 いくらフォローするためとはいえ、勝手に英語が話せないと決めつけられたことが、どうにも腑に落ちない。

「あなたはカナダに住むつもりなの?」
 菊川さんからの紹介を受けてか、ご近所さんが私に興味を示す。
「ノー」
 彼女の疑問に、考える間もなく否定を返す。
 しかし言ってから、自分の即答が失礼にあたっている可能性に思い至る。
 この国で生まれた相手に対して『住みたくない』なんて突っぱねられて、良い気持ちはしないよね……。
 私は慌てて言葉を足した。
「カナダは好きです。でも住むことは……」
「いいのよ。あなたが幸せになるほうがいいから」
 女性は先の返答を気にしている様子はなく、むしろ柔和な笑みを浮かべながら私の幸せまで祈ってくれていた。
 そういえばここって個人主義の国だった!

 ご近所さんとの会話も程々に、帰宅に向けて車に乗り込む私たち。
 しかし帰りの道中、急に車の調子が悪くなり始めたかと思えば、道の真ん中で完全に車が止まってしまう。
 菊川さんが車の様子を見ていると、通りがかった車がわざわざ停車をして運転手が様子まで見に来てくれる。

「どうした?」
 運転手の男性に事情を伝えると、なんと彼はおもむろに携帯を取り出し、レッカー会社に電話するよう携帯を貸してくれたのだ。
 菊川さんがお礼にお金を渡そうとしても、その男性はわずかでも受け取ることはなく、当然のことをしたと言わんばかりに去って行った。

 世の中まだまだ捨てたもんじゃないな……。
 むしろ助けた礼に多額のお金をせびる人だっていそうなものなのに。

 さっきの運転手がたまたまいい人だった?
 いやいや、この町の慈愛精神はそんなもんじゃありませんって。

 私たちがレッカー車を待っている間、なんと8台もの車が先程と同じように停車し、運転手自ら声をかけに来てくれたのだ。
 さすがは田舎というべきか。あるいはこの町だからそうなのか。
 彼らは等しく手を差し伸べ、見返りは求めない。
 これが都会であれば、きっと自分のことで手一杯のはずだ。無償の気遣いをする余裕なんて生まれないだろう。

 一連の出来事に、私は純粋に物珍しさと心の温もりを感じていた。
 ただ菊川さんとしてはそれどころではなかったらしく、彼は何度も私に謝罪の言葉を口にしていた。
 これは誰のせいでもない単なるアクシデント。菊川さんがそこまで謝る必要なんてないのに……。

 菊川さんの態度が誠実であればあるほど、ベネズエラで経験したパラグライダーツアーでの車両事故の適当さが浮き彫りになる。
 同じアクシデントとは言え、タイヤが外れて進行不能になってもスタッフからの謝罪はもちろん、その後のアナウンスも一切なし。
 そんな対応を経験した後だもの。
 そこまで菊川さんに謝罪されちゃうと、むしろこっちが申し訳なくなって来る。

「いいですよ。気にしてませんから」
 もう何度口にしたことか。
 心の底から気にしていないのに、菊川さんにはどうしたって社交辞令として受け取られてしまう。

 これがカナダ人相手なら、「It's OK(大丈夫)」で事足りるんだけどなぁ。
 いくら菊川さんが人生の半分をカナダで過ごしていても、日本人としての気質は易々とは変わらないものらしい。
 あるいは、変わる日なんて来ないのかも……。

 そう、菊川さんはどこまでも気が回る。
『この子はあんまり英語が話せないので』
 家を発つ前、私のフォローのために伝えたこの言葉も、別の解釈ができるのではないか。
 彼は何も、私のことを見下したり、知ったかぶりをしたわけではない。
 英語が話せるとわかったご近所さんが、私にいろいろと話かけたら。そうなれば私が困る未来が想像できたからこそ、彼は前もってやんわりと牽制してくれていたのかも。
 一言で“英語が話せる”と言っても、カナダ人と日本人では想定しているレベルが異なるから。

 今日一日、菊川さんの細やかな気配りを見ていて気付いたことがある。
 彼はおそらく『自分が満足できるサービス』を人にも同じようにしている。
 計画した『完璧な一日』が最後の最後で崩れてしまった瞬間、私よりも彼のほうがショックに顔を歪ませていた。
 彼が人にも完璧であろうとするのは、究極的には全部自分の満足のためなのかも。

 とはいえこちらとしては、上質なサービスを享受している身。
 本人の腹積もりがどうであろうと、例えサービスに綻びがあったとしても、私が抱くのは感謝以外にあり得ない。
 ……とまぁ、一連の気持ちを上手に伝えられたら良かったんだけどね。
 見るからに狼狽している菊川さんに今感謝を述べるのは、却って逆効果になりそうだ。

 カナダ人は一見すると個人主義でありながら、利他主義の側面を持っている。
 じゃあ菊川さんは、利他主義のようで個人主義ということになるのかな?



何も言えない


 もうじき迎える7月といえば、学校が夏休みに入る時期。
 学校全体が長期休暇に向けて片付けを始める中で、レニーも例に漏れず放課後になれば片付けに邁進する日々。
 そんなレニーの役に少しでも立つべく、放課後に残った私は彼の手伝いをしている。

 今日のレニーの作業は書類整理。
 私が今まで彼の授業でしたためてきたショートストーリーや、旅先からの手紙をファイルに纏めていく。

 私がオタワを去った後、彼がそのファイルを開く日は来るのだろうか。
 読んで欲しい期待を抱きながら、天邪鬼な私はつい憎まれ口を叩いていた。
「どうせ読み返すことなんかしないでしょう?」

 レニーは作業の手を止めず、ただ静かに言葉を返した。
「キミは他人に期待し過ぎているよ。人は朝起きたときには昨日とは別人になっている。それにキミが大切に思っていることを、他人が同じだけ大切にしてると思うのは危険だ。キミが南米の旅から帰ってきて、逞しくなったように、人はいつも同じではいられない。期待し過ぎず、期待しなさ過ぎず。融通を利かして臨機応変にしないとダメだ」

 軽口のつもりが、想像以上にレニーの機嫌を損ねてしまった。
 いつものレニーとは違って、今回のお説教は中々に厳しい口調だった。
 いの一番に謝罪が飛び出す優しくて柔和なレニーのイメージが強かっただけに、彼の返答は意外という他ない。

 いや、意外というのも私の思い上がりだ。
 営業マンやサービス業のように、レニーが単にプライドを下げるパフォーマンスが上手いだけで、私がまだまだレニーのことをよく知らないだけなのかも……。
 いずれにせよレニーの返答は徹頭徹尾正論であり、反論はもちろん、私の疑問を再度問い直す気にもなれなかった。

 レニーがここまでナーバスになっているのは、彼が苦手とする片付けを学校側から強要されているからだろう。
 下手にまた何かを言って彼の癪に障るようなこともしたくなかった私は、ただ無言での作業を貫いていた。

 作業がようやく終わったタイミングで、レニーのほうから声をかけられた。
 さっきまでのイラ立ちはすっかり消え去り、顔にはいつもの朗らかな笑みが浮かんでいる。
「キミの誕生日の前日、カナダデーで花火が上がるんだ。ちょうどその頃、シンシヤがグレゴリーを連れて2、3日旅行に出かける。良かったら一緒に花火を見て、夜はキミの部屋で一緒に誕生日を過ごさないか?」

 突然の誘いに、私の胸は歓喜で溢れかえる。
 花火を見て、その夜はレニーが家に泊まって誕生日を迎えられるなんて! 夢にまで見た憧れのシチュエーションじゃん!

「もちろん!」
 満面の笑みで応える私に、レニーは続けて「でも……」と口元を歪ませながら言葉を続けた。

「シンシヤは情緒不安定で気分屋だから、計画が土壇場で変わることがある。今までもそれでドタキャンになって予定を変更したことが何度もあった。だから、確約はできないんだけど……」
「うん……。それは仕方ないよ。一人で過ごすことには慣れているから大丈夫」
 そう返す以外の選択肢なんてない。

 けど言葉は良くても心は別……。
 最初から一人を満喫するのと、レニーと過ごせるかもしれないのに、結局は一人で過ごすハメになるのは、同じ“一人”でも意味合いはまったく違う。

 今までも私のほうが先に約束をしても、レニーの家庭の都合でキャンセルになったことは何度かあった。
 やっぱり家族の方が優先順位が上。そんな当たり前を口に出すことはない。
 私は一人でも大丈夫だけど、レニーの家族にはレニーが必要。だからこういう状況になっても仕方がない。

 自分で選んだこととは言え、どこか虚しい気持ちに苛まれる。 

 しかし私はこの気持ちを言葉にする術を持たない。
 そもそもの語彙もそうだけど、自分でもハッキリと今の心境を把握できていないのだから。
 ただ1つ言えるのは、私はレニー自身が好きなだけで、彼を取り巻く家庭の事情までは許容しきれないってこと。
 狭量だと嗤われるのも覚悟の上だ。
 でも自分の気持ちに嘘をつけば、ますます不幸になる気がするから。

 そんな複雑な心境を、私はただ微笑みながら胸の奥に押し殺すんだ。



火花が散る


 それから数日が経って、迎えた誕生日の前日。自室の机に向かった私は筆を走らせていた。

 内容は、ブラジルで体調不良に苦しめられていた際に思い付いた物語のアイデアの書き起こし。
 極限状態で書き殴ったプロットと呼ぶほうが相応しい乱雑な文章。
 いい機会と思い、英語で清書することにしたのだ。

 作品の題材は、ずばり本能的欲求である“性”について。
 恥も外聞もかなぐり捨てて、ただ自分のオリジナルを表現したかった。
 殴り書きの本分の状態でも要素としては確立されている。我ながら、随分とタブーに斬り込んだと思う。
 マニアックな内容は当然読む人を選ぶだろう。
 けどそれがいいのだ。素人の私が万人に向けたところで、誰にも刺さらない。
 狙ったただ一人に向けて、琴線に触れる一撃を放つ。

 しかしそこで立ちはだかるのは相も変わらず言語の壁。
 日本語の文章を英訳するにしても、私の貧弱な語彙では詩的な表現なんて夢のまた夢。書き上がった初稿は、自分でも苦笑が浮かんでしまうくらいにシンプルを極めている。
 果たしてこれで本当に、私の言いたいことが伝わってくれるのだろうか……。

 拙い英文でも快く読み進めてくれたアグネスやマイケルはもういない。私に頼れる読者はレニーだけ。
 もちろん頼んだら彼は目を通してくれるだろう。
 しかしいつものようにお願いすれば、いつものようにただ「素晴らしい!」と絶賛を返すだけ。
 内容についての意見ははぐらかされるのがオチだ……。

 どう思ったのか、何を感じたのか。
 私は、レニーの素直な感想が知りたいのに!

 物語を書き上げた達成感と同時に、やるせない気持ちが込み上げる。
 作品が出来上がっても、誰にも読んでもらえなければ存在しないも同然なんだ。

 ……そういえば今夜は、レニーと一緒に花火を見るんだっけ。
 花火を見終えた後に読んでもらう? やっぱり一刻も早く感想を聞きたい。
先に読んでもらってから花火へ……。うーん、もし感想会で盛り上がったら、興奮で花火どころではなくなるかも。

 まだ始まってもいない内から、花火を見た後の予定を妄想する私。
 鼻歌交じりに出かける準備を整え、部屋にレニーを迎える体勢も万全にしていく。
 そう……。そんな呑気ができるのも、とある重要な情報を失念の彼方へと放り捨ててしまったから。

 現実は非情だ。
 一本の電話が、天にも昇る気分だった私を奈落の底へと叩き落すのだから。

「ナナ、申し訳ない……。グレゴリーが花火を見てから旅行に行きたいと急に言い出してね。シンシアたちが発つ予定が明日に伸びてしまったんだ。今夜は行けないけど、明日はそっちに行く……。あ、これもまだ当日にならないと確定しないから、彼らが実際に旅立ったらまた電話するよ」
「…………」

 長い沈黙。我慢に閉口することが、私に許された唯一のワガママ。
 無論、言いたいことは山のようにある。けどここで口を開けば、私は自分の言葉に嘘を吐くことになってしまう。

 元より、レニーとの花火の約束は“確約”ではなかった。
 それに『自分は一人で過ごすから大丈夫だと』も伝えてあった。
 だから今味わっている傷心は、一人勝手に舞い上がっていた私への罰。

 大丈夫。明日になれば、物語を読んでもらえるんだから……。
 何度も自分に言い聞かせ、必死に折り合いをつけるように努める。

 ……努めたいのに、最悪な可能性が脳裏に浮かんで仕方がない。
 グレゴリーもそうだけど、気まぐれなのはシンシヤだって同じこと。明日になったら旅行をキャンセルすることだって0ではない。
 7月に突入した今学校でレニーと会う機会はなく、次はいつ会えるのか不透明なまま。

 この物語はいつ日の目を見るのだろう。
 それにやるせないのは、物語を読んでもらえなかっただけじゃない。

『最初から一人を満喫するのと、レニーと過ごせるかもしれないのに、結局は一人で過ごすハメになるのは、同じ“一人”でも意味合いはまったく違う』

 不安、悲しみ、憤り……。ない交ぜになった感情すべてを伝えたいのに、私には言い表す語彙がない。
 対面によるジェスチャーもない以上、結局は黙るしかないのだ。

「ナナ? 聞こえてる?」
 当人としてもバツが悪いのか、レニーの声色はいつにも増して優しいものだ。
 ……それが今の私には心底不快だった。

「……もういい。会わない。二度と会いたくない」
自分の気持ちを逐一説明することを放棄した私は、ただ感情の昂るままに言葉を吐き捨てた。

「え? ごめん、ナナ。キミは一人でも大丈夫だって言ったから……」
「あなたは私の言ったことを言葉通りにしか受け止めない! なんでわからないの? 普通こう言ってても思っていることとは違うんだから!」

「キミはいつも感情がはっきりしていてわかりやすいのに、たまに頭で計算したゲームを仕掛けてくるんだ。僕はキミの言ったことしか信じられないし、キミの言ったことを尊重する。頼むからいつものすごく素直なキミのままでいて。こっちに気持ちを当てさせることはしないで」

 レニーの声色は落ち着いていた。
 落ち着きながら、心の底から語り掛けるように、それでいて希うような熱を帯びている。

 彼はどこまでも純粋で真っ直ぐだ。
 なのに私は、そんな彼を試さずにはいられないんだ……。

 つくづく自分の幼稚さには吐き気を覚える。
 どうしてあんなことを言ってしまったのか。後悔しても変わらないのに、時が戻ればいいなんて、空虚な妄想に意識が逃げようとしてしまう。

 嫌よ嫌よも好きのうち、なんて“恋愛の駆け引き”はレニーには通用しない。
 何度も経験してきたことではないか。事あるごとに釘も刺されて来た。
 なのに性根は変わらず“構ってちゃん”のまま。

 自分への憤りが限界を迎えた私は、感情の制御などできるはずもなく、乱雑に受話器を置いた。
 途端に部屋が静寂に包まれる。そんな静けさすらも今は憎らしい。
 煮え立つ感情は、慟哭となって吹きこぼれる。
 枕を濡らすなんて生温い。布地がくしゃくしゃになるまで握りしめ、勢い任せに何度も顔を埋める。

 認めざるを得ない。
 私は自立した一人の大人ではない。未だ社会に溶け込め切れない子どもの紛い物なんだ。
 特にレニーの前では子どもの私が顕著に出てしまう。

 再び電話が鳴った。
 レニー……?
 ほのかな期待に受話器を取るも、聞こえてきたのは瑠美さんの声。
「奈々ちゃん! 花火、テレビでもやっているよ」
 それだけ言い終えると、瑠美さんからの電話はすぐに切れた。

 瑠美さんには、レニーとの花火鑑賞の仔細を伝えてあった。
 わざわざあちらから電話をかけたのは、私が花火を見に行ったかどうかを確かめるためだろう。
 留守電になれば花火に行っているとわかる。

 結果はもちろんこの様だ。
 だからこそ瑠美さんは一人で過ごす私を励ますために、テレビ越しにでも花火が見れることを伝えてくれたのだ。

 泣き腫らした瞼をこすりながらテレビを点ける。
 そこに映っていたのは、鮮やかな色彩で明るく輝いている無数の花火。
 鮮明さとは程遠いぐちゃぐちゃに混ざった私の心境とは、真逆の光景だった。

 花火を見終えた私がしたのは、電話線を抜くこと。
 レニーからまた電話があるかも、なんてありもしない期待に一憂させられるのは懲り懲りだ。

 重たい瞼を閉じれば、ふとレニーへの素朴な疑問が湧いた。
 彼はどうして、人の言ったことだけを信じられるんだろう。言葉の奥には目を向けないのだろうか。

わかってほしいのに、つい“本当”とは程遠い言葉を言ってしまう自分が嫌いだ……。



フェアな関係


 昨夜はかつてない程に泣き崩れていた。
 まさかテレビを点けたままソファーで泣き疲れて寝落ちなんて……。

 起き抜けに朝日を浴びたからか、昨夜はあれほど熱を帯びていた思考も随分と冷静になっていた。
 抜いた電話線を繋ぎ直すと、なんと留守電が6件も。

「奈々ちゃぁ~ん! ハッピーバースデー!! 23歳だねっ。先生とラブラブで過ごしてるのかなぁ? また電話するネ!」
 1件目は、明るくてかわいい涼子ちゃんからのテンション高めの祝福だった。
 彼女との思い出と言えば、やっぱりカナダ&アメリカのプチ旅行だろう。
 直接顔を合わさなくても電話や手紙でレニーのことはよく話してあった。

 涼子ちゃん……わざわざ電話くれてたんだ。
 昨夜の行動が彼女からの電話も拒否してしまったかと思うと、申し訳ない気持ちに苛まれる。
 あまりにも考えなしの愚行だ。

 続く1件は、レニーのクラスで知り合った清子さんから。
『夏休みに入ったら学校で会えなくなるから、いつでも家に遊びに来てください』
という旨のお誘いだった。
 清子さんの穏やかで落ち着いた声に、普段であれば癒される心が今日ばかりは荒んでしまう。
 電話をくれるのは何もレニーだけではないのに、他の人から差しのべられる手まで振り払っていたなんて。
 縁が大事と宣いながらこの体たらく……。
 受話器を耳に当てながら、崩れ落ちるように座りこむ。枯らしたはずの涙がまた込み上げそうだ。

 残り4件はすべてレニーから。
 今朝方、シンシヤは予定通りグレゴリーを連れて旅行に出かけたらしい。
 昨夜のことを謝り、直接会って話がしたいと。それに今この期間は、モントリオールでジャズフェスティバルがあるから良かったら一緒に行こう、という内容が残されていた。

 留守電を聞き終えてすぐ、レニーに電話をかける。
 しかしそれは、レニーの提案を快諾するものではない。

「……電話、ありがとう。でもごめんなさい、今日は会いたくないの。昨日の今日だと、まだ素直になりきれないから」
「そっか……」
 レニーは言葉を尊重したのか、殊更昨夜のことも含めて追及するようなことはしなかった。

 その代わり彼がしたのは先生らしい、教えを説く行為だった。
「キミの思慮は深い。それでいて複雑だから、僕のような単純な人間には理解しにくいんだ。人と人との関係は、誤解や傷つけ合いを繰り返して築き上げていく。そんな簡単にキミを理解できて、何も傷つくこともないようだったら、そんな関係はまやかしだ」

 レニーの言うことは、頭では理解できる。
 けれど実感を得るには、私にはそのような経験が足りていない。

 以前に付き合った人とは、一度嫌になったら続ける努力なんかしなかった。
『この人は私とは合わないんだ』
 早々に見切りをつけて、ドロドロとした喧嘩を避けてきたのだ。

 だから私の人間関係――特に色恋の話になると途端に浅さが露呈する。
 真の絆は、互いがいくつもの困難を乗り越えた先にしかないのに。
 そういう意味では、“家族”も絆だ。

「以前も言ったよね。人は朝起きた瞬間からもう昨日とは違う人になっているし、毎日いろんなことをやっていれば、それだけ変わっていく。人と人が出会えば、良いときだって悪いときだってあるんだ。毎日成長も変化もなく、ただ相手と会うことばかりを求めていたら次第に独占欲が膨れ上がって、結局はいずれ衝突してしまう」

 ……正論だ。
 レニーの意見そのものに反論は見当たらない。

 しかしその正論を言っているのがレニーという事実に、私は不快を覚えずにはいられなかった。
「あなたのことは好き。でもそれは、あなたが抱えている問題ごと好きになれてるわけじゃないから」
 淡々と述べるはずが、自分でも驚くくらい底冷えする声音が飛び出していた。

 そんな子どもっぽい私に、レニーは大人の対応で答えた。
「僕は君を怒らせる原因をたくさん持ってる。だから怒って当たり前なんだ。完璧な人なんていない。ぶつかり合って嫌な面をお互いに見せる……。その繰り返しで人間関係は築かれていくのだから。人が誰かを愛すのは自分のためでもあるんだ。キミにも覚えはあるだろう?」
「うん……」

 レニーに心酔していた頃の私は、それはもう幸せの絶頂に浸っていた。
 彼を愛すことが自分の肯定にも繋がる。愛という原動力が、あらゆる意欲を湧き立たせていた。

「友達や家族、それに周りの人たちも僕を頼りにしてくれている。彼らの期待に応えることが、自分にとって気持ちのいいことなんだ。今はキミのために何かをしたい。今日はキミの誕生日だから、キミが決めていいよ。本当に会わないほうがいい? モントリオールでジャズでもどう? それとも物語の読者をお探しかい?」

 レニーは本当にズルい。
 そんな魅力的な提案、断れないってわかってるクセに。
「……どっちも」
「わかった。今から迎えに行くね」

 電話を切った後、胸の内に残っていたのは何とも言えない爽快感だった。
 やっぱり素直に心の中をオープンにしたほうが、自分にとっても周りにとってもプラスになる。

 レニーには敵わない。
 昨夜は憤りに涙腺を崩壊させるくらいに腹が立っていたのに、電話をしたらこうもアッサリと気持ちがスッキリしちゃうんだもん。
 レニーはこうやって何度も誰かとぶつかりながら、それでも関係の構築を諦めなかった強い人なんだ。
 考えて、許して、時には区切りもつけて。
 いつでも最善を模索し続けている。

 怒って当たり前だからそれを受け入れる。
 並の人間にそんな芸当ができるだろうか。
 ……少なくとも未熟な私には遥か高みの悟りだ。

 レニーは本当に大人だ。いや、大人でもここまで振る舞える人は多くはないはず。
 彼は今でも私を恋人と言ってくれているけど、私自身が彼に釣り合っていない。
 このままじゃダメだ。レニーの隣に相応しい大人の私にならないと。



1年前と同じ場所で誕生日


 熾烈なる一方的な口喧嘩もすっかりほとぼりが冷め、今の私はモントリオールまでの道中をレニーの運転に揺られている。

 そういえば、去年の誕生日もモントリオールでジャズを見て過ごしたっけ。
 そのときはたまたまやっていたイベントに足を運んだだけだったけど、思えばアレはカナダデーを挟んだジャズフェスティバルの真っ最中だったんだ。

 あの日の出来事と言えば、やっぱり人生初の金縛りが印象深い。それに変な夢も見てあまり良い記憶ではない。
 でも今夜はレニーが一緒にいてくれる。
 当時の誕生日を一人で過ごしていたときは思いもしなかった。
 世界を渡り歩く私が、翌年の誕生日も同じ場所に来て、その夜には好きな人と2人で過ごすだなんて……。

 これこそ運命というやつなのかもしれない。
 レニーとはこれまで紆余曲折あったけど、やっぱりこの人が――。

「結婚はしないほうがいいよ。一人ひとりが複雑な人生を歩んでいるんだ。そんな二人が一緒になったら、自分のやりたいことだけじゃなくて、何をするべきか、しなくちゃいけないのかを常に考えなくちゃいけなくなるよ」

 夢心地に浸る私に、レニーが心でも読んだようなタイミングで釘を刺す。
 起き抜けに冷や水を浴びせられた気分だった。

 とはいえレニーの言うことも素直に頷ける。
 私はよく未来ばかりを見据えて、目の前を疎かにしがちだ。それは多分、歳上の人とばかり付き合ってきたのが関係しているのだろう。
 浮ついた私に、レニーはもっと地に足つけて目先の出来事を見るように説いてくれている。
 先を生きた人の言葉は、どんな本の名言よりも含蓄になる。

 それから雑談も程々の約2時間のドライブを終え、ようやく着いたモントリオールの野外会場。
 着いて早々目を引くのはやはり特設のステージ。大きなステージは2度目であろうと迫力がある。
 もちろん私は無意識レベルでカメラを構え写真に収める。メモリを遡れば去年にもここの写真はあるけど、それはそれで別物じゃん?
 見比べたら、新たな発見とかもあるかもだし!

 無料で入れるからと侮るなかれ。
 ここにはお金をかけて見るようなバンドが数多く出演している。
 本当に無料でいいのか疑問に思うくらいのクオリティで運営が成り立っているのは、きっと今日という日が特別だからなのかも。

 レニー曰く、黒人の演奏するジャズが本物らしい。
 生憎と私には本物かどうかの違いを聞き分ける耳はない。
けれどそういう情報を聞いたからか、心なしか黒人が参加しているバンドのほうが上手く聞こえてくるのだから人間の意識って不思議なものだ。

 しばらく特大ステージで鑑賞を続けた後は、広場のあちこちで演奏される各地のバンドに足を運ぶ。
「アコースティックのほうがパーソナル的で身近に感じられていいね」
 へぇ、そうなんだ? でもそれ、レニーがアコギを弾くからっていうバイアス入ってない……?

 アコースティックの良し悪しは分からないけど、ライブのほうが盛り上がれるとは素直に思う。
 これまで数多くの曲を聴いていたけど、やっぱり気分の上がり方は同じ曲でも実際に目と耳で味わったほうが勝る。
 ミスチルもコンサートよりライブのほうが好きだと言っていたくらいだ。
 演奏する側も、一人ひとりの顔がわかる距離感のほうが届けやすいのだろう。

 それからしばらくジャズを浴びた後、レニーの運転で帰路に就く。
 彼は私の送迎をする前に、朝早くからシンシヤたちを車で送っている。一日運転しっぱなしで見るからに疲労が顔から滲んでいる。
 帰りの車内ではあまり会話はなかったけど、代わりにレニーはバースデーケーキを買ってくれた。

 小ぶりの2段ケーキだけど、大きさだけが贈り物の価値を決めるわけじゃない。
 これはこれで私にとっては最高のバースデーケーキ。

 住居に送り届けてもらった私は、早速レニーを部屋に招き入れる。
 バースデーケーキにロウソクを立てて火を灯す。
「吹き消す前に何か願うんだよ」
「えっ、願いって言われてもなぁ……」
 日本ではそのような習慣がなかったため、何の考えも無しに吹き消すつもりだった。
 ただ改めて考えてみると、パッと思い浮かんだ願いが1つ。

『いい物語をたくさん書けますように』 

 祈りを胸に抱きながら、私は静かにロウソクの火を吹き消すのだった。



寝落ちに涙


 ロウソクを吹き消した後は、本日のメインイベントパート2。私の新作お披露目会を開催する。
「ワオ! まるで僕が誕生日プレゼントをもらったみたいだ!」
 原稿を受け取ってすぐさま、レニーは紙束を大事そうに胸の前に抱えて見せる。

 作者以上に作品に愛を注がれると、こちらとしては嬉しいような気恥ずかしいような……。
 意識しないと口元が変に綻びそうだ。

 ケーキを堪能し終えてすぐ、レニーは物語のページを開いた。
 読み進めながら同時に添削もしていくレニー。
 文法のちょっとした間違いは直接ペンを入れて修正をし、文全体を書き直したほうがいい場合は、レニーが読み上げた正解を私がメモに書き留める。

 しかしそうした行程を大作の一つひとつに施していくのは、平時であってもかなり気疲れするものだ。
 加えてレニーは、今日一日往復4時間の運転で疲労も困憊に近い。
 私が正しい英文を書き留めている間、何度か船を漕ぐことがあった。

 本来であればここまで尽くしてくれた彼を素直に寝かせてあげるべきなのだろう。
 でも一度入れてしまったクリエイターとしてのスイッチは、すべてを読まれていないままオフにできるほど器用にはできていない。
 無理を承知で、私は何度かレニーを揺すっていた。
「ごめん、ごめん」
 重たそうに瞼を持ち上げながら、それでも私のワガママに付き合ってくれたレニー。

 そうして彼は遂に私の大作すべてに目を通してくれた。
 読み終えた彼から原稿を受け取ると、彼は電源が落ちたように眠りについていた。

 これ以上彼に何かを求めるのは酷というものだ。
 労いの意を込めて、彼に毛布をそっとかける。

 彼を起こさないよう慎重にベッドに移り、私も横になる。
 レニーと隣同士で眠り合う……。そんな思い描いていた光景とは異なるものの、これはこれで最良の誕生日であることには違いない。

 翌朝になって、レニーは気持ちのいい伸びと共に起床する。
「おはよう! 昨日は寝ちゃってごめんね。でもちゃんと全部読んだよ。キミの物語は相変わらず素晴らしかった!」
「待って。いつものワンダフル(素晴らしい)の連発じゃなくて、どこがどのように良かったかを聞かせて! 具体的なことが浮かばないからって抽象的な褒め方をしないで!」
「……うん。えっと、彼と彼女はうまくいったんだね。ハッピーエンドで良かったよ」

 え……? 何それ? やっぱりレニーはちゃんと読んでいない。
 私はそんなシンプルなハッピーエンドにした覚えはない。
 バカにしてる!

「違う! あなたは単純過ぎる! 読ませなきゃ良かった」
「ごめん、ナナ。もう一度読ませて。昨日は疲れと眠気で頭がよく回っていなかったんだ」
「もういい。もう絶対あなたには見せない。アグネスやマイケルはもっとちゃんと感想を言ってくれるのに……」
「とても興味深かったし、たくさんのことを考えさせられた」
「何について考えたか具体的に教えて! 『考えさせられた』という感想は読んでいなくても言えるんだから」

 私の言葉にレニーはただ俯いていた。
 表情には心底申し訳なさそうに眉が寄り、目尻が弱々しく下がっていた。

「……キミは心得違いをしているんだ。僕はキミが思っているほど賢くはない。記憶力だってもう随分と落ちてきている。キミは、僕から目を見張るような感想が出ると思っているようだけど、実際の僕はご覧の通り。キミが期待するモノを僕は持っていない」

 レニーの声はまるで無理やり絞り出すように窮屈そうだった。
 後悔か、懺悔か……。今のレニーに普段の快活さなど微塵もない。
 それでもレニーは言葉を紡いだ。

「感性は、鈍るんじゃない。歳を重ねるごとに消えて無くなるんだ。柔軟にできていた発想や着想も気づいた頃にはできなくなっている。……確かに、キミの言う通りかもね。僕はキミの原稿を見るのに相応しくないのかも。アグネスやマイケルのように、若くて感性が豊かで理解力ある相手に見せるべきだね」

 小さい……。それに酷く弱々しい。
 目の前のレニーは、吹けば飛びそうなほど心が小さく縮こまっていた。
 かつて抱いていた偉大で尊敬していた彼のイメージ像が崩れ去る。

 自分の醜悪さには嗤いすらも込み上げない。
 ここまでレニーが傷つくなんて想像だにしなかった。そんな見積もりの甘い自分を張り倒したい。

 先の憤りこそ感情の爆発ではあるが、発言そのものは半ば意図して行ったところがある。
 彼を触発すれば、マイケルたちのような感想を言ってもらえるかも、なんて……。
 私は一体何度同じ過ちを繰り返せば学習するのか。
 レニーは良くも悪くも言葉を額面通りに受け取ると、痛い程経験してきたのではなかったのか?
 言葉の裏に潜めた策略なんて、彼の前では何の意味もないどころか逆効果にしかならないのは、重々わかっていたことではないか。

「今日は帰るね。夜にまた電話する」
 レニーはただそう言い残し、背中を丸めながら部屋を後にする。

 ドアが閉まる乾いた音が静かな部屋にこだました。
 空虚な反響が、涙腺のダムを決壊させた。

 自分が求めていた答えじゃないと納得がいかないなんて、なんて図々しい作者だ。読者が抱いた感想に、正解も間違いもないのに。
 尊敬というフィルターが、無意識の内にレニーへの期待を肥大化させ過ぎていたんだ。
 私が尊敬する人物であれば、想像もしていなかった感想をくれるに“違いない”と。

 疲れている中、英文の添削をしてくれた。
 それだけでも感謝に涙を流すべきことなのに……。

 私が流した涙は、酷くエゴにまみれていた。



DIY


 波濤のように溢れた激情も、ある程度時間が経った今では冷静に物事を考えられるようになっていた。

 落ち着いた私が真っ先に手を伸ばしたのは、レニーの赤が入った原稿。
 彼を散々に罵った元凶であり、苦心の末に生み出した我が子のように愛しい作品……。
 視界の端で一瞬ゴミ箱が目に入り、原稿を掴む手にわずかに力が入る。

 今すべきことはそんなんじゃないでしょ!

 作者として私がすべきなのは、何においても作品の質をあげること。
 幸いにして私の手元にはレニーの添削がある。これを基に、冒頭から正しい英文に書き直そう。

 やはり教師としての彼の腕は流石と言う他ない。
 直訳だらけで拙く冗長だった英文が、彼の修正を踏まえた後では驚くほどにスッキリしている。
 文章の整理がなされたお陰で、新しい内容のインスピレーションも湧いてくる。

 加筆修正を加えたこの作品は、よりいっそうおもしろいモノに仕上がったと思う。
 けどそれはあくまでも作者による贔屓目でしかない。
 早くこの改稿を誰かに見てもらいたい。感想も添削も欲しい!
 ……とはいえレニーにはとても頼めない。これで彼に声を掛けようものなら、どの面を下げるべきかまるで見当が付かない。

 頭の中で読んでくれそうな人を思い浮かべる中で、ふとレニーのクラスで一緒だった清子さんの顔が思い浮かんだ。
 そういえば以前彼女のご息女のパートナーが、ラジオのシナリオライターをやっていると話していた。
 それに清子さん自身も日本画を描く趣味があり、私の絵にも興味を示してくれていた。
 これは神が清子さんに声を掛けろと言っているようなものでしょ!
 早速清子さんに電話をしてみると、神の采配でも働いたのかご家族もいらっしゃると言う。
 無理を承知で今日の訪問を願い出ると、清子さんはなんともアッサリと快諾してくれたのだった。

 それから教えてもらった住所に従い、清子さんの家を訪問する。
 玄関が開いてまず目に入るのは、床一面のフローリングと階段の一つひとつに敷かれた絨毯。
 その光景1つ取っただけでも、清子さん一家が丁寧な暮らしを重んじているのが窺い知れる。
 なんでもフローリングも階段の絨毯も元は備わっていなかったらしく、すべて自分たちの手作業で張替えを行ったと言うのだから、感服に息を漏らさずにはいられない。

「日本だったら専門家に頼んでたと思うんだけどね。こっちでは自分の家は自分で作るという習慣があるらしくて。ドアまで売っていて品揃えもいいから、ちょうどいい機会だしと思ってやってみたの」

 Do It Yourself.
 聞こえはいいけど、いざ自分でやるとなるとどうしたってクオリティには妥協がつきものだろう。
 しかし清子さん宅の装いは、DIYをしたと言われても信じられないほどの高品質。
 業者顔負けの腕前を目の当たりにしてしまったようだ。

 そんな日常的な雑談を交わしていると、時刻はお昼時を迎えていた。
 もちろん何の用意もない私に、清子さんがチラシ寿司とかき玉汁を作ってくれた。
 繊細な味付けはまさに日本の心。

「幸せ~♪」
 実家のような安心感に浸りながら、清子さんの手料理を味わって食べる。
「サラダも食べてね」
「はい、いただきます!」

 料理を頬張りながら、横目で清子さんの娘さん夫婦に目線を配る。
 旦那さんの名前はデイビッド。30代前半くらいの優しい笑顔のフレンドリーな方だ。
 彼は私がまだ食べていてもお構いなしに、他の人の空いた食器を片付け始める。
「まだ人が食べているときには片付けないんだよ。片付けたら急がせちゃう」
 妻である娘さんが窘めるけど、意識してしまった後では急いだ食事のペースは戻せそうになかった。

 そんな私を横目に、デイビッドは申し訳なさそうに視線を伏せながら片付けを止めていた。
 とはいえ彼も意図して行ったことではないのだろう。彼の態度は、日々の習慣で自然と体が片付けを始めってしまったように見える。
 食べている人は食べてていい。こちらは気にせず片付けをする。
 まさにカナダらしい個人主義的な考え。時間と空間の使い方だけを見れば、そちらのほうがよほど効率的だ。

「使い終わった食器は、後で自分が運びます。他は片付けちゃっていいですよ。これもDIYですから」
 小粋なジョークが刺さったのか、食卓を囲んだ全員に笑みがこぼれた。
 まぁ、この場合はYourselfじゃなくてMyselfが正しいんだけど……。

「カナダ人は頭の中でいろいろ考えないんだ。人の意見は尊重するけど、それはそれとして自分という軸で生きてる。そうした生き様は食べ物にも表れてる。日本食は奥深くて栄養がしっかりと考えられているけど、カナダはサンドイッチやホットドッグ。ただ簡単で早くできるのを好む」

 そうした観点でカナダ料理を捉えたことはなかったけど、確かに言われてみたら納得感がある。
 彼の言うように、日本人とカナダ人ではそもそもの価値観が違う。
 文化的背景、国民性……。こうした元々の違いを知っていれば、国が違ってもスムーズにコミュニケーションが取れる。

 ……知っていれば、いらない衝突だって回避できた。
 レニーの顔が思い浮かぶ。

 育った環境や生活習慣が性格を形成する。
 価値観は容易く変えられるものではないのに、傲慢な私は自分こそが正しいと信じて譲らなかった。
 世間知らずも甚だしい。
 レニーの瞳に映る私は、きっとワガママな子どもに見えていることだろう。

 次に会ったらちゃんと謝らないと……。



馬力


 食後には、清子さんの部屋で自作した日本画の観賞会。
 花・動物・風景と、いずれも写実的な絵画が並べられている。
一目見ただけでもその絵が忠実に再現されたものだと伝わって来る説得力。白黒でありながらここまでリアリティを醸し出す清子さんの腕前には、ただ「素晴らしい」の言葉以外に見つからない。

「すごい上手いですね!」
「まぁね。でも上手くてもしょうがないのよ。奈々さんみたいに色が好きで描いている人には劣るわ。やっぱり絵には個性を出さないと。お花でも、決まりきった作法のままの作品からは、何も伝わってこないでしょう?」

 私は静かに首肯を返す。
 花と言えば、菊川さんが催していた展示会が記憶に新しい。
 彼が行っていた華道とフラワーアレンジメントを混ぜた斬新さは、数日経った今でも鮮烈に記憶に焼き付いている。

「単に写実的に書くことは誰にだってできるのよ。肝心なのは、自分のやりたいことを表現し、見た人にきちんと伝えること。作品のおもしろさってそこにあるんだから」

 おもしろさ……。
 私の絵は、ちゃんとおもしろいモノに仕上がっているのだろうか。

 持参した私の絵を見せると、清子さんは頷きながら感想をくれる。
 近くで見るより、ちょっと遠くで見たほうがいいと。
 そのアドバイスは抽象画だからのもの? それとも、近くで見てたら粗が目立つから……?
 いや、ここはポジティブに受け取ろう!
 作品の感想に一々穿った見方をしててもメンタル持たないもん。

「写実しか描けないわたしからすると、抽象画は新たな発見の連続よ。その角度からは見たことがなかった、そんな発想はなかった、その手があったかーってね。感服に尽きるわ」
「これだけ上手な清子さんに褒められるなんて光栄です」

「上手だねって褒め言葉には“レベル”があるの。奈々さん、わたしのチラシ寿司を『幸せ~♪』って美味しそうに頬張ってくれたでしょ? あの反応は嬉しかったわ。『料理上手だね』って言われるよりもずっと。感動をわかち合いたくて作ってるから『作れたあなたはすごいね』みたいな感想は、どうしても疎外感があるの。逆に料理に夢中になってる奈々さんを見たら、この瞬間だけでも幸せにできた! ってこっちまで満たされる。『作る人』と『食べる人』ではあっても、同じ目線で感動をわかち合えたって。わたしの場合、絵ではまだその境地に至れてないの」

 これだ……!
 私がこれまで抱いていた、レニーの「素晴らしい」に対する違和感の正体!
 書いた私のことを称賛して欲しかったんじゃない。私はただ作品を通して感動をわかち合いたかった。
 見て欲しかったのは作品であって作者じゃないから。

 清子さんの意見には一理も二理もある一方で、クリエイターとしての在り方は何も感動をわかち合うだけじゃないのも目の当たりにしてきた。
 その代表が、生け花兼盆栽職人の菊川さん。彼は自分が満足さえしていればそれで十分という方だった。

「たとえ他人から認められなくても、清子さん自身が感動すれば作品としては満足ではないんですか?」
「自分だけのためにそこまでは頑張れないわ。感動をわかち合うことがわたしの歓びだから。自分一人でも楽しめる人がいるのは知っているけど、わたしは人のためにもなると思うと馬力が出せるタイプだから」

 清子さんがカナダへと渡る前、彼女はプロの人形作家をしていた。
 始めは趣味で始めた粘土細工が、17年間ほとんど毎日作っていたら、気付いた頃にはお金を貰えるまでになっていたと。
 継続は力なりを地で体現している生粋のクリエイターだ。

 菊川さんとは違った考えだけど、どちらも同じプロ意識。
 では半端な私はどちらに傾倒すべきなのか。
 ……いや。半端だからこそ、どちらも取り入れるべきなんだ。

 事実私は、自分の作品が満足いく形になっても嬉しいし、読者に共感してもらっても嬉しい強欲な作家なんだから。
 私の馬力の源は、自分と他人両方にあるんだ!



ダンスのパートナー


 清子さんとのガールズトークは、彼女の人生観についての話題に移る。
 話題の中心は、日本に残して来たというご主人と、オタワで送っている第二の人生について。

「日本でもらった退職金だけで生活するのは、祖国ではとても現実的じゃないけど、このカナダでなら実現できる。ここへは娘に連れられる形で来たんだけど、娘の選択を信じて正解だったわ。“母さん今花開く”って言うのかしらね。こんなにも毎日を謳歌してるんだもの。自分の時間も持てたし、歳をとってからの海外暮らしも悪くないわよ」

 清子さんの表情は実に晴れ晴れとしている。日本では相当窮屈な思いをしてきたのだろう。
 ただ気になるのは、日本に残して来たというご主人をどう思っているのかについて。
 あまり話題に挙げない辺り、快くは思っていないみたいだけど……。

「ご主人と離れて寂しくないんですか?」
「ここへは離婚覚悟で来たの。旦那との生活は、わたしがなんでもやってあげちゃって、いつしかわたし無しでは生活もままならなくなっていったわ。良かれと思ったことが却って旦那をダメにしちゃったんだもの、可哀想過ぎて涙も出ないわね」

 家庭を妻に任せっきりで家事能力が育たないケースはよく聞く話だ。しっかり者の妻を持った夫は尚更に。
 清子さんの家庭も例に漏れなかったというわけだ。

「でもあるときから可哀想って思うのを辞めたの。対等のはずの旦那を下に見ているようでお互い気分良くなかったし。その点、こっちでは男女平等が盛んで結婚した後でも態度が変わらないらしいじゃない? 中年離婚も多いって聞くわ。日本も学ぶべきよね。情や義理でなし崩し的に墓まで一緒にいがちだけど、妻も夫も依存じゃなくて自立して生きられるようにすべきなのよ」

 清子さんの意見に、私は賛同に首肯を返す。
 そういえばブラジルで出会った松子さんも、同じような主張を持っていた。
 海外暮らしが長い夫婦は、総じて似たような意見になるものかも。

 せっかく結婚したのに、パートナーがいなくて問題ないというのは世知辛い気もするけど、結婚してればいずれそういう風に悟っていくものなのかなぁ……。

「わたしがまだ小さかった頃、親戚のおばさんからブスって言われたことがあってね。当時からその言葉がトラウマで、こんなブスなわたしを選んでくれた旦那に尽くさなきゃって視野を狭くしちゃっていたの。けどそれは失敗だったわ。やっぱり自分を低く見て妥協するのはダメね」
「何を妥協されたんです?」
「んー、一番は収入かしらね。結婚する前に言われたの。『経済的に幸せにしてあげられないかもしれないけど……』って。ずっとその言葉が引っかかって、それでもわたしは見ないフリをした。そしたらもう案の定というべきか、貧乏暮らしのスタートってわけ。相手にちょっとでも妥協して、わたしが支えてあげなきゃ、なんて思うもんじゃないわね」
 言いながら、清子さんはわざとらしく肩をすくめて見せた。
 冗談めかしているものの、滲ませた苦笑には相当の苦労が窺い知れる。

 結婚する理由は人それぞれだけど、やっぱり相手の経済力はあるに越したことはない。
 幸せそのものはお金では買えないけど、幸せになる手段はお金で代替できる。
 ……結婚生活は、理想論だけじゃ上手くいかないんだ。

「日本の演歌ではよく『別れたくても人情で』って歌ってるけど、いい加減時代遅れよね。日本はもっと変わるべきよ。日本の男は女に甘やかされて育ってるから。だから女の人も辟易しちゃって、海外に出て行っちゃうの。歳をとった今、わたしにできるのは若い人に自立の重要性を説くことね」

 ……日本の男は甘やかされている。
 自分の父親を思い浮かべると、清子さんの言い分には頷く他ない。
 やはり世界を相手にしなくちゃいけない今の時代、男女どちらも相手に寄りかかるだけでは互いに身を滅ぼす。
 私も清子さんのように自立した人間を目指したい。

「中学校から高校に行ったり、高校から大学に行くなり社会人になったりと、ライフステージの変化に合わせて人間関係もガラッと変わるじゃない? 今まで毎日ほぼ一緒にいた人が急にいなくなって、これまで縁がなかった人が現れる。トランプが配り直されて人脈という手札は変わるのに、パートナーだけ生涯一人だけって不自然だとは思わない?」
「思います!」

 レニーを始め、かれこれ数度の恋に落ちてきた私には、誰か一人に腰を据えるなんて窮屈過ぎちゃうよ!

「何年も生きていれば変化していくのは当然だもの。ダンスのパートナーが変わるように、そのとき共鳴した人と生きる……くらい気持ちの軽さが今の時代には必要よ。寄りかかり合う人間関係はもう終わり。自立した意識同士での新しい関わり方を考えないと」

 やっぱりそうだよね……。
 結婚相手とは◯年で卒業だなんて基準がないからこそ、常に自分にとっての最善を模索し続けなくてはいけないんだ。
 その結果一人のパートナーと生涯を添い遂げることになれば、それは実に幸運なことだけど、実際の結婚生活は離婚の影が潜む綱渡り……。

 私が望む最善に、果たして特定のパートナーは居るのだろうか。




 清子さんとのガールズトークを満喫した後は、いよいよお待ちかねの私の作品披露会。
 ラジオのシナリオライターをしているデイビッドに、物語を読んでもらう。

 さすがは現役のシナリオライターだけあって、彼から飛び出す感想はどれも身になるばかり。
 的確なコメントに加えて、彼は自分が気に入った言葉を幾つもピックアップしてくれる。
 直接反応がもらえるこのひとときは何物にも代えがたい至福の時間だ。

「いやぁ楽しませてもらったよ! まるで一本の映画を鑑賞したような満足感だ。情景もありありと浮かんできた。読み始めたときは、正直メインキャラの二人に共感できなかったけど、読み終えた最後には二人を応援したくなっていたよ。こんなにも高低の激しい気持ちの変化を起こさせるなんて最高だね!!」

 絶賛の嵐に、私こそ感激に天にも昇りそうな気分だ。
 だと言うのに、デイビッドの感想はまだまだ止む気配を見せない。

「このラストシーン、ボクは好きだな。ハッピーエンドとも受け取れるけど、はっきりと書かずに読者に解釈を委ねていて余韻が生まれてる。一緒に物語を創っているような、そんな気分が味わえるよ」

 解釈の幅まで常人とは一線を画すデイビッド。
 その一方で、以前にも聞いた覚えのある受け取り方にも言及していた。

『ハッピーエンドとも受け取れる』
 それはレニーが述べていた感想だ。

 プロの意見だから正しい、と思ってしまうのは私がまだ人としてもクリエイターとしても成熟していないから……。
 それでもデイビッドの解釈とレニーの感想が一致していたのは、ただの偶然ではない。
 レニーはあの時、心の底からこの物語を“ハッピーエンド”だと思ってくれていたんだ。ただの通り一遍の感想ではなくて。

 レニーに放ってしまった文句は、彼が物語をちゃんと読んでいないと決め込んだが故のバイアス。
 ……レニーに謝らなくちゃ。

 後悔に口を結ぶ私に構わず、デイビッドは引き続き好評をくれた。
「考えさせるのは、わかりやすいエンタメの真逆を行く。満場一致の結末でスカッとさせる作品は考え続けることに水を差す。考える力は答えを出すためだけに使うものじゃない。答えが合っているかどうかより、投げ出さず考え続ける力を育て上げるんだ。人生の中では答え切れない質問が山ほどやってくるからね。この作品はフィクションだけど、現実に根差す問として考えることもできる」

 つくづくデイビッドの読解力には驚かされる。彼は私が意図した隅々まで読み解いてしまう。
 そう、私は訴え、読者に問うた。
 しかし文章の稚拙さが、主張の伝わりを弱めていないかが気掛かりだった。
 ただそれもデイビッドが正しく解釈してくれたお陰で杞憂だとわかった。文章は逐一事細かにする必要はないんだ。
読者を信頼し解釈を委ねる。以前の私では思いもしなかったチャレンジだった。

 とはいえ英文の質が劣っているのも紛うことなき事実。
 読んでもらった上でさらにお願いするのは初対面相手に図々しいとは思いながらも、他に頼れる人もいない私は、彼に英文の添削を願い出る。

「すまないがそれはできない。もしボクがもっと正確でフォーマルな英文に変えたら、文としてはパーフェクトかもしれないけど、君が本当に言いたいことじゃなくなるだろ? 君は堅苦しい英文よりも、ネイティブと話す英語に慣れているように思う。ここで用いられている文章も、口語のような感じで書かれているからね」

 どこまでもその通り過ぎて意見を挟む余地すらない。
 私の書く英文は、レニーとの会話で覚えた英会話が根幹にある。
 海外暮らしの私をいつでもレニーが陰で支えてくれている……。

「英語の本を読み、そこから勉強した英文の物語なら、ある程度の定型文はあるから書き直すことはできる。でもこの文章は、君の“声”だ。ボクに直すことはできないよ」 

 ポジティブに捉えれば、私の作品はこのままでも伝わるレベルには達しているということだ。
 レニーとの会話の積み重ねによって、言い回しや語彙が増えたことの恩恵をこんな形で知ることになるなんて。
 彼との一分一秒が不思議と懐かしい。
 私の英語は、レニーと一緒に作り上げた独自のスタイルなんだ!

「改めて、とてもいい作品だった。有名になっても忘れないでね!」
 尚も絶賛するデイビッドに見送られ、清子さん宅を後にする。

 満足の笑顔で家を出たはずが、数歩も歩けば苦笑に口角が歪む。
 それに目頭が熱くなっていくのがわかる。

 頭の中に浮かぶ顔は、レニーの朗らかな笑顔……。
 胸の奥が締め付けられる感覚は、自室に着いても続くのだった。



二人の価値観


 帰宅した私は、早々にレニーに電話をかける。要件はもちろん今朝の非礼を詫びるため。

 私の謝罪をひとしきり聞いた後、彼は文句を言うでも溜息を吐くでもなく、ただいつもの穏やかな声音で「こちらこそごめん」と謝罪の言葉を述べた。

 えっ? どうしてレニーが謝るの? 悪いのは私なのに……。
 謝罪の意味を捉えあぐねている私に、レニーは答えを示すように言葉を続けた。

「喧嘩するのは自分を素直に表している証拠だ。本当の自分を抑えることよりずっと自然なんだ。クリエイティブな人は自分の作ったものに拘りを持っているし、そういう拘りが創作の原動力になる。だから素直でいるのは悪いことじゃないんだよ。人によって大事にしているものは違うからね。互いの尊重が一番だ」
「洋服やメイク、お洒落が好きな人もいれば、食べ物だったり、仕事だったり……レニーなら音楽ってこと?」

「そうだね。拘りが違う者同士、尊重し合わないと。拘りが強いのは大事だけど、それぞれが我を通すだけでは喧嘩別れで終わってしまう。例えば、誘われたパーティーにお腹を空かせて行ったけど、飲み物しかでなかった場合。ここで文句を言うのは簡単だけど、言ったからって空腹がどうにかなるわけじゃない。空腹の状態を楽しむか、あるいは外で軽く済ませるか、解決の選択肢を選ぶことだってできる。相手に期待しすぎてもその通りにはならない以上、柔軟性を持っていないとね」

 レニーの価値観はきっと、シンシアとの生活の中で築き上げたものだ。
 柔軟性……。思えばレニーはいつも肯定していた。
 人は人、自分は自分という軸を持ちながら、相手の生き方を尊重してくれている。

 そんな彼の“柔軟”に、私はいつも“頑固”で応えてしまっていた。
 年上だからとか、先生だからとか関係ない。
 相手はひとりの心ある人間だ。

尊重と柔軟、どれも私に足りないモノ。
このままじゃダメなんだ。
幸せは、自分一人では得られない。私のような人との出会いに飢えている人間には特に……。
幸せは努力で勝ち取るモノだ。
 一人ひとりの価値観は違う。だからこそ大事なのは“二人の価値観”という意識。

「その物語……作者のキミにとっては、もちろんすべてがクリアに見えているんだと思う。けど他人から見てもそうだとは限らない。キミの物語は、一つひとつのセンテンスが濃密だ。それに僕の場合、校正も同時に考えながら読み進めなくてはならないからね。簡単に理解できるようなコメディならまだしも、心理学や哲学の要素が入っているこの物語を、2つのことを考えながら読み解くのは僕にはできない。それにキミ自身のことだって、簡単に理解できるとは思っていないし、したくないんだ」

「私、レニーに無理なお願いしちゃってた。……もう物語は読みたくない?」
「それはキミ次第だ。キミが読ませたくないのに、無理やりはぎ取るようなことはしないよ。“書く”ことはまず自分に向けてすることだから。キミが納得できるかどうかだね。僕がキミの読者として相応しいかどうか」

 レニーの雰囲気に自嘲は感じ取れない。
 ただ純粋に私に選択を委ねてくれている。優しく微笑みかける彼の笑顔には、私がどんな選択をしようと受け入れる柔軟な覚悟があるように思う。

「キミも知っての通り、僕は書いてある言葉通りにしか受け取れない。だから僕が直すと、表現や描写に加筆や修正が多くなると思う。言葉一つひとつに対する説明も増えるだろう。一方でアグネスやマイケルたちのように自分の想像力で解釈することができるクリエイティブな人たちからは、このままでも充分理解されるはずさ」

 クリエイティブな人たちと聞いて頭に浮かんだのは、この作品の第一読者であるデイビッドの顔だ。
 彼があそこまで理解を深めてくれたのは、レニーの言うクリエイティブな人だったから。
 私の簡素で少ない英文から、文面以上の意味を見出してくれていた。

 でもそれだと……。

「このままでいく場合は、読み手側の力が必要になって“読者を選ぶ作品”になる。もし僕みたいな層にも読者の幅を広げたいなら、より掘り下げた内容になるよう伝わる工夫が必要だ」

 せっかく生みだした作品なんだもん。やっぱりたくさんの人の心を動かしたいじゃん!

「あなたがわかりにくく感じた部分を説明するから、推敲を一緒に手伝ってくれない? あれからまた加筆したから添削してもらいたところもあるの」
「もちろん! 僕でいいの?」
「レニーがいい。あなたの“声”から覚えた英会話で完成させたい」

「OK! そういうことなら大歓迎さ! 詳しいことはまた後で話すとして……。取り敢えずの提案はラストシーンについてかな。今のままだと伝わりづらいから、僕としてはもっとはっきりと主張したほうが――」
「――そこはそのままでいきたい。アドバイスありがとう。でも、あそこはやっぱり読者と一緒に完成させていきたい箇所だから」
「いいね! 拘りがあって素晴らしいよ! ラストはあのままにしよう。それじゃまた後で」

 受話器を置いた私の鼓膜を鼓動の高鳴りが震わせる。
 電話をかける前は罪悪感で上がっていた心拍数が、今度は高揚感で更新される。

 作品が生まれ変わる。
 私の作品には、まだまだ無限のポテンシャルが秘められているんだ!

 それに気付けたのはレニーが新たな視点を授けてくれたお陰。
 アグネスやマイケル、それにデイビッドからの好評が、いつからか私の傲慢に拍車を掛けていた。
 彼らを唸らせる自分には才能があり、私の作品の理解できないレニーがおかしいのだと本気で思っていたくらいに。
 けど今は、それがいかに井の中の蛙だったのか思い知った。
 私は単に自ら理解を深めてくれる彼らに甘えて、伝える行為を疎かにしていたに過ぎないんだ。

 書くのは楽しい。でも書くだけじゃもう満足できない!
 レニーにも私の創作をわかち合いたい。
 クリエイターにだけ刺さる作品? 狭すぎる読者層からは卒業しなきゃ。

 人は変わる。でもそう簡単には変われない。
 だからこそ変化というのは、怠惰な人間にまず不快を味わわせるんだ。
 自分という人物を否が応でも見つめ直させ、至らなさを痛感させる劇薬を処方する。
 副作用に耐えたとき、人は初めてはじめの一歩を踏み出すことができるんだと思う。

 作品がより良く発展してたくさんの読者に届けるために、レニーとの衝突は不可欠だったんだ。



「読んだよ!」


 後日レニーを自室に招き入れてのこと。
 デイビッドから、彼作のラジオのシナリオをいただいた。

 通訳もかねてまずはレニーに目を通してもらう。
デイビッド曰くコメディを扱ったものらしく、それなら私でも理解できるかも?
 ただ予想に反して、レニーからの感想は皮肉でバカバカしいモノというものだった。一応彼からの解説も聞いたけど、結局私には皮肉の理解すら覚束なかった。

 デイビッドの書くラジオシナリオは、カナダの文化や流行り、常識を下地として書かれている。
 つまりそれは、聴く側にも知識の前提を求められるということ。
 文化についての素養など持ち合わせていない旅人の私は、デイビッドが想定しているリスナーではないというわけだ。

 ただそうなると、彼にはなんと感想を伝えたらいいか……。
 首をひねり感想を考えあぐねる今の自分に、重なる姿が思い起こされる。

 私の物語について、全員が全員感想を述べてくれたわけじゃない。
 作品を受け取りはしたものの、何も言わずにいた人も少なくない。当時はただ疑問に思うだけだったけど、もしかしたら彼らは今の私のような気持ちだったのかも。
『なんて返事をすればいいのかわからない』
 そりゃあ連絡の手も止まるわけだ。

 身近な例で言えば、ボブや瑠美さんが思い浮かぶ。
 ボブは読んでいないと言っていたけど、本当のところは読んでも感想を言うほどではなかったのかも。

 瑠美さんには毎回「読んだよ!」とだけ返されている。
 でも私はそれで充分だった。執筆という行為のみを評価する「素晴らしい!」より、よっぽど誠実な対応だと思ったから。
 単に私の作品が、彼女の琴線に触れられなかっただけ。

 表現力が豊かで雄弁な瑠美さんのことだ。
 心を動かす作品に出合えば、彼女は嬉々として感想を語るはず。

 きっと私を傷つけないように敢えて何も言わないんだ。
 いつか瑠美さんにも感想を言ってもらえる作品を生み出したい。

 執筆についてはだんまりな瑠美さんだったけど、私の絵については大絶賛をしてくれる。
 アグネスをデッサンした絵を見せたとき――
「もう少し絵をやってみたら? 才能あるよ! プロだって目指せるかも。わたし滅多なことは口にしないんだけど、これは断言できる」

 そこまで褒めちゃう~?
 もう瑠美さんったら言葉が上手いんだから!
 今度瑠美さんの絵をプレゼントしちゃう♪

 グエンがいつか言っていた。
「抽象的な絵とリアリティのある絵を両方置いておくの。人によって好みが違っておもしろいわ。美術館でも、有名な人の絵が誰の目にも留まるとは限らないし」

 これは何も絵に限った話ではない。
 私が持てる武器は、執筆と絵の二刀流。どちらかでも琴線に触れた作品があれば、自ずと感想がもらえる。

『読んだよ!』
 私がこの感想をもらっても凹まないのは、絵という武器があるお陰だ。

 ……つくづく絵もやっていて良かった。



おにぎりとサンドイッチ


 早いもので、もう数日もする頃にはオタワを発つ時期が近づいていた。
 それもただの出立ではない。今までは何度か旅の途中でこの街には立ち寄っていたけど、アジアを旅した後はそのまま日本へと帰国する。
 つまりはもう、ここへは帰ってこない……。少なくともこの旅の間は。

 お別れの前にどこか2人で行きたいところはあるか、レニーに訊かれた。
「ピンクレイク!」
 何の迷いもなく口をついた思い出の場所。
 レニーと初めてデートした、彼との親密な関係が始まった場所……。

 あそこに行くならランチを持って行ったほうがいいよね。
「レニーはおにぎりかサンドイッチ、どっちがいい?」
「また豆腐のサンドイッチを作るなら、パンを買ってくるよ」
「おにぎりよりサンドイッチのほうが好きなんだね?」
「どっちも好きだよ。サンドイッチのほうが簡単かなって思っただけ」

 レニーはレニーなりに気を使ってくれたみたいだったけど、正直なところ簡単に作れるのはおにぎりのほう。
 でも彼はきっと、豆腐のサンドイッチが食べたいんだ。悩んだ末に出した結論は両方作る。これならハズレがないもんね。

 それから私たちはピンクレイクへと向かう前に買い出しを済ませに行くことに。

 材料を一緒に買うなんて楽しいプチデートじゃん♪
 なんて浮かれ気分も束の間……。カゴの中に入れたマヨネーズ1つで、私たちは口論を勃発させることになってしまった。

「こっちのは1ドルなのに、なんでわざわざ6ドルもする日本のものを買うの?」
「味が全然違う!」
「マヨネーズはどれも同じだよ」
「レニーには美味しいサンドイッチを食べて欲しいの。お金は私が払うからいいでしょ?」
「キミはこれからも旅を続けるんだから節約したほうがいい」

 お互いがお互いのことを思うが故に喧嘩が起こる。
 傍から見たら微笑ましいかもしれないけど、当事者の私たちからすれば不毛な争いこの上ない。
 結局小さいサイズの日本製を買い、使い切れない分はレニーにプレゼントという形で決着がついた。

 レニーは尚も不服そうにしていたけど、それは彼が真のマヨネーズを知らないから。
 外国産のソレは同じ『マヨネーズ』という名前を冠しているけど、日本のものとはまったく違う。そもそも製法から異なるのだ。
 レニーは産まれてからずっとこっちのマヨネーズしか知らないから、両者が持つ繊細な味の違いも想像がつかないのだろう。

 そりゃあ日本人だもん、贔屓目が入っているのは否定しない。
 でも一回食べてみて欲しい。マジで飛ぶから。
 キューピーに勝るマヨネーズなし!

 帰って来てからは、レニーと一緒にランチ作り。
 ツナと豆腐のサンドイッチを手早く作り、続いておにぎりへと着手する。

「大きく作るんだね?」
 握っている私の隣で、レニーから声を掛けられる。
 小さいほうが良いってこと? それなら……。
 抱えていた米の団子を2つに分けて、小おにぎりの作成に取り掛かる。

 ――が、作業に移る前に再びレニーからの横槍が。
「あぁ、ゴメン。そういうつもりで言ったんじゃなくて、僕は作り方を知らないから、ただ訊いただけなんだよ」 

 レニーの言葉に、私は小さく息を呑んだ。
 レニーが発する言葉の逐一に、無意識に憶測を重ねていた。
 彼は額面通りに言葉を受け取る人なのに、私はありもしない言葉の裏を勝手に勘繰って……。

 癖って中々抜けないなぁ。
 言葉に秘められているであろう相手の気持ちを推し量るはずが、見当違いな解釈をしちゃったら世話ないよね。



青い鳥の正体


 ランチを作り終えた私たちは、出来上がって早々にピンクレイクへと出発。
 着くまでの道中もさることながら、湖を見渡すときの景色から、互いの歴史を辿るツアーが始まったようだった。

 湖のほとりを少し歩き、空腹をいい感じに刺激したところでお待ちかねのランチタイム。
 一悶着あったおにぎりとサンドイッチも、口いっぱいに頬張ればそこには美味しさが詰まっている。

 食べ物を咀嚼している間の少しの沈黙すらも愛おしい。
 レニーとこうして穏やかな心地で過ごすのは、思えば数えるくらいしかできていない。
 サスカトゥーンへと向かう際、空港まで送ってくれたとき。そして空港のカフェで出発の時間ギリギリまで過ごしていたとき……。

 いや、穏やかというには当時の私は恋に浮かされていた。
 けど今はもっと冷静にレニーのことを見ることができる。

「サスカトゥーンへと旅立つあの日が懐かしいよ。あのときは、せっかくあなたという“青い鳥”を見つけたのに旅立たなくちゃいけなかったんだから。あの後しばらくの間後悔しっぱなしだったからね?」
「でも今は行って良かったって思うでしょ?」
「まぁね」

 レニーとの別れは確かに心が裂けるような思いだったけど、その後の旅路で私はたくさんの一期一会と巡り会ってきたんだ。
 一時の恋熱に浮かされたままでは、ここまで広い縁はできなかったと思うと、本当に人生の選択って何が正解かわからないものだ。

「旅立ったお陰でマイケルにも会えた。他にもいろんな場所でいろんな人と出会ってきたけど、また戻ってこようと思えた場所はオタワだけだったよ。こここそが自分の居場所で、レニーこそが私の“青い鳥”! ……そう信じて疑ってなかった」
「今は? 違うってわかったでしょ?」

 私が告げるよりも早く、レニーは私の本心を見透かしている。
 普段は額面通りにしか受け取らないのに、こういうところは察しがいいんだもんなぁ……。

「もちろん僕としては、キミと離れてしまうのは寂しいよ。叶うならずっと側にいて欲しい。けどキミは勇敢なトラベラーであり偉大なメッセンジャーだ。鳥のように自由に飛んでいって、キミが見聞きし築き上げた想いを、出会った人たちにシェアして欲しい。キミは鳥を探す飼い主じゃない。キミ自身が“青い鳥”なんだ。そんなキミを鳥籠に入れて閉じ込めるなんてしたくないよ。それにキミの恋人は“執筆”だ」

 想像もしていなかった返答に、私はただ両目を丸くすることしかできなかった。
 ……てっきり、もう少し未練が籠った言葉が返ってくると思っていた。

 そっか……。レニーはもう決心がついていたんだ。
 私との曖昧な関係にケリをつけて、起伏の激しい人生に向かい合う決意を。
 私の予想を裏付けるように、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべながら2個目のおにぎりを頬張った。

「僕はなにより、キミの中に眠っていたクリエイトを引き出せたことが嬉しいんだ。キミが初めて作った天使の話。あれがキッカケで僕ともアグネスとも距離が近づいた。その後にキミがくれたラブレター。あの手紙があったからこそ、僕たちはここまで心が通うようになったんだ」

 ラブレター……。あれは私にとってはちょっとした黒歴史。
 “ラブレター”の意味を勘違いして、感謝の手紙として送ってしまった事実は未だレニーには言えていないし、このまま明かすこともないだろう。
 だけどあの手紙があったからこそ、添削をお願いするという形でグエンとも打ち解けることができた。
 思えばオタワで広がった縁のほとんどが、レニーを中心にしたものなんだ。

「それから『太陽が教えてくれた北風』では、ローナと理解し合えるようになったね」
「あのときは一か八かの賭けをしていた気分だよ。嫌われ者の“北風”役としてローナを登場させちゃったから。でも彼女は気にしないどころか、実際に授業での接し方を考えてくれた」

「そう、“執筆”は誰かの言動を変えるんだ。キミがブラジルで体調不良になったときも、物語を書くことで活力を取り戻したんでしょ? 執筆の背景を考えると納得いく物語だ。『宝探し』にはどんな状況でも生きていく希望を見い出せた。『裸の天使』では、偏愛を突き詰めた先に純愛にたどり着く。そのプロセスは過激で非現実でありながら没入させる、魅力的な作品だよ。“生”と“性”は本能と直結しているからテーマとしても力強い」

「あなたの恋愛観から着想を得たところもあるよ。嫉妬をしないって話、私なりに理解したかったから」

「相手を1番に考えたら、まずその人の幸せを願うんだ。もしもその人が選んだ人物が自分じゃなかったとしても、代わりにその恋愛が成就して、選ばれた人物が相手を幸せにしてくれるのなら、それほど嬉しいことはない。もし日本で好きな人ができたら教えてね。その相手を通して、キミを愛することができるから」

 私もレニーから受け取った価値観を通して、あなたのことを愛すよ。
 この価値観は私の生涯の“お土産”だもん。
 返してって言われてもあげないから!

 でも~? 恋人相手が日本人って決め打ちするのは早計なんじゃない?
「まだ旅は続くんだよ? 帰国前に恋愛するかもじゃん。あ、私の恋人は“執筆”だった!」

 真面目な話をされると悪ふざけで返してしまう悪癖が顔を覗かせる。
 ただ言っている自分としても腑に落ちる部分はあった。自分でもビックリするくらいに惚れっぽい私のことだ。そうした可能性だって大いにあり得る。
 私の冗談とも本気とも取れない返答に、レニーは「そのときもメールで教えて」と笑って応えた。

 それで話は終わるんだと思っていたけど、レニーにはむしろそこからが本題だったらしい。
 柔和な微笑みを解いた彼は、いつになく真剣な顔つきを浮かべていた。

「キミが孤独なとき、執筆”は親友のように心に寄り添ってくれるし、これまでのように困難を乗り越える力を貸してくれる心強い味方だ。時にはリアルなパートナーより頼りになるだろう。その心の感覚で見たもの・聞いたこと・感じたことすべてがキミの文章として表れる。作品はどんどん洗練されていき、キミは回を重ねる度に違う世界を見せてくれた。成長と共に書く題材は変わっていく。同じように僕たちの関係性も変わっていった。……そしてキミは等身大の僕を知った。幻滅も失望もしたよね?」

 そ、そんなことは……なくはなかったけど。

 ここで首を振るのは簡単だけど、それではレニーの誠意に反してしまう。
 黙って返答を考えこんでいる私に、レニーは静かに苦笑を浮かべた。

「いいんだよ。キミは正直だからね。ただ僕としては、今回が一番いい関係性だと感じだよ。僕も言いたいことを言えたし、情けない自分を取り繕う必要もない。全部をさらけ出した上で、それでもキミは歩み寄ってくれたよね」
「それは……」

 行動としてはそうかもしれないけど、私のそれは純粋な好意からくるものではない。行動の一つひとつには、明確に利害目的が存在している。
 私は彼のことを見ているようで、彼の英語力や世話焼きの部分を利用していた面が大きい。
 最低な人間と罵られても、レニーからだったら甘んじて受け入れられる。

 けれどもレニーはそんな私を咎めるどころか、満足していると答えていた。
「例え作品を添削するためだとしても、僕を必要としてくれて嬉しいよ。僕と会うためだけのためにオタワにいる以前のキミより、今のキミのほうが輝いている。僕は教師だからね。人が変わっていく姿を見ることが喜びなんだ」

「あんなに喧嘩したのに?」
「わかり合うための必要な喧嘩だ。キミは……というか日本人がそうなのかもしれないけど、シンプルに言葉の理解をするだけじゃなく、その奥にある真意に思いを巡らせているよね。キミが『わかってほしい』と言ったとき、僕は言葉以外を察することはできなかった。まるで駆け引きのゲームをさせられている気分だったよ。でも、キミは言葉から受け取る以上の気持ちを汲んで配慮している」

 思い出せばキリが無い。
 しかしどれもが私の一方的な思い違いやワガママによるもの。
 レニーからすれば駆け引きなんだろうけど、客観的に見ればただの理不尽な押し付けをしているだけなんだ……。

 でも今はそんな昏い話をするときじゃないもんね。
「今朝のおにぎりとサンドイッチみたいに?」
「そう、そう!」
 張り詰めた空気に、ひとときの弛緩が訪れる。

 でもまたすぐにレニーが空気を引き締めにかかる。
「無理をしたり我慢したりするパートナーシップは最悪だ。その点キミの前では良い人を演じて頑張る必要がなかったからね、お陰で気が保てたよ。人生には自分の強さを思い出させるために、時には嫌な人を出演させるという出来事がある。妻のシンシヤのように……。けどそれは神が与えた試練なんだ。つい良い人を演じて頑張る癖のある僕を強くさせるために。僕は虐げられるだけの弱い存在じゃない。試練のお陰で僕には度胸が身に着いた」

「今までの自分を変えようとは中々思わないもんね。『これでもか!?』ってくらいの余程のことがないと。私も、レニーとの喧嘩がなかったら、物語をより良いものへと変えようとは思わなかったよ」
「感情とは、一時の味わいで過ぎ去るハリケーンみたいなものだ。無理に抵抗したり、見て見ぬフリをすると、その影響はどこかに貯蔵されていつかは爆発してしまう。感情の波は受け流すに限るんだよ。そのとき感じた思いをきちんと消化した上で、これからどうしていきたいかを考える。それが辛い世の中を少しでも生きやすくするコツだね」

 年の功……にしては、あまりにも言葉のバックグラウンドが壮大だなぁ。
 でもその分言葉の重みはしっかりと伝わって来たから。

 笑ったり泣いたり怒ったりしながら、自然体でのコミュニケーションを私たちはできていた。
 それが彼の言う感情の波を受け流すことに繋がったのだろう。

 川の中の2つの石が互いにぶつかり削り合って、少しずつシャープな形になっていく。
 いつの日かその石たちが離れ離れになっても、削り合った過去を消すことはできない。
 新しい形は、2人が一緒に過ごした証。

 以前レニーが話してくれたお話だ。

 私たちの今が、まさにその削り合っている最後の瞬間なんだ。
 そして石は離れ離れになっていく……。

 デートの余韻は、想像していたよりも清々しいものだった。



信じられる褒め言葉


 定例となったグエンとの絵画教室も、今日は生憎と自習の日。
 なんでも絵の講師として小学生の夏合宿に同行するため、しばらく留守にするという。
 だから今回はグエンから借りた画材で、拙作『裸の天使』に登場する翼と虹の絵を描くことにしていた。

 使い終わった画材は姉であるキャロリンの家に返すことになっている。
 キャロリンの家はいつも鍵がかかっておらず、画材の返却についてもいつでもいいというのだから驚きだ。

 ひとしきり絵をしたためた私は、返しに行く前に念のためキャロリン宅に電話する。
 しかし返って来たのは、虚しく繋がる留守番電話サービス。
 これは誰もいない中を返しに行くことになりそう……。

 家主のいない家に入るのはなんだかイケナイコトをしているようで気が引ける。
 家の前まで来た私は一応の確認と思い、チャイムを鳴らす。
 返答などまるで期待していなかった私に、意外な人物によってドアが開かれた。

 ドアを開けたのはイーフの双子のジュリエット……ではなく、イーフ!?
 嘘! ファームステイぶりじゃん!?
 でも考えてみれば、ここはイーフの家でもあるんだから、彼女が居たってなんの不思議もないんだよなぁ。

「ハーイ! ナナ! 久し振りね。どうぞ上がって!」
 長い髪を三つ編みにした彼女は、ファームステイのときから変わらない笑顔で、会話のテンポもゆっくり気味。
 おまけに装いもタンクトップに短パン姿という、以前の素朴な格好のままだ。

 画材を渡すだけのつもりが、予期せぬ再会に私のテンションは爆上がり。
 イーフにはそれはもう計り知れないほどお世話になった。
 直接のお世話は彼女にこの家を紹介してもらったことだけど、視野を広げればこの街に来るキッカケをくれたということ。
 オタワでの縁の中心がレニーだとすれば、オタワという選択肢に気付かせてくれたのがイーフと言っても過言ではないだろう。

 グエンの絵を見て絵を習いたいと思うことも、ICHIBANで働くことも、瑠美さんに出会うことも、レニーのクラスを受けて執筆するようになることも。
彼女との出会いがなければすべてが起こり得なかった。

 湧き上がる衝動のままに、感極まりながらイーフに握手を求める
「オタワを紹介してくれて本当にありがとう! あなたのお陰でたくさんの素晴らしい経験ができたよ!」

 私の尋常ならなざる興奮ぶりに、イーフは始めこそキョトンとしていたが、しばらくして妙なニヤ付きを浮かべていた。
「さては……こっちでボーイフレンドができたんでしょ!」

 ……はて?
 彼女の見込みには、今度は私が首を傾げることになった。
 まさか私の壮絶な旅路がボーイフレンド1つで済むとお思いで……?

 互いにキョトンとし合い、そして堰を切ったように笑い合う。
 もちろんボーイフレンドもできたよ。けど私の今の恋人は“執筆”なのよねぇ♪
 彼って凄いのよ? 相手の心に直接作用する、漢方薬もビックリな影響力があるんだもの!

 とはいえこの話をし始めると1日2日では収まらない。
 彼女にはもっと相応しい茶化しがある。

「私のボーイフレンドは今でもモンティだから!」
「アハハ! モンティはアタシも大好きよ。でもナナにすごく懐いてたもんね!」

 それからしばらく、私たちは懐かしのファームの話題に花を咲かせた。
 当時イーフにはいろいろと引っ掻き回されたものだ。
 無免許の私にマニュアル車を運転させて、おまけにファームで一緒だったツトムとフジオのどっちが好きかなんて訊いてきたり。

 ……あの日のことがもう随分と昔のように感じられる。
 けれど懐かしむのはここまで。
 次の目的地はモンゴル。アジアを旅して、帰国というゴールまで突っ走る。

「ナナ。あなたの英語、とても上達したわね」

 『上達した』
 これまでも、久し振りに会うメアリーやキャロリンに言われてきた褒め言葉。
私はその言葉を聞くたびに不信感でいっぱいだった。
 私の英語なんて全然ダメだから。そんな自嘲がいつも心のどこかに住み着いていた。

 けど今の私なら、イーフからの賞賛を素直に受け取れる。
 日本を離れてから1年と3ヵ月。流石にそれだけ経てば自分でも成長の自覚は芽生えるよね。
 それにイーフは私のカタコト英語を知っている人だ。
 言ってしまえば、レベル1から一気にレベル30の私を目撃しているのと同義。
 だからこそ彼女の言葉を疑う余地なんてない。

 私は着実に進歩の道を歩んでる。
 どれだけ歩みが遅くとも、これだけは断言できる!



◇◇2025年現在視点~瑠美さん&大橋さん&レニー編~◇◇


 瑠美さんと大橋さんとは、帰国後も何回か手紙でやり取りをしていた。
 ただそれも私の引っ越しを機に自然とフェードアウトしてしまったけれど。

 しかし引っ越しの10年後、久々のオタワへの再訪をキッカケと思い瑠美さんにメールを送ってみた。
 幸い彼女がアドレスを変えていなかったため、繋がることは容易だった。
 なんの因果の巡り合わせか、ちょうど東京に来る機会があるというので、思い切って再会を果たすこととなるのだった。

 10年という年月がありながら、瑠美さんの容姿は相変わらず整えられている。
 ハキハキと話す口調も変わらずで、私も自然と22歳のあの頃に戻った気分になっていく。
 ただそれでも10年というのは人が変わるには充分過ぎる。
 例えば、職種なんかがそうだ。

 オタワにいた頃、瑠美さんからちょっとしたアドバイスをもらっていた。
「奈々ちゃん、帰国したらエステティシャンになったら?」
「エステティシャン……? それまたどうして?」

「わたし、日本にいた頃に脱毛やマッサージでエステに通っていたんだけど、担当者によってはこの人に体を見せるのは恥ずかしいとか、緊張することもあったの。でも奈々ちゃんみたいな人だったら、若いうちから外国でいろんな人や文化に触れてるから、人の裸見てもジャッジしたり固定観念がなさそうでしょ? だから安心して自分の体を任せられそうだなって」

 当時の私は、瑠美さんの意見を『そういうものなのか』とあまりピンとはきていなかった。
 しかし運命は私にタイ式マッサージのセラピストの道を歩ませ、結果的に瑠美さんの言う通りの未来になっている。

 チュニジアで出会った大橋さんが言っていた。瑠美さんは“エスパー”だって。
 その通り過ぎて、尊敬よりも畏怖が勝っちゃうかも……。

 大橋さんと言えば、チュニジアでの最終日に「おまえ風俗嬢みたいやな」と言われたことが印象に残っている。
 彼の指摘も、未来の私に通ずるところがあるのは否めない。
 タイ式マッサージでは、生殖器周辺部の施術をすることもあるし、私自身男女の機能回復セラピストという仕事にも就いていた経験がある。
 まさか“エスパー”同士は引かれあっている……?

 なんて、若い頃の自分と今の自分を別の存在と考えてしまいがちだけど、ふたを開ければそこに居るのは同じ自分。
 外見は確かに変わっているけど、中身の変化に大したものはないように思う。
 変わったと思えたとしても、それは大人になる段階で変化をしなければいけない必要があった表面的な部分。
 私という本質は、依然としてあのときの私のまま。

 そんな懐古と気づきのガールズトークから年月が空いて。
 旅エッセイの短編集を公開したとき――つまりは直近の出来事について。
 公開の高揚感にかこつけて、私はこれまた久々に瑠美さんに連絡をとった。
 迷惑かな? という不安はすぐに杞憂で上書きされる。

『奈々ちゃんのメールを迷惑なんて思うわけないでしょ!
 うれしいに決まってる!
 実は奈々ちゃんのフルネームでFacebookの検索をかけたこともあったの。ご結婚されて名字変わってたんだね!
 奈々ちゃんの本、とても興味があるし読みたいと思ってます。 
 奈々ちゃんは文才に恵まれてるから、きっとすばらしい本になっていると思うわ』

 瑠美さんと連絡を取り合えたことだけでも感激ものなのに、まさか向こうが自発的に私のことを知ろうとしてくれていたなんて。
 それに予想もしてなかった称賛文句。
『文才に恵まれている』
 当時は言ってくれたことはなかったのに……。
 まさか瑠美さん、年月が経ち過ぎて私のイメージに思い出補正かけちゃってない……?

 一抹の不安を抱えながらも機会を逃す言い訳にはならない。
このままもたもたして考えを改める前に、短編集の原稿を送付する。

『奈々ちゃんからもらったストーリー、一気に読みました。
すごくおもしろいし、なにより読みやすくて、引き込まれるの!
(素人のわたしが言うのはおかしな話だけど……)
 奈々ちゃんの表現力生まれ持った表現力と、日頃から日記やメモに残してきた豊富な語彙の賜物ね!
 他の作品も今から楽しみでしょうがないわ!
P.S.  奈々ちゃんは絵の才能もあるから、挿絵も入れてみるのもありだと思うよ』

 当時は考えもつかなかった辛口瑠美さんからの絶賛に、私は高揚と照れくささの行き場を見失う。
 一人スマホの前で悶える私に、今度は『奈々画伯』というメールのタイトルで、オタワで描いた瑠美さんのデッサンが写真として送られてきた。

『先日、クローゼットの中の「思い出の箱」を取り出したの。
 宝物なのよ! もう絵は描いていないの?
大橋君とは今も時々メールしてるのよ。
 最近も中央アジアに旅したみたいで元気にしてるよ。
 そういえば、3人で会ったことはないよね(笑)』

 瑠美さん、そんなにも気に入ってくれてたんだ……!
 もうあれから何年も経つのに、未だに保存してくれている。
 瑠美さんは何度私を嬉しくさせたら気が済むの!!

 お返しに私は帰国してから描いた絵の動画を添付した。

 ――それが、彼女との最後の連絡だった。
 瑠美さんの返事は未だに途絶えたまま。

 瑠美さんの好みはあくまでも写実的な絵のほうで、抽象画は趣味じゃなかったのかも。
 彼女は決して、「良かったよ!」などのお世辞はしない。
 瑠美さんは今でも正直なんだ。
 だからこそ私の作品への感想も素直に受け取られるし、そんな彼女の誠実さが私は大好きなんだ。

 大橋さんにも、瑠美さんを通して連絡を取ることができた。
『ご無沙汰しています。懐かしいですね!
 元気そうでなによりです。
 青年海外協力隊の任務終了後も何回かチュニジアには行きました。
 会える人がいるのは自分の財産だとつくづく思います。
また、奈々ちゃんとよもやま話ができる機会を楽しみにしています』

 大橋さんは現在既婚者となっている。
 相手は意外と言うべきか、チュニジアに行く前に別れたと言っていた元カノさん。
 文面から察するに相当幸せな毎日を送っているようで何よりだ。
 そんな夫婦水入らずの時間を邪魔しては悪いもん。電話も顔を合わせるのも控えておこう。

 それに彼と会ったら、チュニジアでの濃密な一夜が思い起こされちゃうから。
 大橋さんの誕生日の夜、ひとつの布団で眠った日のことを……。
 まだ私の中での大橋さんは、最後に会ったときの32歳の記憶のまま。
 22歳の自分より今のほうが羞恥が勝っているのだから、人間の変化とは不思議なものだ。

 そして忘れてはいけない縁と言えば、レニーも当然その一人。
 彼とは帰国した10年後の再訪で出会っているけど、当時の内容については短編集の『変わったコト 変わっていないコト』に記載しているので、今回は泣く泣く割愛。

 だから今回話すのは現在の彼について。
 78歳になった彼は、シンシヤとは離婚していて、アメリカ人で元歌手のパートナーと四男のグレゴリーとの3人で暮らしている。

 長男のマイケルはオタワ大学の美術教授をしていて、2番目のパートナーとは既に離婚しているそう。

 次男のサムは2人の子を持ち、ピアニストではなく、バンクーバーの大学でコンピューターの技術を教えているらしい。
 2人ともが教師という道を歩んでいるのは、父親の背中を見て育った証拠なのかな。

 レニーは、当時の私たちの関係を“レシピのない珍味”だと言っていた。

『僕たちは、国籍も性格も年代も性別も何もかも違う。まったく異なる2つのものを混ぜ合わせることで生まれる、超自然的で魔法のような結果だ。
 心と魂を注ぎ込み、美味しく刺激的な新しい逸品を作り上げた!
 それは何年も経った今でも、僕たちに活力と栄養を与えてくれる。
 あのときの僕たちはリスクを負っていたんだ。リスクを負わなければ、冒険も興奮も人生にはない。
リスクは失敗に終わることも、成功に終わることもある。だから、リスクを負うときは全身全霊で取り組まなければならないんだよ』

 レニーは毎年私の誕生日にはメールを送ってくれている。
 帰国後の私は最初のうちこそ長文を返していたものの、すっかり英語から遠ざかってしまってからは、次第に英文での返信が億劫に感じていた。
 そしていつしか『Thank you.』の一言で済ませるようになり、数年が経とうとしている。

 それでもレニーは毎年必ず誕生日に『おめでとう』とメールをくれる。
 この旅物語の執筆に取り掛かってからは、レニーを鮮明に思い出す機会も増えた。
 それと同時に、欠かさずメール送ってくれていたレニーへの罪悪感も芽生えていく。

 彼がメールをしてくれたタイミングで、お詫びの文言をしたためる。
 そして簡素な返事しかしない私に、どうして毎年欠かさずメールをくれるのかの質問も添えて……。

 メールはすぐに返ってきた。
『たった一言だけでも、キミからの返事は心が踊るほど嬉しいよ!  
 この世界にキミが元気で生きていることがわかるからね』

 レニーにとってのこのメールは“生存確認”も兼ねてのものだったんだ。
 私が生きている。
 なんてこともない事実に、これほどまでに喜びを表現してくれる人がいる。
 私はなんて恵まれた人間なんだろう……。
 レニーの優しさは当時から一ミリも変わっていない。

 今までの非礼のお詫びとこれまでの感謝の印に、私はこの長編エッセイの原稿をレニーに送った。
 もちろん鈍った英語力で英訳なんてできるはずもなく、日本語原文そのままに。

 彼はそれでも翻訳アプリを通して私の物語に目を通してくれた。
 今は本当に便利になった。
 誰でも言葉の壁を取っ払える。当時はあんなにも発音やコミュニケーションに苦労し、誤解や勘違い、恥をかきながら覚えた英語も、今は指一本で簡単に変換できてしまう。
 それに聞けばAIの発展も目覚ましいと言うではないか。

 今にして思えば、旅をしていたあの頃の私はかなりの見切り発車だった。
 下調べもロクにせず、そのせいで被害を被って……。でもそうした経験一つひとつは全部私の糧になっている。
 顔を合わせることでしか感じられない人の温かさ・冷たさ。それに未知との出会いに一喜一憂することだって。
 世界共通の言葉。音楽や物語を通して、不出来な私なりにコミュニケーションを楽しめていたんだ。

 言語の壁は何も一概に排すべきものではないと私は思う。
 壁があったからこそ乗り越える感動が絆を生む。そして時には名前もレシピもない珍味を全身全霊で味わえるんだもの。



*当時執筆した物語①*


宝探し


 もううんざりだ。人間でいることにも疲れた。
私の話なんて、誰も聞こうとしてくれない。私には、昔の思い出話しかないのに……。
 未来に期待することは、1つもない。
 何も話したくない。
 聞きたくない。
 見たくない。
  
 どうか、神様。
 人間以外の何かになれますように……。

 意識がだんだんと遠くなる。
 寒いとか空腹の感覚も随分前から感じることがなくなった。
 瞼を閉じてじっとしているこの瞬間。懐古に浸れるこの瞬間が私の唯一の慰め……。

 あぁ、かつての記憶が鮮明に蘇る。まるでたった今起きた出来事のように。
 ……この公園は、息子が小さいときによく2人で来ていた。
 辿る記憶もより鮮烈に再現できる。

* * * 

「ママー!! あのおばあちゃん、昨日もあのベンチに座って動かないよ! 眠ってるの? 生きてる? 死んでる?」
「しーっ……マー君。ダメよ、邪魔したら。あの女性はね、私たちにとっては"知らない人"。だけどね、どこかの誰かにとっては"大切な人"なの」

「大切な人?」
「うん。きっと誰かにとっては"お母さん"だし、“奥さん”でもあるはず。もっと昔々は誰かにとっての“恋人”であり、ご両親にとっては、かわいい“子ども”だったはず。……でも今はね、“空気”になっちゃった」

「空気?」
「うん。もしあの人に子どもや孫たちがいたとしたら、あの人なしでは生きていなかったはずなのに、いつの間にかそんなことは誰も考えなくなっている」
「家族なのに忘れちゃうの?」
「空気のことを毎日考えないのと同じ。私たちには空気があるから……ほら、こうやって息ができているけど、そんなのあって当たり前で考えないでしょ?」
「うん。考えたことない。」

「それよりも、もっと目の前の、目に見えることが大切になっちゃう。それも悪い事じゃないけど……」
「空気のことなんて普通考えないもん! あって当たり前でしょ?」

「そう? ママはたま~に考えるよ。例えばママが吸った空気、吐くと息に変わるでしょ? ママの中を通り抜けて出て行く空気は、細かーく、小さくなってそばにいるマー君に届いて、マー君がその空気を吸っているのよ。空気はもともとあるようで、そこにいる人たちで作っているものなの」

「作れる? 空気を?」
「マー君も、ママや仲良しのお友逹と一緒にいるときと、全然知らない人たちの中にいるときでは、気持ちは変わるでしょ?」
「うん。あの人好き・嫌いとかね」
「そう。それに気持ち良く呼吸できるときと、ドキドキ緊張するときみたいにね」

「どうやって空気を作れるの?」
「どうって……う~ん、難しいなぁ。みんなは自然に作っちゃうから。例えば、イライラ・プリプリ怒っているときは呼吸が荒くなって、吸う息が多くなる。『もっとちょうだい!』『まだ足りない!』って求めてばかりいる。だからいっぱい吸いたくなって、肩が上がって苦しくなる。そばにそんな子がいたら心配になっちゃうよね。でも笑ってるときは、『アハハハッ』って力が抜けて息をいっぱい吐く。もう十分、満足、幸せ! だからわけてあげたいって、息がドンドン体から出て行くの」

「泣いてるときは?」
「『エ~ンエ~ン ヒックヒック』って、鼻すすったりして、吸い込むでしょ? 欲しい欲しい! って、空気をドンドン取り入れていくの。空気の量は変わらないのに、欲しがったり、出したがったり、自分の中で変わっていく」

「普通のときは? 泣いたり笑ったりしていない、なんでもないとき」
「ただ吸って吐いて、息してる。生きてる……。だからこそその状態に感謝できたらいいね!」
「何にもないときに?」
「何にもないんじゃなくって、息ができてる、"生きてる"じゃない? あ、鼻がつまってるときはそれどころじゃないけど……」

「鼻づまりが治ったら、感謝?」
「う~ん……そうなんだけど、どうでもないような? つまりがじわじわ取れたときは『は~、楽になった!』って実感するのに、もともと楽に息できているときは何も思わないから不思議だよね。空気はただただ与えてくれてる存在なのに、人間は欲張りさんだ」

「一人で遊んでるときも、感謝?」
「……ママはね、お仕事でマー君と一緒にいられないときも、マー君に"幸せビーム"を送っているのよ?」
「幸せビーム?」
「目に見えなくても、マー君はいつも受け取ってくれてるの。そばにママがいなくても安心してね」

「寂しいよ」
「そりゃあ私だってやってあげたいこと、たっくさんあるよ。でも“したい”と“できる”では全然違うの。だからママと会えない間に、マー君が一人でもどれだけ"幸せ"を見つけられるか、ママと競争だよ! ママもマー君のために探すから、二人で別々の場所を“宝探し”だ! 『今日、こんなことあったー!』ってママに教えてね。マー君の幸せが、ママの幸せだから」

* * * 

 夢なのか現実なのか、よくわからない。
 懐かしいような、聞いたことがあるような、そんな母と子の会話が遠ざかった。

 あれ……今度は息子の声が聞こえる。
 これは夢? 現実?

「母さん!! 探したよ! こんな遠くまで一人で……。危ないよ!」
「……」

「この公園、小さい頃よく二人で来てたよね。母さんが仕事のときも、一人で遊んでいた覚えがあるよ」
「……寂しい思い、させちゃってたね」
「母さんは片親で頑張ってくれてるんだからって、一人遊びが得意になったよ。……悪かった。施設に入れるなんて話しして。やっぱり今まで通り、家で一緒に暮らそう。だからもう家出なんて……」

「……ありがとう。いいんだよ、もうその言葉だけで十分。施設に入るよ」
「え!?」
「……今度は新しい場所で“宝探し”してみようかな。アンタもたまには会いに来て、たくさん話を聞かせてちょうだい。アンタの幸せが私の幸せだよ。昌也」



◇◇2025年現在視点~『宝探し』編~◇◇


 『宝探し』は、作中ではアグネスとマイケルに読んでもらった作品だ。
 ブラジルで体調不良を患っていたとき、半ば現実逃避に近い形で思いのままに筆を走らせたものが着想のキッカケになっている。

 当時はボヤ騒ぎも相まって、ただでさえ朦朧とする意識の中で息苦しさに拍車が掛かっていた。
 そんな極限状態だったからこそ、私は呼吸のありがたみに気付くことができたのだ。
 当たり前に息が吸える。この当然が実は奇跡的なことで成り立っているとわかり、感謝の念が湧き上がった。

 筆を走らせながら思い出していたのは、インドにあるマザーテレサの施設『死を待つ人の家』でボランティアに参加したときのこと。
日本の病院のようにカーテンや仕切りが用意されているわけではなく、ただダーッと並べられたベッドに、ガリガリに痩せた骨と皮だけの人たちが寝ている。
正直……明らかな動きがなければ、遠目からは死んでいるのか生きているのかさえわからない。
 当時の私は想像を絶する光景に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
 ボランティアに参加しておいて情けない。
 しかし意識だけはしきりに現実逃避を始めようとする中で、施設内に響き渡った患者の寄生が私を現実に引き戻した。

 泣き叫び始めた老人は、一目見ただけでも状態が最悪であると判断できてしまう。
 皮膚はそれはもう深くえぐられ中の肉が見えている。
 そんな患部にボランティアの人が薬を塗りたくる。
 沁みによる激痛は、響き渡る絶叫がその酷さを物語っている。老人はしきりにもがき抵抗してみせる。
 しかし衰弱した体では、女手1つ振り払う力は出ないらしく、結局はされるがままに苦痛を噛み締めることしかできていない。

 そんな光景を立ちすくんで見ていた私に、シスターがひっ迫した表情で指示を出す。
「あの人の手を握ってあげて!」
 呆然自失に近いまま、それでも言われた通りの行動はとる。
 しかし手を握るというよりも、これでは動かないように押さえているようだ……。

 老人の治療を考えれば、下手に動かれて傷口が広がるのは避けるべき。
 頭ではわかっているけど、私の眼下で絶叫を上げるこの人の苦痛を思うと、私は自分のやっていることがよくわからなくなった。

 しかし私の心持ちなど、第二の戦場とも言うべきこの施設では不要なもの。
 ただ治療のために奔走し、ときには拷問のような施術も行わなければならない。
 私は夢中で動き回った。

 時間も気にせず動き回っていると、気が付いたときにはボランティア終了のときがやって来ていた。
 終わった……。
 湧き上がるのは、疲労感でも安堵感でもなく、得体の知れないナニカ。

 緊張の糸が切れて私は人目もはばからず泣きじゃくっていた。
 私は一体何に泣いているのか。自分でも感情の整理が追い付かない。
 ただとめどなく溢れる涙を飛べる方法がわからない。苦しい……。

「どうしたの?」
 シスターに声をかけられた私は、衝動に突き動かされるように、これまでの疑問を投げかけた。
「なんでここの老人は、あんな辛い思いをしてまで、生きなきゃいけないの? 痛いし、苦しいし、一人では何もできないのに……」
「ここの老人はね、少しでもお金があるから、家族が出してくれてここにいるの。もしお金がなかったら、外でたった一人、誰にも看取られずに死ぬだけ。だから、ここにいる老人はまだ幸せなのよ。彼らは哀れまれるような弱い存在ではない。だからこそわたしは彼らの生きる力を尊重させてあげたいの」
 静かな口調でありながら、確かな覚悟が込められていた強い言葉だった。

 ……この経験があったから、私は自分がただ救いを待つだけの弱い存在ではないのだと気付かされた。
 横になっていても進展はない。であれば唯一元気な想像力を働せよう、と。
 そうした気力が私にペンを持たせた。そして絶望から希望を見出す話として『宝探し』を作成した。

 27年経った今この話を読み返すと、父の死について書いた拙作『死に様=生き様』に登場する『変わっていく“喜び”』と、内容がとてもよく似ていることに気付いた。

 父とはずっと離れて暮らしていた私は、彼が弱って行く様子を知らない。
 だから私の記憶にあるのは、身体もピンピンしていて、頭もしっかりしていた父の姿……。
 けれど実際の父は、認知症を患い満足な生活も出来なくなりつつあるという。
 この事実を知ったとき、私は自分でも驚くほどに衝撃を受けていた。
 ただその驚愕も私が父のことをよく知りもしなかったのが大きい。

 日々一緒に暮らしていた母は、薄々と父の異変に気づいていた。
 だから、認知症が進行するにつれて起きる父の生活の変化にも、母は動揺することもなく対応していけたのだろう。

 父の唯一の趣味である競馬にも、道に迷うという理由で行かなくなった。
その代わり、母が行くところへ一緒に着いて行くようになっていった。意識がハッキリしていた頃はどこかに出かけるのが好きではなくて、誘っても乗り気ではなかったのに。

 いつしか父の“喜び”や“好きなこと”は、『競馬』から『母と一緒に出かけること』へと変わっていった。

 ……なんて、当時は大事のように捉えていたけど、よく考えたらライフステージの変化に合わせて、趣味や嗜好が変化するなんてよくあることなんだ。
 私自身も“喜び”や“好きなこと”を何度も変えてきている。
 20代まではよく旅行に行っていたし、写真を撮ることや絵を描くことも好きだった。
時が経つと、今度はマッサージやヨガをすることが“好きなこと”になっていった。
 そして、今はまた違うことが好きになっている。こうやって文章を書くこと、映画を観ることが、マッサージはもちろん写真や絵よりも大好きになっている。

 ただ言ってしまえば、私のこうした趣味の変化も老化という外的要因が大きい。
 認知症で道がわからなくなった父のように、年齢と共に体力を使う趣味にしんどさを覚えるようになってきたから。
 その点執筆活動は頭を使うだけで済む。
 ……とはいえ、それも眼精疲労との戦いに勝てているからできること。
 いよいよ文字を追うのも辛くなれば、私の趣味と呼べるものは、映画鑑賞だけなっていくだろう。

 しかしそれも目が見えている間だけの刹那の趣味。
 いよいよ画面を見るのもしんどくなった私は、一体何に“喜び”を感じ、何に“好き”を見出しているのか……。

 音楽、ラジオ? 耳が遠くなるまでのその場しのぎだ。
 それじゃあ散歩? 足腰がそれまで丈夫であったらの話だ。
 では食は? それならまぁ長い間楽しめそうかも。それに味の好みも変わっていくし、飽きることもなさそうだ。
 老人ホームのお年寄りは、みんな食べることが大好きだと聞いたことがある。

 食事が摂れなくなったら、次は何が“喜び”に変わるのだろう?
 目に映る美しい景色や、寝入りばなのまどろみ? はたまた気持ちよく排泄できること?
 もちろんそのときのことは、そのときになってみないとわからない。
 言えることがあるとすれば、幸福に飢えている私のことだから、きっとどんな状況でも“喜び”を見つけているはずだ。

 この世に生を受けた以上『ただ生きる』権利はみんなが持っている。
 楽観的と言われようと構わない。少なくとも私は、楽観的でも波乱万丈な旅路を満喫できた。
 勝手に未来を悲観したり、全盛期と比較して哀れんだりする必要はないんだ。

 人の時間と体力限りがあるのは、自分にとって大切なことが何かを知るための試練みたいなもの。
 無限に続いているように思えた時間や体力に限界を感じ始めたら、必然的に限られた時間の中でできること、できないことへの判断を求められる。
自分にとって本当に大切なものとは何かを知り、それに時間と力を捧げる。

 歳を重ねること=“喜び”や“好きなこと”が変わること。
 別にそれ自体に悲観的な意味はないんだから。

 結局人間しようと思うかどうかなんだから。
 大事なのは、死ぬまで続ける“宝探し”を楽しいと思えるかどうかだ。



*当時執筆した物語②*『裸の天使 ~不純な純愛~』へと続く・・・・・・


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