仕立て屋の私が、50代の自分に贈る「25年目のウェディングドレス」
50代って、なんかつまらん。しかしつまらん日々をおもしろく変えるのも自分しだい。せっかくなら自分にできることで、人生をおもしろくしたい。
でもわたしにできることと言えばウェディングドレスをつくることくらい。だったら自分でドレス着るか。あら、くしくも2026年は結婚25周年アニバーサリーではないか。銀婚式ってやつ。
じゃあ銀婚式でドレスでも着よっかな。
そんな安易な発想で始まったわたしの無謀な計画。わたしの今年「かなえたい夢」が決まった。
わたしのかなえたい夢、それは25年前に結婚式を挙げたニュージーランドの教会で、自分で作ったドレスを着て、家族写真を撮ること。
その夢のために、これからがんばること。
ダイエット
節約
50代に似合うドレスとは? 研究と製作
英語学習
noteでの経過の発信
この歳でドレスを着るなんて、恥ずかしい。そんな自分自身にかけた呪いをはねのけ、あきらめかけていた何かをもう一度手に取る勇気を持ちたい。
このニュージーランドへの旅は、単なる記念撮影の旅ではない。50代を、「ワクワクして生きる」ための儀式にしたいのだ。
だから私は、春までに(去年夏のマックス時から)7kg痩せ、節約して、自分の手でドレスをつくり、ニュージーランドへ行きます。
さあ、このわたしの「かなえたい夢」への挑戦、いったいどうなるのか?

50代はつまらん
年末年始にひいた風邪はなかなか治らなかった。それだけじゃない。この歳になるといつもどこかが調子が悪かったり、痛かったりする。
最近、ドレスを重たく感じることも増えた。お母さまのウェディングドレスをリメイクすることが多いのだが、最近のお母さまのウェディングドレスは80年代後半や90年代前半まさにバブル真っ只中のものが多く、かなりボリューミー。ビーズやパールもびっしり付いていて豪華なんだけど、持ち上げてトルソーに着せるときにはヨイショって言いたくなるくらい重い。実際言ってる。ドレスが重いのはバブルのせいなのかそれともわたしの体力の衰えなのか。

体力が衰えてきているのは自覚するけれども、まだまだドレスの仕事は続けていきたいし、生活的にも「悠々自適」にはほど遠い。
見た目の問題もある。太りやすくなって、シミシワクマタルミも増え、鏡を見ても自分の容姿にいちいちがっかりする。かといって「かわいいお婆ちゃん」を目指すのはまだちょっと早い気もする。
それでは「学び」はどうだろう。「何歳からだって学べる!」と思い、ドレス作りの仕事をしながら通信制大学に通って学位を取得し、学芸員の資格も取った。それはものすごくよかった。がんばった。そこに後悔はない。しかし、せっかく取った資格を活かしてじゃあそこからどうする? もしくは懸賞論文を出してみる? ってなったときには、どうしても年齢の壁にぶつかる。チッ。ここも年齢制限かよ、つまらん。
やっぱり、年齢がねえ…、と言われて
いやいや、何歳からだって前向きに挑戦して行かなくては! と勇気をふりしぼり、先日とある挑戦をした。
具体的なことは避けるけれども、その挑戦はみごとに玉砕してしまった。ダメならダメでそれはしかたないと思っていたことだったのに、ご丁寧にその方(年上の男性)がダメな理由を教えてくださった。
「やっぱり年齢が、ねえ…」
いやそれ言うか?
ちょっとそれどうなんですか、この令和の時代に。
だったら実力が足りないと言ってくれたほうがよかった。だって年齢って、自分の努力ではどうすることもできないじゃないか。なんでわざわざそれ言うかな。そうは思ったけど、あまりのショックで、とっさにヘラヘラって笑ってしまった。何も言い返せなかった自分も嫌になり、後から思い出してもくやしくてかなしくて、涙が出てきた。
アトリエに帰って鏡を見たら、実年齢よりうんと老けて見えるわたしがいた。
かわいくない。
なによりそんなことでダメージをくらってメソメソしているわたしの心がいちばんかわいくない。
わたしの花嫁さんたちはみんなかわいい。それは容姿的な意味だけじゃなくって、みんなみんな輝いている。
もともと愛らしい花嫁さまたちだけど、最初にお会いした時からドレス作りの過程を経るごとに、どんどん美しくなられていく。みんながんばりやさんだから、きれいのためにがんばってお手入れされている。
そう、「お手入れ」って大事なのだ。リメイクする前のドレスだってそうだ。手を入れるとどんどん輝いてくる。「お手入れ」をすると、触っていないところまでドレス全体が明るくなり輝いてくるのが不思議だ。サテンの生地はつややかに流れ、オーガンジーがふわりと軽やかになる。ドレスたちは、まるで内側から発光してしているかのように白さが増す。これってどういう原理なんだ? ひとの「手」のちからはものすごい。
そんなドレスの変化を目の当たりにした花嫁さまたちは、自信を身につけてさらに美しくなられていく。ドレスが変わっていくと、花嫁さまたちも「このドレスを着るために頑張ろう」とますます美しくなられる。
いや知ってるやん、わたしがいちばん。ドレスの効果を。
つまらん日々を楽しくするのは自分次第。でもわたしにできることといったら、ドレスを作ることくらい。
もちろん「この歳でドレスなんて」、「50代なのに」という気持ちもあった。いやいくらなんでも痛すぎんか? と。「年齢がねえ」なんて言われちゃったことだし(いま思い出してもムカつく)。でもきっとあるはずなんだよね、いまの自分に似合うドレスが。
だったら作るか、そのドレスを。それを着ちゃおう。ニュージーランドで。それがこの夢の無謀なきっかけ。
25年前、ニュージーランドで
旅先のタイでタイシルクのウェディングドレスに出会って雷に打たれ、私はウェディングドレスの仕事をすることに決めた。じゃあまずは自分で着てみるかと、たまたまそこにいた今の夫と結婚することにした。(それがまさか25年もいっしょにいるとはね)
挙式をしたのはニュージーランドのテカポ湖畔にある「善き羊飼いの教会」だ。決め手はこの教会の「ビジュアル」と「教会名」。名前が素敵だった。
最近では星空で有名なこの教会、当時はニュージーランド国で法律上の婚姻届を出せば、リーガルな結婚式を挙げることができた。(もしも別れることになったらニュージーランドにも届け出ないといけないのだろうか。それがめんどくさくて25年も続いたのかも)
石畳の教会、祭壇がなく、大きな窓からはミルキーブルーのテカポ湖が見える。神ではなく、自然に誓うというのもわたしたちらしいと思った。
当日は、素晴らしい晴天だった。ドレス姿に気づいた観光客たちが、「Beantiful day!」「おめでとう!」と声をかけてくれる。わたしたちと、家族と、プランナーさんと、ヘアメイクさんだけのささやかな結婚式。石造りのひんやりした教会に響く、オルガンの音楽。誓いの「I will.」の言葉に緊張したけれど、夫が意外にも堂々と答えていて頼もしく思ったこと。結婚証明書にサインした私の手がびっくりするくらい冷たくなっていたこと。でもその間ずっと、テカポの湖が明るく輝いていたこと。

あれから25年。働きながら、必死に息子と娘を育ててきた。サッカー少年だった息子をドレスを作ったお金でイギリスに連れて行き、食物アレルギーで食べ物に制限のある娘のドレスを作ってきた。(その後息子は就職し娘は大学生に)
いつだって私は「ドレス」で家族の困難を乗り越えてきた。針と糸で戦ってきたんだ。

25年、ドレスの仕立て屋として誰かの幸せを縫い、繕い続けてきた。シワが増え、体型が変わり、それでも「今」の自分があるのは、この25年を戦ってきたあかしだ。逆にいえば、25年分いろいろあった今の私の方が、ドレスを着る資格があるのかもしれない。「今」の自分で、またあの教会に行ってみたい。
「お手入れ」の魔法を自分にかけてみる?
ところで みなさんは、「紺屋の白袴」という言葉はご存知だろうか。これは、藍染をする紺屋が、自分の着物の染色は後回しにしていて白袴をはいているという言葉だ。私はまったくこのことわざ通りに生きている。普段は「お直し」や「製作」を通じて誰かを美しくしている私だが、自分の着る服や自分がきれいになることには無頓着だった。
ドレスもひとも、ちゃんと手をかけてあげると輝く。「お手入れ」の効果をいちばん知っているのはわたしなのに。それに大学院での研究や、仕事を通じて、「服が人の心に与える魔法」を、わたしは誰より信じているはずじゃないか。
その魔法を自分にもちょっとかけてみるか。セルフ魔法。そしてちょっとほったらかしだったわたし自身の「お手入れ」もしてあげよう。お手入れは大事だ。
そして、25年前の自分に戻るのではなく、50代の「今のわたし」に最も似合うドレスをつくるのだ。
数ヶ月後にドレスを着るわたし(着れるのか?)
さて、壮大な「夢」への計画を恥ずかしげもなく発表してしまったわたしだけど、じつは期日が迫っている。
結婚記念日は、なんとこの春なのだ。
それまであまり時間がない。その間にダイエットをして、家族で旅行するお金を節約して貯金して、ドレスを作らないといけない。またえらいことを思いついてしまった。ほんとうに間に合うのか?
ニュージーランド銀婚式への道
具体的なプロセス
ダイエット 25年前とは言わないけれど、ドレスを美しく着るための努力と「お手入れ」はしたい。具体的にはマックス時(昨年夏ごろ)から7キロ減を目指す。
節約 とはいえこの円安のご時勢、家族4人の旅行はなかなかキツい。がんばって節約してなんとか旅行費を捻出したい。
ドレス 一番の問題はここ。「紺屋の白袴」であり、いつもギリギリ「紺屋の明後日」なわたしが自分のドレスをつくるなんて、果たして間に合うのか? リメイクするのか新しくつくるのかも、まだこれから考える。
英語学習 ニュージーランドの旅を快適に楽しくするための旅行英会話を学びたい。「私たちシルバーウェディングなの、アニバーサリーなの」と現地で言いまくって交流を楽しみたい。
noteでの発信 経過はnoteの「仕立て屋の私が50代の私に贈る25年目のウェディングドレス」マガジン(無料)にて報告する予定。
家族で写真を撮るということ
さて、この挑戦のもうひとつのテーマは「家族」。
自分たちだけでなく、家族で写真を撮るということに意味があると思っている。なにより家族でテカポ湖に行って、あの教会を子どもたちに見せたい。
あの日の結婚式をふりかえって、夫と話をすることがある。
「結婚式のとき、息子と娘がいなかったことが不思議だよね。でもあの時もなんだかいっしょに居たような気がすんだよね。なんでだろう」と夫に言ったら、「あれ? いっしょにおらんかったっけ? そりゃそうか生まれてないもんな」って言っていた。それくらい、家族でいっしょにいることは当たり前になった。
年齢でひどいことを言われたとき、息子は「そんなしょうもないこと気にすんな」って言ってアトリエにコーヒーを買ってきてくれた。なんやかんや優しい。
娘は、小さい頃からさんざんわたしの作ったドレスを着て育ってきた。そのせいか、アトリエで制作中のドレスを見て「リボンは前から見えるくらい大きくしたほうがいいよ」なんてアドバイスまでくれるようになった。「50代のドレス」にはなんて言ってくれるだろう。ちょっと怖いな。
ドレスの計画を娘に話したら、「それよりわたしは何着よう?」だって。それもわたしが作るんかい。
どちらにしても、家族といっしょに「善き羊飼いの教会」に行くのが楽しみだ。あの子たちはあの子たちで「なんかここ来たことあるような気がする」なんて言ったりして。どういう反応があるんだろう。楽しみ。
同じ「呪い」のなかにいる女性たちへ
ドレスなんて「もう遅い」「似合わない」と諦めている同世代のみなさ〜ん。ちょっといっかいわたしが着てみるので見ててね。「このひとアホやわ」と思いつつ、経過をニヤニヤと眺めてもらえたらうれしい。
それがね、ニュージーランドのウェディングフォト会社の方がおしゃっていたのだけど、ニュージーランドや海外では、結婚記念日に高齢の方でも、何歳でも、ドレスを着て写真を撮ることがよくあるんですって。なんかそういうのっていいよね。わたしもやってみるね。まずはなんでも自分でやってみないとね。
最初のほうでも書いたけど、この挑戦は、単なるドレスを着た記念撮影じゃなくて、50代を自分で楽しくして、「ワクワクして生きる」ためのもの。
春、わたしはニュージーランドで、最高の自分を笑ってみせるぜ。
この挑戦の過程は、noteでリアルタイムに綴っていきます。「仕立て屋の私が50代の私に贈る25年目のウェディングドレス」マガジン(無料)にて、ダイエット、節約、ドレス制作の泥臭い過程も、全部さらけ出していこうと思っています。よかったらまた覗きにきていただけたら幸いです。
そして後日。
まさかの結末!
▼25年目のウェディングドレス、完結編はこちら↓
▼関連note
・創作大賞2024 中間発表通過エッセイ
・wowow×note「 あの試合をきっかけに」コンテスト受賞作品
いいなと思ったら応援しよう!
応援ありがとうございます!
コツコツ旅貯金します!